第五章 裁きは誰がするものぞ ―先輩方―


 しかし、話の流れのいきおい、ハッターに伝言を頼んでしまった琢斗だったけれど。実を言えば『白井聡司』に会える機会を逃してしまったことを、少し惜しくも思っていた。

(だって、気になるしなぁ)

 いろいろと、もやもやすることが多いのだ。

 それも『白井聡司』に会って直接尋ねることができたなら、解決するのかもしれない。

 そんなわけで昼休み、琢斗は二年生の教室がある階へとやってきていた。だが、やはりというか、どうにも落ち着かない。

(やっぱりヨシ兄に頼めばよかったかな)

 というよりむしろ、今から善弘に会いに行き、『白井聡司』を教えてもらうのが一番良い方法のような気もする。

 彼を探しにいこうか琢斗が迷っていると、声をかけられた。

「もしかして、有馬君?」

 見ると『公爵夫人』、もとい文芸部の井沢さんがいた。

「二年生の先輩に用事なの?」

 涼やかな目に問いかけられて、琢斗は言葉に迷った。

 用事という用事があるわけではない。

「あ、いえ、その――――白井先輩がいる教室ってどこなのかな、と」

 しどろもどろで言う琢斗をじっと見つめ、井沢がすっと首を傾げた。

「…………もしかして、白井君のこと、調べてるの?」

「あ、う、その」

 うろうろと彷徨う琢斗の視線に。

「そうなのね」

 あっさり彼女はそれを見抜いた。

「はい…………………あ、そのー、先輩は白井先輩のことって」

 見抜かれてしまったのなら、いっそ尋ねてしまおうと思った、その時。

「おーい、井沢ーーーーーー」

 別の方向から邪魔が入った。

 井沢と同じ、青いネクタイの男子生徒がばたばたとこちらに走ってくる。その彼に視線を移し、井沢は短く聞いた。

「笠原君、何か用?」

 するとその男子生徒は、井沢の目の前でぱんっと両手を合わせて、拝むようにして言った。

「なぁなぁ、頼むよぉー。ノート貸してくれってばぁ~~~」

 だが彼女はすっぱりすげない返答をする。

「嫌。貴方、なかなか返さないもの。深見君に頼めば?」

 ぐぁ、と笠原と呼ばれた男子生徒が呻いた。

「だぁってーーーー、コイツ金とるんだもん!!」

 くいっと親指で指し示した後ろには、同じく二年生の男子生徒の姿があった。

「当たり前だな。井沢もそうすりゃいいんだ。ボロいぜ?」

「しない。けど、ノートも貸さない。自分でやりなさい」

 どうにも厳しい学友達のようだ。

「んだよぉ。もぉーー、だりぃな~~~~~」

 がっくりと肩を落とした彼に、深見と呼ばれた男子生徒が笑顔で勧める。

「俺のノートは分かりやすいぞ。借りろ。そして金を払え」

「だぁあぁぁぁぁ、んな金ねぇよ~~~~~~」

 悶絶する友人を眺めていた深見だったが、ついっと視線を琢斗にむけて、呟くように言った。

「お前、奇術クラブに入ってる一年か?」

「あ? あーあーあー、道理で! どっかで見た顔だなーーーって、思ったんだよな」

 ついで笠原もそんな声を上げた。

 知らず知らずのところで、琢斗はずいぶんと有名になっているらしい。やはり奇術クラブに入っているせいなのか。

「つっても、一年生がどーしてこの階にいんのよ? もしかして先輩に呼び出しでもくらった?

 入学早々、変なのに目ぇつけられたのかよ。ザンネンなヤツだなーーーーー」

 好き勝手に想像を膨らませていく―それもネガティブな方にだ―笠原のそれを、あらぬ誤解を生む前に井沢が修正をしてくれる。

「白井君のこと、知りたいですって」

「ああ、そういうことか」

 納得したように頷く深見に、笠原が首を傾げてとんでもないことを口にした。

「知りたいも何も、ソウジは変態だろ?」

「否定はしねぇけど、言葉は選んでやれよ」

 否定はしないんだ!?

 驚きで口をぽかんと開けてしまった琢斗に、深見がかりこりと頬を掻きつつ、フォローなのか追加情報をくれる。

「まあ、アレだ。悪いヤツじゃない。し、共感はできなくない」

 だがその発言を聞いた他の先輩達の目が、急に冷たくなった。

「マジでか、深見」

「深見君、貴方はまともだと思っていたのに、残念だわ」

 というより、これはドン引いていないか?

「いや、できなくはないって程度だ。賛同はしない、断固として!」

 慌てて付け足す深見に琢斗の不信感はますます募る。

(だから、いったいどんな人なんだ、白井聡司って)

 意見を総合すると、とんでもない人になるのだが。

 琢斗は恐る恐る先輩方に確認してみた。

「先輩達は、その、奇術クラブの部長さんと知り合い、なんですよね? どういう繋がりなんですか?」

 従兄弟の善弘とはまた違った立場にいるのだろう、彼らが『白井聡司』とどういう関係にあるのかが気になったのだ。

 琢斗の質問に笠原と深見はあっさりと答えてくれた。

「知り合いっちゃあ、知り合いだよな~。一年の頃からの」

「俺と笠原はパソコン部で飯塚先生が顧問だからな。白井とは何かと接点が多いんだ」

 飯塚はパソコン部と奇術クラブの顧問を兼任していたのか。だとしたら、この二人は『白井聡司』とは比較的近しい人なのかもしれなかった。

「私は去年、一緒のクラスだったから。でも繋がりといったら、それだけよ」

 井沢もそう教えてくれる。

「それだけって、井沢はソウジと同じ、テスト上位組じゃん。ライバル視してんじゃねーの?」

「………………まあ、そうね。意識してないとは言えないけど」

 言葉を濁しながらも肯定するような井沢の台詞に、琢斗は思わず呟いた。

「やっぱり、頭が良いんですね、白井先輩って」

 その上で、変態、と。

(さっぱり分からない!)

 顔をしかめた琢斗に、深見と井沢が顔を見合わせた。そして何故だか眉間にしわを寄せて深見が井沢に聞く。

「あーーー、つってもコレって俺達が口出しする権利はねぇよな?」

「そうね」

 井沢は端的にそれだけを言った。

 ただ笠原だけは何のことやら分からん、といった風に首を傾げている。

「何の話だぁーーー?」

 そんな笠原の頭を深見がバシッと叩いた。

「お前には関係のない話だ」

「私達にもね。ウチの部活の誰かさんみたいに、引っ掻き回す趣味は私にはないし」

「俺もないな」

 頷きあう先輩二人は、何かを隠しているような。

「お二人は何か知ってるんですか? 白井先輩のこと」

 井沢と深見は困ったような顔をしたが、唯一けろりとしている笠原が口を開く。

「え、ソウジなんて、たんなるじょ」

 言いかけた笠原を深海がガバッと押さえ込んだ。

「ッ――――、いってぇ~~~~、何すんだ、深見ぃ!」

 だがそんな笠原の叫びを無視して、深見は彼を押さえつけたままムリヤリ方向転換をした。

「ほぉら、もー行くぞ!」

「だ、か、ら、いてぇっつってんのーーーーー。あと、ノォーートォーーーーーー」

「俺のを見ろよ。んで、金よこせ」

「いーーーやーーーだーーーーーー」

 深見はそのままずるずると笠原を引きずっていく。

 が、ちょっと立ち止まり、顔だけ琢斗の方をむけた。

「ああ、でもな一年。どうしても知りたいっていうなら、飯塚先生に聞いてみろ。あれでも一応、先生だからな。教えることは教えてくれるぞ」

 アドバイスをしてくれたのだと気付いたのは、彼が完全に琢斗に背を向けてからだった。

 琢斗は慌ててお礼を言った。

「あの、ありがとうございました!」

 深見はひらひらと片手を振って―もう一方の手は笠原を引きずっていた―、井沢は小さく頷くと、先輩達は行ってしまった。

(何かが分かったってわけじゃないけど)

 二年生の教室を眺め、琢斗は解けかかった糸を手繰るような、そんな気持ちになった。









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