第四章 ハートのクイーンとハートのキング ―謎解き―


 『放課後は絶対に教材室に来るように』とのメモを渡されて、琢斗と菜緒が二人して教材室に来てみれば。

 そこにはラットも、ラビも、そして呼び出したハッターさえもおらず、机には綺麗にラッピングされた箱が一つ、置いてあるだけだった。

 その箱には『愛をこめて。 ばーいハッター』という札がぶら下がっている。

「あからさまに、何かある」

「だよね?」

 『兎の巣穴』の部員になって日は浅いが、このテの展開にはすっかり耐性がついてしまった。

 これはアレだ。例のごとくの。あのイカレた先輩のイベントだ。

「開けないでおくって選択肢もあるけど、どうしようか?」

「……………どうしよう。放置するのも怖い気がするし。ラットとラビに相談してみる?」

 琢斗はしばらく考えて、菜緒の案に首を振った。

 この、自分達二人だけを狙い撃ちしたような仕掛け方。おそらくあの二人だって関与しているに違いない。

「見つからないと思う。

 それに、僕達は仮とはいえ奇術クラブに入っているんだし。うけてたつべきだと思う」

 菜緒がこくりと頷いた。

「分かった。頑張ってみる」

 箱を開けると案の定というか、謎のカードと校内の案内図が入っていた。

 カードには、

『 SMTWT□S 』

 と縦書きで書かれており、その下には、

『 □に示された場所に来られたし 』

 と、横書きされている。

「暗号だね」

「…………………□に入るのはアルファベットかなぁ?」

 菜緒が案内図を広げて言った。

 というのも、その案内図にはところどころに手書きでアルファベットが書き加えられていたからだ。

「かもね。とりあえず、このSMTWT□Sの暗号を解こう」

「うん」

 しばらく教材室に下りる沈黙。

 菜緒は眉間にしわを寄せながら頑張って考えている風だったが、どうにも自分では解けないと降参したのか、おずおずと琢斗に聞いた。

「えーと、有馬君、解る? 私、さっぱり解んない」

 それに琢斗は事も無げに言う。

「うん。分かった」

 菜緒は驚嘆の声を上げた。

「えっ!? すごい!!」

 それに琢斗はくすぐったそうに笑うと、そっと暗号文を指差しながら解説を始める。

「クイズとしてはけっこう古典的だしね。ほら、それにアルファベットは縦に並んでいるだろ? ってことは、何かの頭文字かなって。

 それが七文字。この七ってところがポイント。七つで一くくりにできるものっていえば?」

「う、う~ん? ……………ごめん、分からない」

 難しそうに、また眉間にしわを寄せた菜緒に琢斗は正解を教える。

「曜日さ。日、月、火、水、木、金、土、ってね」

「あっ! じゃあ、□は………金曜日?」

「そう、flydayに、なるんだけど」

 そこで琢斗は黙ってしまった。

 この暗号を解いても、謎は解けないのだ。

「あ、あれ? でもFって書かれた場所は三つあるよ?」

 そう、案内図にはところどころにアルファベットがちりばめられているが、その中でもFは三箇所書かれている。

(暗号の解き方が間違っていた? いや、でも……………)

 何かが引っかかる。

 菜緒が案内図をなぞりながら確認した。

「Fがあるのは、北校舎の廊下と、体育館。あとは二年生の教室?」

「だね。でも、どこか変な感じがする。何だろう?」

 眉をひそめて琢斗はもう一度、カードを読み上げてみた。

「□がFだとして、ええと『Fに示された場所』か」

 すると、菜緒が怪訝な顔をした。

「んん? 何だか変な感じの文章? だね」

 彼女の言葉に琢斗はハッとした。

「そうだ、白井さん! そうだよ! 普通だったら『Fの示す場所』って書くんじゃないかな」

「でも、Fに、って書いてある」

 そこで二人は顔を見合わせた。

「おそらく、この案内図は罠だ。とすると、このFってのは何だ?」

「F、エフに示された場所………えふ?」

「辞書か何か…………そうだ! スマホ!!」

 琢斗は急いでスマホを取り出して、『えふ』と打ち込んでみる。

「えふを変換する、と? 駄目だ。出てこない」

 がっくりと肩を落とす琢斗に、菜緒が自信なさげに自分のスマホを差し出した。

「ねえ、有馬君、私もえふって入力してみたの。

 そしたら、ほら、選択のところに『絵札』って出てるんだけど。コレとか、違う?」

 それをじっと見つめて、

「絵札―――――あ! そうか、絵符!! ナイス、白井さん!!」

 琢斗が叫ぶ。

「もしかして、コレ!?」

 菜緒が箱にぶら下がっていた札を手にとり、ひっくり返した。

 その、ハッターからのメッセージが書かれた、カードの裏に描かれていたのは。

「「二之宮金次郎!」」

 二人の声が見事にハモって。

 ―――――ふっと同時に笑い出してしまった。

「あはは、けっこう必死だね、僕ら」

「だねぇ。これじゃあ、ハッターの思うつぼかも」

 ひとしきり笑ってから菜緒がぽつりと言った。

「ありがと、有馬君。その―――――一緒に考えてくれて」

 そんな菜緒に琢斗はちょっと躊躇って、でも口を開いた。

「こちらこそ、ありがとう、かな」

「え?」

 菜緒は目をパチクリとさせた。思ってもみなかった言葉だったようだ。

 だから琢斗は続けた。

「だって、よくよく考えたら、白井さんがいるからこうして盛り上がれるわけで。

 一人だったら悶々と考え込んじゃってただろうし。二人でやることに意義がある、んじゃあないかなーっと」

 実際のところ、ハッターあたりはそんな風に考えていそうなところがある。

 わざわざ新入部員の琢斗と菜緒を、セットにしたがっているような。

(そもそも、一年生の中からわざわざ男女一人ずつを選んでるしなぁ。

 あれ? 選ばれた? んだよな……………たしか、クジで)

 妙な引っ掛かりを覚えて口をつぐんだ琢斗だったが、

「有馬君って、やっぱりすごいね」

 菜緒の声に、思考が一気に目の前の少女にもどってしまった。

 と、同時に顔に熱が上がる。

「そ、そんなことないって!」

 照れしまった琢斗は、直前まで考えていた事も何に引っかかったのかさえ忘れて、急いで廊下に足を向けた。

「ほ、ほら、行こう? まだこの答えが正解って、確定したわけじゃないんだからさ」

 もちろん、行き先は答え合わせだ。だが廊下へ出る手前で琢斗は足を止めた。

 目をそらしたまま、けれど何かを待っている。そんな素振りの琢斗に、

「うん! そうだね。いこう!!」

 菜緒は嬉しそうな顔でその後に続いたのだった。









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