第四章 ハートのクイーンとハートのキング ―生徒会―



 二人が校門近くの二之宮金次郎像まで行くと、その影に隠れてなにやら―実際は全然隠れられていないが―金髪の女子生徒が、ちょろちょろしているのがはっきりと目に映った。

 見間違えようもない。ハッターだ。

「どうやら正解みたいだ」

 笑って言う琢斗に、菜緒も笑顔で頷いた。

 そんな二人に気がついたハッターは、「感心、感心」と言いながら近づいてきた。

「よくぞここまでたどり着いた。褒めてつかわそう!」

 喜色満面のハッターを前にして、だが今は、むしろその手に握られている怪しげな棒が―というよりも、もう丸太だ―琢斗は気になってしかたがなかった。

 怪しげなオーラがバンバン漂っているんですが。

「それ、何です?」

 思い切り不審そうに琢斗が聞けば、

「そう! よくぞ聞いてくれた!!」

 とびきりの笑顔でハッターが声を上げた。ああ、もう嫌な予感しかしない。

 琢斗は事態を察してげんなりとしたが、もちろんハッターがそれに遠慮するはずもない。

 高らかに笑いながら、ハッターは手に持っているそれを掲げて言い切った。

「これは『二之宮金次郎像の薪が一本増えてる現象』における、最重要な小道具なのだよ!」

 何をやりたいのかが分かりすぎるほど分かる計画名だが、ネーミングセンスはゼロだ。

 しかも内容がくだらなすぎる。この人は四六時中こんなことを考えているんだろうか。

 そんな胡乱な琢斗の視線などものともせず、ハッターはご機嫌だ。

「さて! ではこの設置を手伝ってもらおうか!!」

 断固、ご免こうむる!

 びしりと二之宮金次郎像を指差し、今にも「さあ、ゆけ!」とか言い出しそうなハッターに抗議するべく、琢斗が口を開こうとした、その時。

「そこの奇術クラブ! 何をしている!!」

 鋭い怒声が響いた!

 その声の大きさに琢斗と菜緒は身体をびくつかせた。が、ハッターはどこ吹く風だ。

 くいっと肩を上げ声の主へと振り返り、相変わらずの調子でその人物へと軽口を投げかけた。

「やれやれ、クイーンは相変わらず気が短い」

「何だと!?」

 だが琢斗は声の人物を見て、思わず固まってしまった。

(って、この人、生徒会長だ!)

 意志の強そうな鋭い瞳に、サラリーマンを思わせるきっちりした黒髪。身長はさほど高くないのに威圧感は十分にある、その男子生徒のネクタイは当然、緑色だった。

 新入生の琢斗や菜緒でも、さすがにその顔は知っている。

(え、ってことは……………『クイーン』って生徒会長のこと!?)

 そういえば、前にもその愛称は聞いたような気がする。

 しかし男子生徒に『クイーン』とは。

(いや、俺も『アリス』って呼ばれているけど)

 このあだ名にルールはあるんだろうか。

 どうにもハッターの直感だけで名付けられているような気がしないでもないのだが。

(あ……………でも、やっぱり『不思議の国のアリス』から、なのか?)

 そう琢斗が考えているうちに、生徒会長はわらわらと数名の取り巻きを従えて、ずんずんとこちらへやってきた。

「お前はいつもいつもいつも! くだらないことばかりして! 今日という今日は廃部にしてやる!!」

 しかしそこへ、涼やかな声音が割って入った。

「あらあら、ダメですよ、会長」

 清楚という言葉がぴったりくるような黒髪ロングストレートの女子生徒が、生徒会長に付き従うようにして歩いており、その声は彼女のものだった。

 そちらの女子生徒の顔にも見覚えがある。

(確か、副会長、だったような)

 とすれば、この集団は生徒会の人達なのだろうか。

「奇術クラブは同好会として規定の範囲内です。廃部にする条件は整っていませんよ」

「…………………南君、キミはどちらの味方だ」

「それは、もちろん生徒会の味方ですけれど」

 そんなやり取りを横目に、ハッターがちらりと琢斗と菜緒に目配せして、小声で言った。

「さて、キングもきたところで、ボクは逃げるとするよ」

 さりげなく琢斗達を盾にして、ハッターはこそこそと後退していく。

 それに気付いた生徒会長がすかさず怒鳴った。

「って、おい! そこ、逃げるな!!

 何をしている!? 無能共め! ヤツを捕まえろ!!」

 会長の指示に慌てて役員達がハッターを捕縛するべく動き出す。だが時すでに遅し。

 ハッターは脱兎のごとく、校舎へ走り去っていた。

「ッだーーーーー! 逃がすな! 追え!!」

「は、はぃいぃぃぃっ!」

 ハッターを追いかけてバタバタと役員達が走っていく。

 そんな部下を睨みつけ、生徒会長はそこから一歩も動くことなく唸った。

「役立たず共め。全員、解任してやる」

 なかなか過激な方針の生徒会のようだ。

 嵐がさったかのような二ノ宮金次郎像の前で、琢斗と菜緒は立ち尽くすしかなかった。

 だがしかし。そんな二人を見逃すような生徒会長ではなかったようだ。

「む! お前、奇術クラブに入ったとかいう一年生か!!」

 ギランッと向けられた視線が琢斗に突き刺さった。

「は、はい。そうです!」

 気迫に押されて琢斗が頷くと、生徒会長はすっぱりと言い切った。

「では、今すぐ退部しろ」

 いや、それは横暴な。

 とは思ったが、彼は彼なりの理由があるらしく切々と続けた。

「あの馬鹿の近くにいて、馬鹿が量産されても困る」

 この生徒会長は、どうにもハッターの行動が我慢ならないようだ。

(というより、何をしたんだ? あの人)

 たぶん、いいや、きっと絶対。この生徒会長に睨まれるようなことを、ハッターはしでかしたに違いない。

 でなくてどうして、こんな風に怒鳴りちらされることになろうか。

「まったく、くだらない余興に悪戯、あげく校則違反の数々!! いったい何を考えているんだ、し」

「それ以上はいけませんよ、会長」

 ぐちぐちと続くそれを、またも後ろから涼やかな声が遮った。

「会長ともあろう人が、約束をたがえることなど、あってはいけません」

 控えめだが、異論を認めない響きのある彼女の台詞に、生徒会長の眉間にしわがよった。

「だがな!」

 そこへまた、思いがけない人物の声が割って入った。

「まあ、お前さんの気持ちも分からなくはないけどな。大目にみてやるって話なんだろ。

 少なくとも、仮入部期間中はよ」

「…………………飯塚先生」

 隠れて煙草を吸っていたのだろう、彼は咥え煙草のまま、実に面倒臭そうに立っていた。

 だが知らんフリを決め込まなかったところをみるに、その生徒会長の話題は看過できないものだったらしい。

(約束? 生徒会長がハッターと?)

 それも先生までも絡んでいるとなると、奇術クラブとしての約束事、ということか。

 いったいそれがどんなものなのか、そして何故そんな約束をするハメになったのか。

 疑問はあったが、とても尋ねられる雰囲気ではなかった。

 生徒会長は苦渋を舐め、しかも苦虫をごりごりとすり潰したかのような顔だ。だが彼は頷いた。

「ええ。仮入部の期間だけ、ですが」

 とんでもなく嫌そうに。

 それに飯塚は溜息を吐く。

「さっきも言ったが、お前さんの気持ちも分からなくはない。

 が、あいにく、俺は奇術クラブの顧問なんでな。アイツ等の都合を優先させてもらう。悪いな」

「…………………悪いと思っているのなら、きちんと監督してもらえませんか」

「わぁーった、わぁーった。言っとくよ」

 いかにも適当といった風に手を振る飯塚に生徒会長は不服げだったが、それ以上は何も言わず、副会長へと声をかけた。

「では仕事にもどるぞ、南君」

「はい、会長」

 きびきびと副会長を伴って彼は校舎へと戻っていく。

 それを見送った後、飯塚がバシッと琢斗の背中を叩いた。

「ってことだ。ほら、お前らも、もどったもどった」

 促された琢斗だったが、先ほど湧いた疑問がまだ胸に引っかかっていた。

「あの、飯塚先生、どうしてハッターは生徒会長にあんなに目の敵にされているんです?」

 すると飯塚は苦い顔で言った。

「んぁー、まーイロイロしでかしてるからなぁ。でもありゃ、こないだのゲームで負けたのがキイてるな」

「ゲーム、ですか」

「イカサマだったけどな」

「…………………イカサマして、生徒会長に勝ったんですか」

「そ。ちょっとした賭けをして、な」

 含みのある視線をついと菜緒と琢斗に向けた後、飯塚はまた溜息を吐いた。

「あーーー、ほんっと面倒だなぁ、お前らって」

「えっ!? 僕達もですか!?」

 心外な台詞に琢斗は思わず叫んでしまったのだが、飯塚はさも当然といった顔で頷く。

「ああ、そうだよ。お前らは、もうちょっと現状をちゃんと知るべきだと思うね」

「ど、どういうことですかっ?」

 しかし飯塚は琢斗のそれには答える気がないらしい。

「大事なことってのは、自分でたどり着かなきゃ意味がないんだよ。知りたきゃ自力で解きな」

 意味深な台詞を残して、飯塚は言いたいことは言い終えたというように、さっさとその場を去っていってしまう。この先生も相変わらずだ。

 またも取り残されてしまった琢斗と菜緒は、二人して顔を見合わせるしかない。

「ねえ、白井さん? 飯塚先生が言っていた大事なことって、心当たりある?」

「え、えと………………な、ない、と、思う」

 自信がなさそうに言う菜緒に、琢斗は首を捻った。

「そっか。白井さんは部長さんの妹だし、何か知ってるのかな、と思ったんだけど」

「お兄ちゃんは、ちょっと変わってるっていうか、秘密主義っていうか」

 困ったような菜緒の顔に琢斗は首を振った。

「いや、いいよ。気にしないで」

 彼女を困らせたかったわけじゃない。それに妹だからって、兄の部活事情まで詳しく知っているわけでもないだろう。

 琢斗はこの疑問を一時、棚上げしておくことにした。

「って言っても、これからどうしたらいいのかな。とりあえず、教材室にもどる?」

「そうだね」

 菜緒が頷き、二人は下駄箱の方へと足を向けた。

のだが、数歩も行かないうちに、二人のそれは止められることになった。

「あっ! ねえねえっ!! キミ達、ちょっと待ってよー!」

 どこか子犬にも似た、愛嬌のある男子生徒が二人に声をかけてきたのだ。ネクタイの色はえんじ色だから一年生、同学年だ。

 その彼が、やたら興奮した様子で琢斗達に詰め寄った。

「あー、ゴメン! さっき生徒会の人達がキンパツ女子を追っかけてるのを見てさ。

 何だーっ? と思ってたら、君らが生徒会長と一緒にいたの、見ちゃって! ぶっちゃけ、しょーじき、聞いちゃうけど!

 君らって、あの奇術クラブの部員だったりするっ?」

 そのマシンガントークに、思わず琢斗もすぱっと答えてしまう。

「あ、うん。そう」

 すると彼はやたら目をきらきらと輝かせて食いついてきた。

「やぁーっぱ、そうなんだ! えー、いーなー。

 どうやって入ったの? 審査とかってあんの? オレも入れるかなっ?」

「えっと、どうだろう? あ、でも、入部制限はかけてそうだったけど」

 彼の調子につられて琢斗が話すと、その男子生徒はがっくりと肩を落とした。

「だぁーよなぁ~。オレみたいな凡人を入れてくれるわけ、ないよなー」

「どういうこと?」

 首を傾げた琢斗に彼はきっぱりと言い切った。

「だって、あの聡司先輩の作ったクラブだろ? スゲーに決まってるし!」

「え?」

 まさかここでその名前が出てくるとは思わなかった。どうして彼が『白井聡司』を知っているのか。

 そこへ菜緒がおずおずと割り込んだ。

「あ、あのー、乾君? だった、よね?」

 すると、今気がついた、というように彼が菜緒を見た。

「あ、何だー、白井さんじゃん」

「ん? 知り合いなの?」

「あぁ、うん。同じ中学で……………その、お兄ちゃんのファン、というか、なんというか」

 『白井聡司』のファン? いや、ならまず妹の白井さんに気付けよ。とは思ったが、琢斗はその子犬のような男子生徒をしげしげと見た。

 そんな琢斗の視線に彼は堂々と胸を張る。

「俺は、自他共に認める、聡司先輩の追っかけだ!」

 うわー、宣言できちゃうあたりが、もう重症。

「そ、そうなんだ」

 頷きながら琢斗は一歩後ろに下がった。

 何となく、近くにいたら被害にあいそうな気がした。何に、とは言わないが。

 だが乾はそんな琢斗の微妙な空気など気付かずに、ひたすら無邪気に笑った。

「俺、3組なんだ。よかったら、また奇術クラブのこと聞かせてよ!」

「あ、うん」

「じゃあ、さっきのキンパツの先輩、探してみるから!」

 彼は声をかけてきた時と同様に、すごい勢いで手を振ると、校舎へむかって走っていく。

 常にあのテンションなのか…………。悪気はないんだろうが、どっと疲れた気がする。

 隣を見れば、菜緒も同じく微妙な顔をしていた。

「も、もどろうか」

「そうだね………………うん」

 いったい何をしにここまできたのだか。振り回されるだけ振り回されて、琢斗と菜緒は校舎へともどった。

 その教材室へともどる道すがら、西階段を上りながら琢斗はぼんやりと考えた。

(白井聡司って、どんなひとなんだろ)

 奇術クラブを作った人で、菜緒のお兄さん。そして崇拝者がいるほどの完璧人間。

 だというのに、実像が全然頭に思い浮かばない。

 会ったのが一度きりだからか、その時に逆光で顔があまり見えなかった所為か。どうにも謎めいているひとだった。

(また会う機会もある、のかな?)

 揺れる菜緒の亜麻色の髪を見ながら、琢斗はなんとなくそう思った。









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