第二章 なんだかんだで流された ―校内迷路―


 そうして、一階にある下駄箱までくると、とても判りやすく一年生の下駄箱に―左の壁際から向かい合わせに一年生の下駄箱があるので、八クラス分つまり五レーンに―『ス タ ― ト ↑ 』と一文字ずつ印刷された紙が貼り付けてあった。 

「矢印は右か」

「ええと、そうすると購買のほうかなぁ?」

「だね。っと、その前に、ほら」

 一年生の下駄箱は左端、とすると右に行けば行くほど学年は上がる。つまり突き当たりは三年生の下駄箱だ。そこに次の指示が貼り付けてあった。

 今度は一枚の紙に、

『渡り廊下に出ろ』

 と印刷されている。

「渡り廊下?」

 首を傾げた菜緒に、琢斗は「あ」と思い当たったことを口にした。

「もしかして、三年生側の下駄箱から外に出られる廊下じゃないかな」

 下駄箱は左右、そして正面が開かれており、一年生はだいたいが左側を使用するのが常だが、三年生側からも外には出られるはず。

 三年生の下駄箱を通り過ぎ、右側から外へと出ると、なるほどそこは校舎の別棟へと続く渡り廊下だった。そして、どうもそこは部活棟へとも繋がっているらしい。

 放課後の部活にいそしむ活気が漂っていて、どこか暑苦しい匂いまでする。

 足を止めた琢斗と菜緒の前を、様々なユニフォームの生徒がドヤドヤと走っていく。ここはランニングコースとしても使われているようだ。

 同じメニューをこなしているわけでもないのに、やけに競って、「うぉりゃぁぁぁぁ!」だの「負けねぇェェェ」だの、ラグビー部やらサッカー部やら、暑苦しい生徒達が廊下を次々と横断していく。

 と、そのなかに見知った顔がいた。

「あ! 有馬君!! と、菜緒」

 同じクラスの吉野恵美だった。

 自分達の前で足を止めた彼女に、菜緒が声をかける。

「エミはソフト部の基礎練?」

「そー。ランニング十セットだって」

 その二人のやり取りで琢斗は気付いた。

「あれっ? 吉野さんと白井さんって、もしかして知り合い?」

 思わず言葉にすると、二人は少しだけしまった、というような顔をした。

「あー、うん。ゴメン。実はそうなんだ」

「あ、あの、でもエミは、こんなことになるって知らなかったの。本当に」

 釈明を始めてしまった菜緒に、琢斗は慌てて言いつくろった。別に二人に繋がりがあったことを非難しているわけじゃない。

「いや、いいよ。大丈夫。ただ、ちょっと納得したっていうか。

 ほら、吉野さんって、奇術クラブからの招待状を見た時に何か知っている風だったからさ。成程なって」

 すると恵美があっけらかんと笑った。

「あはは、そうなんだ。だから思わず笑っちゃった。ごめんね、有馬君」

 どうして彼女があの招待状を読んだだけで、奇術クラブからの勧誘だと分かったのか。それもおおよその見当が琢斗にはついていたが、ここでは言わないことにした。

 そこでやっというべきか、恵美は何かに気付いた、というように菜緒に聞いた。

「あれ、二人一緒ってことは、もしかして部活中?」

「うん。よく分んないんだけど『紙の指示に従ってゴールまで行く』みたいなゲームなの」

 と説明した菜緒に、恵美が「ん?」と怪訝そうな顔をした。

「どうしたの?」

 首を傾げた菜緒に恵美は眉間にしわを寄せる。

「……………その張り紙、さっき見たかも」

「え? どこで?」

「東階段。あ、裕子と麻美も一緒でさ。何だか面白そうって、あの子達もたどってるみたい」

 すると菜緒の顔がぱっと輝いた。

「本当?」

「ああー、でもほら、麻美は方向音痴だからさー。今頃二人して迷ってるかも」

 思い当たることがあるのだろう、菜緒の顔に不安がよぎる。

「つ、ついでに探してみるね」

「うん。よろしく~。じゃあ私、ランニングにもどるから!」

 恵美はそう言うと、軽く手を振ってさっと走り出す。

 そんな彼女に菜緒は手を振りかえし、琢斗は二人の様子を少し後ろから見ていた。

「張り紙を追ってる子達も白井さんの友達?」

 恵美が行ってしまった後、琢斗が聞くと菜緒は頷いた。

「あ、うん。裕ちゃんと麻ちゃんはエミと一緒で、同じ中学からきた子なの」

「そうなんだ」

「でも、クラスは別れちゃって。裕ちゃんとは同じクラスなんだけど」

「幼馴染ってやつかぁ。ちょっと羨ましいな」

 琢斗が言うと菜緒が驚いた顔をしたので、何となく言い訳のように琢斗は言葉を続けた。

「いや、僕と仲の良かったヤツらは、皆違う高校にいっちゃったからさ」

「それは、寂しいね」

 菜緒の本当に寂しそうな顔に琢斗は少し罪悪感を覚えた。だって実のところ、そうでもないのだ。

 琢斗は元来、そう人との繋がりに執着していないし、いいや、むしろ本当のところは内向的な自分を隠し、外面だけで人間関係を形成してきた部分があったりもする。

 だからこそ、菜緒のように『特定の仲』を持てることが羨ましくもあったりするのだけれど。もちろん、口が裂けても言えやしない。

 それを誤魔化すために、琢斗はムリヤリにでもポジティブなことを言おうとした。

「でもさ、まあ、高校で新しい友人ができるって思えばいいかなって。

 新しい人間関係も悪くないっていうか。あれ? けっこうおかしなこと、言ってる?」

 ってゆーか、おかしなことってより、恥ずかしい台詞を言ってはいないか!?

「あぁあぁぁぁ、忘れて! ごめん、変なこと言った!!」

 穴があったら入りたい。いやむしろ発言前にもどって自分の口を塞ぎたい。

 なかったことにしたい衝動に頭を抱えた琢斗だったけれど、菜緒は首を振った。

「ううん。い、良いと思う、よ。その考え方」

「……………そ、そっか」

 恥ずかしい沈黙が二人に下りる。

 それに耐え切れず、琢斗は叫ぶように言った。

「さ、先に進もうか!」

「う、うん!」

 暑苦しいランニングの一群が途切れたところを見計らって渡り廊下を進むと、建物の入り口に『東階段を見つけろ』という張り紙が。

 そこは学校の東棟で、そのまま廊下をいけば階段があるはずだ。

 東階段を目指しながら歩いている最中、琢斗はずっと確認したかったことを、菜緒に尋ねてみることにした。

「そういえばさ、白井さんって、……………白井聡司先輩って知ってる?」

 思わず探りを入れるような台詞になってしまった。

 だが琢斗の予想が正しければ、知っているもなにもないはずで。

 案の定、菜緒は困った顔をし、けれど観念したかのようにこくりと頷いた。

「うん。私のお兄ちゃんなの。でもどうして分かったの?」

 今度は琢斗が困る番だった。

「あー、うん、一応というか、奇術クラブのことを調べたんだ。

 そしたら、部長さんが白井聡司って人だって分かってさ。もしかしたらって思った」

 歯切れが悪いのは、こそこそと調べまわった後ろめたさと、調べまわらねば思い切れなかった狭量さが琢斗にあったからだ。

 奇術クラブへの入部を迷った琢斗は、一昨日この学校の道場を訪れていた。

そこに知り合いがいたのだ。

 お目当ての人は、琢斗にいち早く気付いて、すぐに声をかけてきてくれた。

「おー? タク、見学かー?」

 琢斗より一つ年上、つまり二年生の従兄弟、有馬喜弘だった。

「違うよ。僕が体育会系苦手なの、ヨシ兄だって知ってるくせに。何言ってんの」

 剣道着姿のその従兄弟に憧れがなくはないけれど、自分にはそれがむいていないと琢斗は十分に判っていた。

 善弘は「だよな」と肩をすくめた。

「だったら何だよ? まさか、俺に会いにきたとかキショいこと言わねーよな」

「そのまさかだよ」

 すると従兄弟の目が驚愕で丸くなる。

「は?」

 まじまじと琢斗を見つめ、それから怪しむように言った。

「お前、熱でもある? それか、何か頼み事か?」

「ヒドっ! まあ、あながちハズレじゃないけど。ヨシ兄に聞きたいことがあったんだ」

 すると従兄弟は「やっぱりな」と笑った。

「お前が用事なしに俺のところに来るはずないもんな。まったく、冷たい従兄弟だよ」

「それはゴメン。で、聞きたいことなんだけど。ヨシ兄は『奇術クラブ』って知ってる?」

 すると善弘は首を捻った。

「部活だよな? んー? この学校、とにかく部活が多いからなー。そんな部活もあったっけかな?

 文化部までは把握してねぇなぁ。それがどうかしたか?」

 あまり物覚えが良いとは言えない従兄弟だ。思い当たらないのなら仕方がない。

 琢斗は率直に相談することにした。

「仮入部しないかって、誘われたんだけど」

「あれ? でもお前、文芸部に入るって言ってなかったっけ」

 善弘は数少ない、琢斗の『趣味』を知っている人物だった。そして、それを笑わないでいてくれる貴重な人でもある。

 だからこそ、琢斗もこうして悩んでいることを打ち明けられるのだ。

「そのつもりだったんだけど…………………奇術クラブも気になってるんだ」

「んんー? 奇術クラブ………って、ああ! 思い出した!!」

 ふいに善弘が大声を出した。この従兄弟は興奮するとすぐ声が大きくなる。

 顔をしかめた琢斗などお構い無しに善弘はその声量で言った。

「あれか! 白井聡司が作った変な同好会!」

「……………白井聡司?」

 その名字が何となく引っかかって、呟いた琢斗に善弘が教えてくれた。

「俺とタメの有名人だ。何せ、学年首席だからな」

 へえ、そんな人が。

「作ったってことは、その人が部長なんだね?」

 興味が湧いて尋ねる琢斗に善弘はどうしてだか顔をしかめた。

「そうだったと思うぞ。そうそう、それで去年、ウチの部でエライもめたんだった」

「え、何で?」

 すると善弘は苦い顔のままに続ける。

「白井聡司っていやあ、剣道部期待の新人だったからな。

 中学時代から負け無しで、文武両道を絵にかいたよーな、いわゆる完璧人間ってヤツだったんだよな。

 少なくとも、高校に入学するまでは、な」

 俺も何度か試合をしたことがあったけど、勝てる気がしなかったもん、とぼやいて頭をかく。

 きっと善弘にとっても、思うところがあるんだろう。

「なのに何をトチ狂ったんだか、高校になったらすっぱり剣道やめちまって。

 よー分からん同好会を作っただかで。去年の部長が散々説得しにいったんだが、ダメだったんだよな」

 今ではもう彼は剣道を捨てたのだと、そういうことになっている、と締めくくる善弘の顔は複雑そうだった。

「ね、その白井聡司ってどんな人?」

 すると善弘は「んー」と考え、言葉を選ぶようにして答えた。

「なんつーか――――――俺らとは別次元にいるって感じだ。さっきも言ったろ、完璧人間って。まさにそんな感じ。

 包容力があって、誰からも頼られて、頭も良くて、何でもさらっとこなせる。しかも、嫌味なことに顔も良い。

 なのに誰から恨まれることもない―――――つーか、恨むほうが惨めになるくらいなヤツなんだよな」

 ずいぶん神がかったような、というかそんな人物、本当に存在するのか?と問いたくなるような人物像だった。

 疑いの籠った琢斗の視線に善弘も困った顔をする。

「本当に、そんな感じのヤツなんだよ。ああ、でも得たいが知れないって感じでもあるか。

 ともかく、不思議なヤツだよ。ま、俺は直接話したりするような関係じゃないんで、本当のところは分かんねぇけどさ」

「ふーん」

 と、そんなやり取りがあったとは、さすがに菜緒には言えないが。

 その善弘からの情報のおかげで、おおよその見当をつけることができたというわけだ。

「さっきの吉野さんとの会話で気付いたんだ。

 吉野さんも白井さんのお兄さんのことを知ってたんだろうなって」

 琢斗がそう言えば、菜緒は複雑な顔でこくりと頷いた。

「うん。何だか巻き込んじゃったみたいなんだけど」

 どこか不本意そうな顔だったが、奈緒はすぐにそれを引っ込めて前を指差した。

「あ、東階段って、あれかな」

「ああ、本当だ。張り紙があるね。今度は『上に行け』か」

 壁に貼り付けてある紙の指示通り、階段を上る。その途中で奈緒がおずおずと切り出した。

「ごめんね、有馬君。お兄ちゃんのこと、言ってなくて」

 琢斗は笑って首を振った。

「いや、いいよ。っていうか、教えてもらう暇もなかったじゃない」

 こうして奈緒とちゃんと話す機会などなかったし。そもそも、そんな事情を詳しく話す仲でもなかったわけで。ここは彼女の謝るべきところではない。

「こっちこそ、こそこそ調べたりなんかして、ごめん」

 むしろそっちを非難されてしかるべきだ。

 謝る琢斗に奈緒が大慌てといった風にぶんぶんと手を振った。

「有馬君が謝ることないよ! だって、本当に変な部活なんだもん」

 ああ、成程。それでさっき会うなり「いいの?」と聞いてきたのか。

 今更だが、奈緒の心配に気付いた琢斗は、改めて彼女の人の良さに感心した。

 こういう人と一緒なら、あのヘンテコな部活でも何とかやっていけそうな気がする。

「うん。確かに変な部活だと思う。でも、やっぱり、わくわくもしたんだ。

 ほら、ハッターじゃないけど、もう楽しんじゃった者勝ち、なんじゃあないかな」

 微笑んで琢斗が言うと、奈緒はようやくそこで顔を緩ませた。

「そう、だね」

 ふっとこぼれたような、そんな笑い方だった。

 ほんわかと胸が温かくなるような。

(何か、和むなぁ)

 よく考えれば奈緒はずっと緊張しているような顔をしていた気がする。

 もしかしたら、色々と気に病んでいたのかもしれない。別に彼女のせいというわけでもないだろうに。

(本当に良い子なんだな)

 ほのぼのとした空気にほっとしたのもつかの間。

 琢斗は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あれっ? 何だ、これ」

 四階の踊り場にある張り紙に書かれていたのは。

「ええと、『六分の一下りろ』?」

 謎の文章だった。

 読み上げた奈緒は首を傾げた。

「階段を、ってことなのかな?」

 そして来た階段を下りようとする。が、琢斗はそんな奈緒を「ちょっと待って」と引き止めた。

「今は四階だよね。ってことは、六分の一は、ちょうどそこの踊り場の部分って事になる」

「う、うん?」

 言っている意味があまり分かっていなさそうな菜緒に琢斗は説明した。

「一階から二階に上がるまでに、階段は折り返しがあって区切りとしては二回上るよね。

それが四階までだと六回。つまり六分の一って事は、折り返し一回分、つまり踊り場のところって事になるんじゃないのかな」

 下の踊り場を指差す琢斗に奈緒はまた首を傾げた。

「でもあそこに張り紙なんかなかったよね」

 今しがた上がってきたばかりなのだ。見落としているはずがない。

「別の場所ってことなのかな?

 ともかく、ここから六分の一、下りられる場所を探そう」

 きょろきょろと四階の廊下を眺めていると。

「あ! 有馬君、窓の外! ほら、あんなところに渡り廊下があるよ!?」

 奈緒が驚いた声を上げた。

 というのも、その渡り廊下は半屋上となっており、丁度四階と三階の間にかけられていたからだ。確かに、あんなところ、と言いたくなる。

 だがこれで張り紙の謎は解けた。

「確かにあそこは六分の一、下がったところだ」

 奈緒と顔を見合わせ、空中の渡り廊下を目指す。この階の何処かからあそこへ下りられる場所があるはずだ。

 その途中、東棟の奥に、琢斗は気になる場所を発見した。

「あ、図書室。ここにあったんだ」

「よってみる?」

 気を利かせてそう言ってくれた菜緒に、琢斗は首を振った。

「今はいいよ。時間のあるときにくるから大丈夫」

 とりあえず今はこのゲームを終らせることが先決だ。

 渡り廊下が見えた方へと足を進める琢斗に奈緒が聞いた。

「有馬君は本が好きなの?」

「あー、うん。まぁね。白井さんは?」

 すると奈緒はちょっと恥ずかしそうに言った。

「その、絵本とか童話が好きで。でも、子供っぽいよね」

「えっ!? そんなことないと思うけど」

 というより、むしろ似合いすぎているくらいだ。

「良いと思うよ」

 さきほどのお返しというわけじゃないけれど、琢斗が笑って肯定すると奈緒はちょっとうつむいてぽつりと言った。

「あ、ありがと」

 これはもしや、さっきの琢斗と同じ状況だったりするんだろうか? 照れていたり?

(か、可愛いひとだなぁ!)

 愛称が『ユキウサギ』になったのが心から納得できる。真っ白で小さな、赤目の兎の姿が琢斗の頭に浮かんだ。

 また二人そろって、何とも言いがたい空気になってしまったのだが、それでも気まずいわけではない。これがゲームの最中だということもあるんだろうけれど、たとえ沈黙が下りてしまっても琢斗はそれが嫌だとは感じなかった。

 四階の廊下を進んでいくと、奈緒が前方を指差した。

「有馬君! あったよ、渡り廊下に行けそうな階段」

「だね」

 その階段を下がると踊り場には屋上に出るような押し戸があり、そこからは先ほど見えた渡り廊下が見えた。

 押し戸には鍵がかかっておらず、力を入れて押し開けると、さっと外の風が入り込んできた。

 そして、そこにはまた張り紙が。

「ええと、今度は『犬の足元を見ろ』か」

「…………………犬?」

 だんだん指示が難解になってきている気がする。

「ともかく、行こうか」

「うん」

 渡り廊下を進んで、今度は南校舎へ。

 右往左往しながら発見したのは、生物室前のモニュメントだった。

「これ、犬?」

「見えなくも、ないような、そうでもないような」

 その生き物の下には『花言葉のカレンダーがあるところへいけ』という張り紙。

 それは地学室前の黒板で、カレンダーには誕生花とその花言葉が書かれていた。どうも地学の教師が毎月書いてくれているものらしい。

 その後も、そうした指示が次々と続いていく。

 校舎から校舎へ。まるで学校のスポットめぐりだ。

 途中、同じように張り紙を追っている生徒を何人か発見した。

 その中に、先ほど恵美との話に出てきていた奈緒の友人とも出会えたのだが。

「あ、ナオ~~~~~」

「裕ちゃん? どうしたの?」

 あいにく、一人だけだった。というのも。

「アサミが行方不明なのぉ~~~~~。もーーーー、どこ行っちゃったかなぁ」

 例の方向音痴な友人が、どこかへ行ってしまって見つからないのだという。

 あまりにも困り果てたような彼女の顔に奈緒が「一緒に探そうか?」と言ったが、彼女は「ううん~、悪いし、いいよぉ」と首を振った。

「そっちは部活、頑張ってね~~~~~~」

 そして彼女は手を振って琢斗達のきた道を逆戻りしていく。菜緒はちょっと心配そうにそれを見送った。

「見つかるといいんだけど」

 呟いた菜緒に琢斗は頷いた。

「そうだね。……………それにしても、けっこう、参加している生徒っているもんだね」

 琢斗は琢斗で同じクラスの根津に出会ったりと―どうも彼も迷っていたらしく「ゴールまで行けたら教えろよな」と声をかけられた―、思いの外このゲームに参加している生徒の多いことに驚く。

 これはあれだろうか。トイレの落書きの原理か。くだらないと分かっていつつも、つい落書き通りの方を見てしまう、あれだ。

 正面の『右を見ろ』にはじまって、最後は天井の『バーカ』等で終る、他愛もない落書き。

 琢斗はそれを見てしまう方だった。そして案外そういう人間は少なくないらしい。

 それにこうして放課後の校舎を歩いていると、入りたてでよそよそしかったはずの学校の空気が、だんだんと馴染んでいくような、そんな気分になるから不思議だ。

 開け放した窓から下を見れば、そこはさっき出くわした暑苦しい運動部連中のランニングコースで。野太い声をした―胴着をきているからおそらく柔道部の主将か何かだろう―男子生徒が「周れ、周れー!」と叫び、その他の部活の部員達も「ファイ、オー!」などと各々声を出しながら走り抜けていく。

 それらに混じって、校舎からは吹奏楽部の練習する楽器の音がまばらに響いていて。

 そういうものすべてが、じんわりと、自分の中に染み込んでいくような感覚になるのだ。









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