第一章 兎の巣穴に落っこちる ―招待状―
一体全体、どうしてこうなった?
この春、高校生になったばかりの
(何が起こってるんだ!?)
目の前には床に倒れ伏した女子生徒。
そしてその彼女を助け起こしているのは、まるで宝塚にでも入れそうな長身の美女。
「君、しっかりしたまえ!」
美女は格好から言い回しまですべてが芝居じみていたが、ずいぶんと前から目の前の状況が異様な事態となっていたため、琢斗はそれを奇妙だと感じることもできなくなってしまっていた。
だって――――――何から何まで、奇妙なことばかりだったのだから!
事の起こりは、きっとそう、あの妙な招待状をもらったところから、だ。
入学したての新しいクラス。正直まだ顔と名前が一致していない生徒の方が多いくらいだったから、帰り際に呼び止められた彼女のことも当然、琢斗は知らなかった。
「あ! えと、君!! 確か、有馬君……………だったよね?」
ショートカットの体育系なその顔は、さすがに同じクラスの女子だということくらいは分かったのだけれど、残念ながら名前までは思い出せなかった。
そもそも彼女だって琢斗のことをそんなに知らないはずだ。でなければこんな風に確かめたりはしないだろう。
さて、そんな彼女がいったい自分に何の用なのか。
不思議そうな琢斗の表情に、彼女は慌てて用件を切り出した。
「ごめんね~、いきなり呼び止めて。
私もよく判んないんだけど、さっきコレ『同じクラスの有馬って男子に渡してくれ』って頼まれちゃって」
彼女はそう言ってさっと白い封筒を琢斗の目の前に差し出した。
違和感はあったけれど、琢斗はそれを受け取った。だってクラスに自分のほかに有馬という名字の生徒はいないことを知っていたから。
彼女はあからさまにほっとした顔をした。
(?)
やっぱり変な感じがした。
封筒は普通の郵便サイズで色は真っ白。しかも差出人はおろか、あて名すらなかった。
「あの、これって誰から頼まれたの?」
尋ねた琢斗に、彼女が歯切れ悪く答える。
「ええっとねー、先輩からなんだよね。たぶん二年生」
ますますよく分からない。
いや、何故彼女が「たぶん二年生」だと言ったのだかは分かる。
この学校はネクタイの色で学年が―一年生はえんじ色、二年生は青色、三年生は緑色と―判別できる。おそらくこれを渡してくれと頼んだ人物は、青色のネクタイをしていたんだろう。
だが、どうして二年生の先輩からこんなものをわたされるのだろう?
(まさかラブレター、な、わけはないよな)
入学してまだ半月だ。不信感半分、興味心半分で、その封もされていない封筒を琢斗は覗き込んだ。
はたして、そこには半分に折りたたまれた、これまた白い便せんが一枚。
琢斗はそれを取り出して開き、
「何だ、これ?」
思わずそう言ってしまった。
クラスメイトの彼女も興味を引かれたのだろう、便せんを覗き込む。
そこに書かれていたのは、こんな文面だった。
『親愛なるアリス様。楽しいお茶会へのご招待。
放課後、美術室へおいでください。
イカレ帽子屋より』
なんていうか、メルヘン?
というより、いわゆる中二病をこじらせまくった挙句、異次元まで突き抜けてしまったよーな、そんな臭いがぷんぷんしている。
「な、なんで、こんなものが僕に?」
戸惑う琢斗だったけれど。
隣からは、何故だか納得したような叫び声が上がった。
「あー! そういうことかぁ!!」
「え? どういうこと?」
しかし彼女はけたけたと笑い出してしまい、琢斗の疑問は回答を得られなかった。
いったい彼女には何が分かったというのだろう?
「あはは、そっかそっか。有馬君、選ばれちゃったんだ」
いや、だから、何が?
まったくさっぱり分からないといった顔の琢斗に、彼女は涙を滲ませながら太鼓判を押した。
「大丈夫だよ、たぶん。これ、部活勧誘だろーし」
「ぶ、部活勧誘?」
疑問符いっぱいの琢斗に彼女はやっと説明をしてくれた。
「そ。ここの学校、一年生の時は部活が強制参加なの。知ってるよね?」
「ああ、うん」
「で、今月いっぱいはいろんな部活へ仮入部ができる。これも知ってるよね」
「うん」
その辺は確か、こないだやった部活紹介なるオリエンテーションで概要を聞いている。
だがそれと、この手紙と、どう繋がるというのか。
「だから、今のこの時期は、先輩達にとっては新入生を獲得するためのアピール時期ってことなんだよね」
「つまり―――――これは部活見学への招待ってこと?」
それにしては何だか妙な誘いだと思う。
だいたい部活の勧誘というのは、もっとこう、掲示板に貼り出すなり、声をかけるなり広く行われるもので。こんなピンポイントで勧誘するなんてことがあるのだろうか。
すると彼女は意味深な笑みを浮かべて言った。
「あは、そうだよね。少なくともそれ、美術部からのお誘いじゃあないと思うよ」
「えっと? どういうこと?」
「さぁ? そこらへんは、いけば教えてくれるんじゃない?」
にやにやとそれだけを言う彼女に琢斗はちょっとだけ考える。
彼女がいうことはもっともだが、こんなヘンテコな誘いにうかうかとのってしまうのも躊躇われた。のだけれど。
「………………いってみようかな」
思わずそう言ってしまったのは、琢斗の性分というか。彼の趣味に起因していたというか。
ともかく惹かれてしまったのが運のツキ、というやつだろう。
そんな琢斗の言葉に彼女はにっこりと頷いた。
「そうしたらいいと思うよ! あ、じゃあ私、もういくね。
私も部活見学する予定だから」
そして彼女は走り出し、一度振り返ってこちらに手を振った。
「あ、そうだ。有馬君! 私、吉野恵美っていうの!!
機会があったら、『お茶会』がどうだったか、教えてね~」
彼女が走っていったのは下駄箱の方。ということは、彼女が見学するのはグラウンドでの体育会系な部活ということだろう。
ぼんやりと彼女を見送ってから、琢斗は今きた廊下を引き返した。
(えっと、美術室は………………確か四階の西端だったはず)
おぼろげな記憶をたどりながら階段を見つけ、四階まで上がって、廊下を西の突き当たりまで歩く。確かそこが美術室だったはず。
が、その手前で。
(ん?)
どうも美術室へは入れそうもないことが琢斗には分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます