第一章 兎の巣穴に落っこちる ―事件―
美術室の前に、一人の女子生徒が待ちぼうけをくらっているように立っていた。
この場合、だいたいは鍵が開いていなくて待たされている、という状況が多いだろう。
(どうしようかな)
待っていれば誰かが鍵を持ってくるのだろうか。
迷って足を止めた琢斗に気が付いたのだろう、扉の前にいる女子生徒が声をかけてきた。
「……………もしかして、美術室に用事ですか?」
どこか擦れた声でそう言う、彼女のネクタイはえんじ色。琢斗と同学年だ。
亜麻色のふわふわとした髪をゆるく二つに束ね、まだ幼さの残る顔で、おずおずといったようにこちらを見ている。
「うん。そうなんだけど。開いてない、みたいだね?」
確認の為に琢斗がそう聞くと、彼女は美術室を見やって、何故だか言いにくそうに答えた。
「あの、というより………………使用中、みたいで」
それに琢斗は首を傾げたが、すぐにその理由は判明した。
(成程)
美術室の中からもれ聞こえる声は男女のもの。それもおそらく二人きり。
確かに、そんな所に入るのは気が引けるだろう。
「まいったな」
話しこんでいる様子の二人は、なかなか外に出てきそうにない。
(少し待ってみるか)
もしかしたら招待状の主だってこれは想定外かもしれない。とすれば、ここで待っていればその人が現れるんじゃないだろうか。
そう考えた琢斗は、自然と女子生徒の隣に並ぶような位置に立った。そして廊下には何ともいえない沈黙がおりる。きっとそれが気まずかったに違いない。
彼女はもじもじといったように口を開いた。
「え、えと、そのぅ……………い、良い天気ですね!?」
「え? ああ、うん。そうだね」
確かに今日は暖かな良い日和だ。だが話題としてはどうだろう。後が続かないのは目に見えている。
案の定、それ以上の話は発展せず、うろうろと視線を彷徨わせてしまった彼女を見て。
「あ」
ふと琢斗はあることに思い当たった。
彼女がここにいる理由は、もしかしたら―――――――。
「あのさ、もし違ったら悪いんだけど、君も」
そんな今更なことを尋ねようとした、その瞬間。
「きゃぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」
耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
しかも琢斗のすぐ後ろ、つまり美術室の中から!
「えっ? 何だ!?」
中からは机を倒すような音が響いている。これはただ事ではないだろう。
琢斗はすぐに美術室の扉を開けようとして、愕然とした。
「―――――――あ、開かないッ!?」
「鍵がかかってるの!?」
後ろからも女の子の焦ったような声が聞こえる。
その間にも何かを押し倒すような音はひどくなるばかり。
「君! 鍵を取りに―――――いや、一階の事務室に行って用務員さんを呼んできて!!」
「う、うん!」
叫んだ琢斗は美術準備室の方へと―そちらが開いていないかと―足を向け、頷いた女子生徒が走り出そうとした、その時。
二人の行動をハスキーな声が遮った。
「その必要はないよ」
駆け出した女子生徒の進路上に立ちはだかった、その人は。
すらりとした長身で、染めた金髪の髪はくるくるとゴージャスにまいてあり、そして顔はそれに負けないほどの顔立ちで――――つまり、美女と呼ぶに相応しい人だった。
その人は実に芝居がかった仕草で右手を上げると、チャラッとそれを揺らしてみせた。
「美術室の鍵はここにあるのだからね」
見せつけるようにしたそれは、まさしく美術室の鍵!
「早くそれを貸してください! 中で揉めているかもしれないんです!!」
「何?」
琢斗が言うと、美女は眉をひそめ、それから自ら鍵を扉に差込み開錠した。
そして躊躇うことなくガラリと、その扉を開けると―――――。
「…………………え?」
扉のむこうには、目を疑うような光景が広がっていた。
締め切られた窓と扉。倒されている机や椅子。その中心に倒れている女子生徒。だけ。
そう―――――美術室の中にいた人物は、倒れている女子生徒だけだったのだ。
混乱している琢斗をよそに、美女が倒れている女子生徒を助け起こした。
さいわい彼女の意識はもどっているようで、美女の問いかけに小さく頷いている。
「大丈夫かね? 気を失っていたようだが」
倒れていた彼女に幾つか質問をすると、美女は琢斗の後ろで様子を窺っていた女子生徒に声をかけた。
「君、悪いけれど、彼女を保健室まで連れていってくれないか」
「あ、はい!」
てきぱきとした指示に従って女子生徒二人が美術室を出る。
その二人を見送った後、美女は何故だかくるりと琢斗に向き直った。
「さて、君。いったいこの教室で何が起きたのか、説明できるかね?」
「…………………えと、実は僕にも分からないことだらけで。何が何やら」
しどろもどろに言う琢斗に、美女は「ふむ」と小さく頷くと、それからいかにも面白いというように口の端をちょっと上げてみせた。
「よろしい。では状況を整理していこうじゃあないか」
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