エピローグ



 今日も今日とて、琢斗は西階段を上る。行く先は、もちろん教材室だ。

 たどり着いた琢斗は、その扉をがらりと開けた。

 中にいるのは、もちろんいつものメンバー。

「おや、アリス、今日は遅かったね」

 相変わらずの女装で微笑む、ハッターこと部長の白井聡司。

「日直だったんですよ」

「………………お疲れ様、ありす」

 眠たげだが今日は調子が良いのだろう、ラットこと香坂柚葉は寝てはいなかった。

 その彼女の隣にいるのはラビこと山本恭介。

「あ、山本先輩、借りた本、面白かったです」

「そうか。よかったら続きも読むか?」

「読みます。貸してください」

 鞄を机に置いた琢斗に、ユキウサギこと白井菜緒が話しかける。

「有馬君、キョウ兄に本を借りたんだね。面白かったって、どの本?」

 琢斗は本を鞄から取り出して見せた。

「白井さんも読んでみる?」

 しかし菜緒はその表紙に引きつった顔をした。

「それって、ミステリー?」

「どっちかっていうとホラーサスペンスかな」

 どうも苦手分野だったらしい。

 固まってしまった菜緒に琢斗は苦笑いした。

「ちょっと気持ち悪いところがあったし、苦手な人は読まないほうがいいかも」

「…………………が、頑張ってみる」

「いや、何も頑張らなくても!」

 眉間にしわを寄せながらも拳を握る菜緒に琢斗は焦った。

 そこへ恭介の低い声が割って入る。

「菜緒、この前、有馬に紹介された本は、怖いものではなかったぞ」

「え、本当? じゃあそっち、読んでみようかな」

 琢斗はほっとして恭介に頷いた。

「ああ、あれですか。確かに怖くないし、いいかもしれません」

 そして菜緒にむかって琢斗は微笑む。

「明日、持ってきて貸すよ」

「ありがとう」

 顔を赤らめながらお礼を言われて、琢斗は言葉に詰まった。

 そんな二人の様子をじぃっと見つめているのは、聡司と柚葉だ。

「…………………な、なんですか?」

 その視線に堪らず琢斗が問いかけると二人は同時にふいっとそっぽをむいた。

「いーや、別に?」

「何でも……………ない、よ」

 そんなわけあるか! ――――とは、とても言えない。

 目の前で恥ずかしいことをやらかしてしまっている身の上としては。

(気をつけよう)

 何に、とはあえて考えないようにして、琢斗は心の中で小さく呟く。

 そんな空気を切り替えるかのように、聡司がパンッと手を叩いた。

「さてさて、では部活動を始めるとするかね」

 すると柚葉がごそごそと鞄の中からビニール袋を引っ張り出して、それを振ってみせた。

「今日は、ほら……………お菓子、いっぱいあるよ。お茶、しよう?」

 用意のいいことに水筒にお茶まで用意してきたらしい、彼女は机にそれを並べ始める。

 だが、途中でちらりと琢斗を見て、釘を刺すように言った。

「でも、アリスには、あげないから、ね」

 彼女の目は眠たげながらも鋭い。

「だってさ。まあ、キミは我慢したまえ」

 聡司は面白そうにそれだけを言って、柚葉のお茶の用意を手伝う。菜緒はちょっと困った顔をしたけれど、結局そのお茶会の準備に加わった。

 そんな三人の様子に、琢斗は残っている恭介に問いかけた。

「えと、やっぱり、あれは怒ってる…………んでしょうか?」

 恭介は小さく頷いて、そっと教えてくれた。

「まあ、本気で怒っているのは柚葉だけだが。

 聡司は付き合いで、菜緒は自分の為に怒ってくれている手前、合わせているだけだろう」

 それに琢斗は(ああ、やっぱりそうか)と肩を落とした。

 あの小さな先輩の怒りの原因は分かっている。琢斗が菜緒に出した結論が不服なのだろう。

 それについては、責められてもしかたがないと、琢斗も思ってはいるのだ。しかし恭介はそうは考えていないらしい。

「柚葉は菜緒が可愛いくてしかたがないから怒れるんだろうが。俺としては誠意のある返事だったと思う」

 真面目な瞳を向けられ、思わず琢斗は眉を下げた。

「本当に誠意があったら、ここにはきていないと思います」

 菜緒のためを思えば、本当は顔をあわせないほうが良いに決まっている。

 フラれた相手と一緒の部活なんて、やりにくくてたまらないだろうに。

 いや、友達で良いと言ってくれたけど。嬉しいとまで言われたけれど!

(それはそれでいたたまれない!!)

 こんな自分のどこに誠意があるというのか。

 渋面になってしまった琢斗に恭介はふっと目を細めた。

「本当に、菜緒は見る目があるな」

 そして「よしよし」と琢斗の頭を撫でる。

「大丈夫だ。聡司に玩具にされて、からかい倒されれば、さすがの柚葉も不憫に思って許してくれるだろう」

「…………………さらりとエグイことを言わないでください」

 許される術はそれしかないのか。

 呻き声を上げる琢斗を、恭介が哀れみともつかない目で見た。

「諦めろ。聡司は玩具にする気、満々だ」

 だろうともさ。ありありと予想できてしまうそれに、もう抗う気も失せた。

 どうせ振り回されるに決まっているのだから。

「聡司と付き合うコツは、諦めだぞ」

「先輩が言うと重みが違いますね」

 苦笑いを交わしあう恭介と琢斗を、その聡司が呼んだ。

「おぉーい、そこの二人? 何をいちゃついているのかな?

 ほらほら、部活動をはじめるよ。今日の議題は『三‐Aの天井に画鋲で落書きしちゃうぞ計画』の肝である、落書き文を練ることなのだから、真剣にやってくれたまえ」

 だから、何でそんなネーミングなんだろう。もしや、わざとか?

(本当に、頭が良いのか悪いのか、よく分からない人だな)

 そんな風に思って、琢斗はぼんやりとそこにいる三人を眺めた。

 聡司はいつも通りのふざけた調子で、柚葉は眠そうに目をこすり、菜緒はおずおずというようにこちらを見ている。

 この人達の、見えていない違った角度はきっとまだ存在するんだろう。

そして、これから琢斗にとって違った意味を持つことも。

 恭介が琢斗の肩をぽん、と叩いた。

「大丈夫だ。時間はこれから、まだまだあるんだからな」

 そう言って彼もまたお茶会の輪に入っていく。

 そこにいるのは、イカレ帽子屋に眠りネズミに三月ウサギに白兎。

 そして自分は――――――アリスだ。だったら、お茶会に参加しないわけにはいかないだろう。

 琢斗は微笑んで用意された自分の席に歩き出した。

 さあ、始めよう。

 大真面目で素晴しく馬鹿らしい、楽しくて笑い転げてしまうような物語を。

 きっと夢は夢だけでは終らない。

 そう、いつだって、物語は目の前にあり続けるはずなのだから。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る