§5 恋愛観の違い
七海は赤西と観た恋愛映画に感化され、文芸誌に投稿する小説を書き始めた。高校生の恋愛をテーマに、あくまでも純愛を貫く二人の姿を描きたかった。勉強の合間に書くつもりが、いつしか小説の事ばかりを考えていた。3カ月掛かって完成し、まずは花織に読んでもらった。
「純愛って良いよね!ずっと恋だと気付かなかった二人が、それに気が付いて心が通い合う。そして、心と心が結ばれる喜びが、よく書けてるわ。」
花織の感想に自信を持った私は、赤西さんにも読んでもらおうと思った。
「わたしも、こういう気持ちの通じ合う恋がしてみたいな。」という花織に、
「そう言えば、あの北高の青柳とはどうなったの?」と訊いてみた。
「あいつが何考えてるのか分からなくて。一度キスしただけなのに、俺の女呼ばわりでしつこいんだよ。わたしが七海に言われた通り、家に行かないと言ったら急に怒り出して、それから会ってないの。」
「一度キスしただけって、何それ!花織の体が目的で、そんなのは恋じゃないよ!もう会わない方が良いと思う。花織なら、もっと良い恋ができるよ。」
花織は落ち込んでいたが、私の考えが間違っていなかった事を主張した。そして、一度キスしたというのも驚いたが、その事に対して「軽過ぎるよ」と、腹立たしさも込めて注意した。しかし、彼女はその後で、
「この前、隣のクラスの男子から告白されて、付き合おうかと思ってるの。」とけろりと言ってのけた。私はもう言葉が出なかった。
部室には来なくなった亮伍を、七海は昇降口で待ち伏せし、自分の書いた小説を読んでほしいと渡した。もちろん、勉強の邪魔にならないようにという配慮も、忘れずに付け足した。数日後、亮伍から呼び出され、学校の外の公園で会う事になった。
「ナミちゃんの小説、読んだよ。文章に無駄がなく、よく書けてると思った。ただ、恋愛小説としては内容が御座なりで、これじゃラブコメどまりだね。」
公園のベンチに並んで腰掛けて、私は赤西さんの感想を聞いていた。
「どうしてですか?純愛がテーマで、心の結びつきを描いたんです。」
「純愛って、何?映画の時もそんな事を言っていたけど、男と女は心だけでなく、体の結び付きこそが重要な要素だと思うんだよね。好きだと分かって、恋する思いを体で確かめ合うのが当然の成り行きだと思うよ。」
彼の言っている事は間違ってはいないだろうけど、私の恋愛観とは真っ向から対立していた。正面からでは敵わないと思った私は、話を逸らして、
「赤西さんは、体で確かめ合うような恋愛の経験があるんですか?」と訊いてみた。彼は困ったような顔をしていたが、眼鏡をずり上げて話し出した。
「初めて付き合ったのは先輩で、僕が高1で彼女はは高3だった。向うは彼氏がいたけど、お互いに好きになってキスした。二人目は塾で知り合った他校の同学年の子で…。」と正直に過去の女性関係を話す彼を、自分で質問しておきながらうんざりだった。
「もういいです!それ以上は聞きたくないし、それって単に気持ちより性欲が勝ったという事じゃないんですか?それに、わたしに話す事ですか?」
私は気分が悪くなって、ベンチから立ち上がった。
「ありがとうございました。赤西さんの意見は、参考になりました。」
「ナミちゃん、怒ってるの?君が訊いてきたんだよ!」と言うのを無視して、私は公園の出口へと歩き出した。すると、彼の手がすっと伸びてきて、私の手を握ってきた。私はドキリとしたが、手をつないだまま歩いた。
「どう?手をつないで、ドキドキしない?恋人同士なら、これが触れ合いの第1ステップなんだよ。さっき性欲どうのと言ってたけど、こうして手をつないでドキドキする事自体も、性欲の一種なんじゃないかな。」
私は彼の言葉に、あわてて手を振り解いた。手をつながれてドキドキしたのは確かだが、以前の尊敬していた赤西さんとは違うような気がした。
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