§5 警戒心の始まり

 車が動き出してからしばらく、二人とも無口になっていたが、東名高速に入る頃には再び会話を交わすようになっていた。

「七海ちゃんは、今までに男の子と付き合ったことはあるの?」と訊かれ、彼に気を許していた私は少し考えて、

「うーん、中学の時に少しだけ。」と素直に答えていた。

「へー、意外と進んでるんだね!俺なんて、大学生になってからだから。」

 大学1年生の彼が、大学生になってからという言葉に私は引っ掛かった。

「じゃあ、今彼女がいるんですよね!わたしとこんなことをして、彼女にバレたら大変ですよね!というか、何でキスしたんですか?」

「今はいないから、気にしなくても大丈夫。キスは初めてだったの?中学の時の彼とはどういう付き合いで、どこまで行ったの?」と興味本位で訊いてきた。私は何か嫌な心持ちがして、彼への反論に及んだ。

「どうして、そんなことに興味があるんですか?中学生らしい交際で、別にどこまでも行ってません!ただお互いに好きだったし、今でも思っていることは否定しませんけど。わたしが転校して、離れてしまったんです。」

 話をしている内に、遠く離れた所にいる千宙が脳裡に浮かんできた。そして次の一言で、初めてのキスの感動は早くも後悔に変わっていた。

「純愛か、感動的だね!七海ちゃんは俺の思っていた通りで純潔だね。付き合ってた彼女とは、全然違うよ!キスしたら、震えていて可愛かったよ!」と言いながら、私の腿の上に置いていた手を握ってきた。私がサッと手を引くと、彼は何も言わずに手をハンドルに戻した。

「どういう意味ですか?思っていた通りとか、純潔だとか。」

「さっきチラッと読ませてもらった小説、あれは実体験じゃないよね。」

 小説の中で主人公が、男にもてあそばれる場面の事だと気が付いた。

「あれはもしかして、友だちの子のことじゃないの?名前は忘れたけど、俺の友人の金澤と付き合ってた女の子。金澤から、ちょっと聞いてたけど。」

「何を聞いたんですか?それに小説の子は、架空の人物ですから。」

「夏休みにその子が東京に会いに来て、金澤の部屋でしたんでしょ!聞いてないの?あいつには彼女がいるのに、悪い奴だよね!」

 私は驚きというより、花織の事が頭に浮かびショックだった。

「男の人は、そういうことを自慢話みたいに言い触らすんですか?わたしとキスしたことも、報告するんですか?最低ですね!花織は彼のことが好きだったのに、無理矢理されたんじゃないですか?」

「ごめん、口が滑った。今の、忘れて!」と言って、今度は私の頭を手でなでてきた。さっきから手を握ったり、髪の毛に触ったり、肩や腿にまでボディタッチをしてくる彼が、朝に会った時とは違う人のようで怖くなった。やたらと慣れなれしくなっていて、私とキスした事が誇らしげに見えた。


 車が静岡インターを出ると、近辺のラブホテルのネオンが気になって、このまま連れ込まれるのではないかと七海は警戒していた。緊張しながら彼の横顔をのぞき見ると、平然と前を見て運転していたが、ちらちらと周りに目を向けていたのに気が付いた。車という密室に二人きりでいる事が息苦しく、早く帰りたいという思いに駆られていた。

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