§1 高校生活の始まり

 中間テストが終わった6月の初め、文芸部の部室で梅枝うめえだ七海ななみと部長の赤西あかにし亮伍りょうごが話をしていた。梅雨に入ろうとするこの時期は、蒸し暑さで座っていても噴き出してくる汗が不快に感じられた。既に夏服に替わっていたが、七海はブラウスのリボンを外し、暑さをしのいでいた。

「先輩は、どんな本が好きですか?推理小説とか純文学とかですか?」

「僕は恋愛ものが好きで、特に女流作家の小説をよく読むよ。」

 七海はノートをうちわ代わりにあおぎながら、

「意外ですね、私もラブコメとかよりも、本格的な恋愛小説が好きです。」と言って、読んだ本の感想を述べ合った。


 七海は静岡の中学校に転校になり、中3の1年間を金島中学校で過ごした。小学校の時から転校には慣れており、新しい学校にもすぐに馴染んで友だちもできた。元の学校でやっていた陸上部には入らず、週に1回しか活動しない英語部に入った。

私の転校前の中学校は東京郊外にあって、田舎の学校だと思っていたが、ここはもっと田舎で、生徒も純粋というか幼稚な子たちが多かった。休み時間には男子が女子のスカートめくりをしたり、女子同士で胸を触り合ったりして騒いでいた。男女の間に、好きとか嫌いとかはあるらしいが、付き合ってどうこうというのは無さそうだ。前の中学校で行った男女交際のアンケートを思い出したが、キスをした経験があるかと質問したら、おそらく0%に近いだろうと思った。そんな環境は私にとって好都合で、目標を持って勉強に集中できた。

 七海は進学校として名の知れた静波東高校に合格した。中学2年で交際していた立松千宙に手紙で別れを告げられ、大学は東京に行くのだという志を持って勉強に励んだ。

 私は千宙君をいつまでも忘れられず、辛い別れを強いた父親を恨んだ事もあった。しかし、彼からの別れの言葉の中のひとつに、私は望みを托していた。それは、再会する機会があって、その時に好きな人がいなければ付き合いたいというものだった。3年後の自分がどうなのか、私にも彼にも恋人がいて、現実味のない事だと分かっていたが、その言葉にすがっていた。


 第1志望の高校に入学した七海は、陸上部にも他の運動部にも関心がなく、勉強に支障のなさそうな文芸部を選んだ。女子の部員が7名に、部長の赤西を除いた男子の幽霊部員が数名いるだけの部活だった。活動は文化祭に向けて文芸誌を発行する事で、詩や短編小説、エッセイなどを掲載する。普段の放課後に部室に集まる事は滅多になく、赤西部長と時間を持て余している七海が寄るぐらいであった。

 部長は受験を控えていて、最近は部室に来る回数が減っていた。いかにも真面目そうだが、眼鏡の奥から見つめて来る眼差しに最初はドキッとした。今では大分慣れてきて、逆に見つめてほしいと思う時さえある。好きだとかいう感情ではなく、ただここで話をするのが楽しくて、一緒にいると心が落ち着く存在だった。

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