§2 あこがれの先輩

 1学期の期末テストの勉強に、二人は冷房の効いた図書館に来ていた。隣に座っていても、それぞれの勉強に没頭し、ほとんど会話もせずに半日を過ごした。帰りに書店に立ち寄って、七海が文庫本を見ていると、参考書を見ていた亮伍が近付いてきた。

「読みたい本があるなら、貸して上げるよ。家に寄って行く?」

 思い掛けない誘いに、私はすぐに返事が出来なかった。勉強一辺倒の先輩に、家に呼ばれるとは思ってもみなかった。交際している仲ならば、お互いの家を行き来する事はあるだろうが、そうでない男子の家に行く事はためらわれた。少し考え過ぎかなと思ったが、正直に打ち明けた。

「でも、私は女の子ですし、男子の家に行くというのは、それって…。」

「そんな事を気にしてるの?今まで、何度か家に女子が来た事があるよ。」と何気なく言う先輩の言葉に安心して、私は彼の後を付いて行った。

 家には誰もいないらしく、玄関の鍵を開けて中に通された。先輩と二人だけになるのは部室で良くある事だが、家の中となると緊張感は半端なかった。2階の彼の部屋に案内され、辺りを見回す余裕はなかったが、本棚には参考書に混じって単行本や文庫本がいっぱいだった。

「すごい!本がいっぱい!見ても良いですか?」

「僕は飲み物を用意して来るから、遠慮しないで見て良いよ。」

 私は本屋さんにいる気分で、何冊かの小説を引っ張り出して見ていた。すると、背後に気配を感じたかと思うと、彼が後ろから私の両肩に手を置いて話し掛けてきた。振り向くと顔が目の前にあってあわてて離れたが、それには動じずに私が手にしている本の説明をしてくれた。私は耳元でささやかれて、話の内容も頭に入らずドキドキしていた。

 

 亮伍の用意した麦茶を飲みながら、七海は落ち着きを取り戻していた。ただ、座っているとミニスカートの裾が上がってきて、気が気ではなかった。

 もしここで彼が迫ってきたら、私は逃げる事ができない。女の子を家に呼ぶのも初めてではないらしく、彼の意外な一面を垣間見たような気がした。しかし、彼の冷静な言動から下心は感じられず、部室にいるような錯覚に陥っていた私は、興味本位で質問した。

「さっき本屋さんで、家に女の子が来たと言ってましたけど、赤西さんは男女交際の経験はあるんですか?」

「それは、あるよ。今はもう別れたけどね。」とさらりと答えられて、その以上を訊く気にはならなかった。

 七海が何冊かの本を借りて家を出る時、

「夏休みは予備校の夏期講習を受けるので、本は学校が始まってから返してくれれば良いよ。」と言われ、七海は何となく寂しい気持ちになっていた。

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