§5 母からのアドバイス
奥多摩から帰って、千宙と六花は何事もなかったかのように過ごした。部活中も必要な事以外は話さず、バンガローでの会話や、ハイキングで手をつないで歩いた事など、夢の中の出来事のようだった。
「その後、千宙さんとはどうなったの?」と雪乃に訊かれ、
「どうにもなってないよ。千宙さんが好きだということは確かだけど、この先どうして良いのか分からなくて。」と答えた。
「あんまり攻めても逆効果だから、しばらく様子見かな。あっちの気持ちがこっちに向くような風が吹かないと、いくら攻めても駄目だな!」
彼女の恋愛経験は、それほど豊かではないはずなのに、分かったような口をきく。しかし、彼女の言う事は、確かにその通りだと納得させられる。私は、千宙さんの心の中の片隅にしか存在しない。どうしたら風を吹かせる事ができるのかも分からない。それに、練習試合の日に、以前カラオケで一緒だった夏目和葉とかいう女子大生が、試合を観に来ていたのも気になった。
六花は千宙と二人で会いたいと思っていたが、その事を言い出せないまま冬休みになった。彼から誘われる事もなく、年末年始は家族で旅行に出掛る事になっていた。一方、千宙は和葉に年越ライブに誘われていた。
六花は一人っ子で、母親は何でも話せる姉のような存在だった。旅行中に、千宙の事を話していた。
「わたしは、立松先輩が好きになったみたい。」と私が切り出すと、
「そうなの?先輩って、雪乃ちゃんたちと一緒に奥多摩に行った子よね。良かったじゃないの。六花が男の子を好きになるなんて、成長したわね。」と喜ばれた。私が男子の話をするのは、初めてだったのかもしれない。
「でもね、先輩の気持ちがよく分からなくて、どうしたら良いのかな?」
「それは自分で当たってみて、考えなさい。好きだと伝えたの?」
「うん、何となく話したけど、中途半端になって、返事は聞けなかったの。」
私の話に真剣に耳を傾けて、一つの提案をしてくれた。
「彼を家に呼んだらどうかしら。六花が好きになった子なら、お母さんも一度会ってみたいし。誘ってみて、来ると言ったら脈はあるわね。」
母は自分の案に、自分で納得していた。
三学期が始まり、部活が終わり、六花は旅行のお土産を千宙に渡した。
「お正月に家族でハワイに行ったんで、これはお土産です。」
「ありがとう!いいな、ハワイか。でも、あまり日焼けしてないね。」
「元々、グランドで日焼けしてますからね。」と私は軽口をたたいた。彼とは、随分素直に話せるようになっている気がした。
「今度、わたしの家に遊びに来ませんか?2月がわたしの誕生日で、雪乃も呼んであるので、一緒にどうかと思って…。」
言おうかどうしようか迷っていた事が、私の口から跳び出していた。すると彼は「六花が誘ってくれるなら、喜んで!」と言ってくれた。その場で飛び上がりたい気分だったが、必死でこらえた。私の素直な気持が、彼の心に通じ、良い風が吹いてきたのだと思った。
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