§3 二人で迎えた新年
大晦日の夜、和葉と千宙は横浜に年越しライブを観に来ていた。コンサートが終わったのは午前2時で、新年を迎えた駅までの道を二人で歩いていた。ライブの興奮が冷めやらず、和葉は千宙の腕を取ってはしゃいでいたが、千宙はこんな風に女子と歩くのは初めてで戸惑っていた。
「千宙くん、何か冷めてるね!ライブ、楽しくなかった?」
「そんなことはないですよ、すごく良かった。それより和葉さんとこうして歩いているのが恥ずかしくて、緊張してるんです。」
「わたしと歩くのが、そんなに恥ずかしいの?」と言う私の言葉を、彼は必死に打ち消していた。彼の事を、純情で可愛らしい男の子だと思った。
「この後どうする?渋谷までは帰れたとして、千宙くんの所にはもう電車がないでしょ!家に来る?」と彼の顔をうかがいながら、誘ってみた。
「和葉さんの家に?どうしよう?何も手土産を持って来なかったし。」
「何を言ってるの?親戚の家に行く訳でもないのに。おかしいね!」
結局、二人は電車で渋谷に行き、駅からタクシーに乗って和葉の家に帰り着いた。千宙は緊張のあまり、体が強張っていた。
「今日は誰もいないから、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ!」
「誰もいないの?余計に緊張してきた。それに豪邸だし。」
「両親は年末からオーストラリアに行ってて、わたしは友だちとライブに行く約束があるからと言って、明日から向こうに行くの。」
私は彼をソファーに座っているようにと案内し、キッチンで紅茶を入れて持って来た。彼は緊張が解けないようで、辺りをきょろきょろと見廻していた。私が彼のすぐ隣に座ると、彼は腰をずらして距離を取った。
「まだ朝までは時間があるけど、何しようか?」と言って反応を見た。
「何って?和葉さんと二人きりで、どうしようか?」と困っている姿が愛おしく、もう少しいじめてやろうと思った。
「千宙くんは、女の子としたことあるの?」
「えー!それって、どういう意味ですか?」と大きな声を上げてあわてる彼に、意味を教えてやった。すると彼は小さな声で「ないです」と答えた。
「前に付き合ってた子がいたって言ってたけど、その子とはどうだったの?好きだったんでしょ!千宙くんは、真面目で奥手なのかな?」
千宙は和葉の質問に対して、出会いから転校して別れる事になった経緯を長々と話した。そして手をつないでうれしかった事、今でも好きでいる事を告白した。和葉はその純愛に感動したが、二人を妬ましくも思った。
「そうか、中学生のプラトニックラブか。汚れがないわね!正直に話してくれたから、わたしも話してもいいかしら?聞きたい?」
「ぜひ聞きたいです!和葉さんのことを、もっと知りたいから。」
私は彼に乗せられて、中学の時の初恋から、大学に入ってからの男関係を話して聞かせた。彼は神妙な顔をして、驚いたり困ったりしていた。
和葉は父親から許嫁の話を聞かされ、抗うことができない代わりに、大学生になったら男と遊んでやろうと決めていた。それは、父親の言い成りにはなるまいという、ささやかな抵抗だった。1年生の時、インカレのイベントサークルで知り合った白銀大の緑川季秋と初体験をした。彼の事は好きでもなかったが、遊んでいる風で後腐れがないだろうと判断した。すぐに別れ、声を掛けてきた男や合コンで知り合った男と付き合った。ただ、一線を越えたのは、初めての相手の緑川だけだった。彼女にとって支配される感覚が嫌で、男に抱かれる事に抵抗があった。自分がリードして男を
元日の夜明けを待つ間、二人はお互いの恋愛話をして過ごした。彼女の告白が終わる頃に、磁石が引き合うように二人は、自然の流れの中でキスをしていた。そして、そのまま眠りに落ち、朝まで肩を寄せ合って眠った。眠りながら和葉を抱いている夢を見ていたが、朝目覚めると、実際に彼女の体の重みを受け止めていた。
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