§2 海での誘惑

 夏休み間近になって、花織が「今度こそ郁也と別れた」と七海に言ってきた。その真相に関心はなかったが、七海は義理で訊いていた。それによると、遊園地デート以来、郁也の欲望が激しくなり、キスだけでは物足りなく体にやたらと触れてくるという。嫌がっても止めようとせず、その強引さに怖くなって別れを切り出したという事だった。

「だから言ったでしょ!変なことの意味が分かったでしょ!」

「分かったよ!男の子って、みんな変なことを考えているのかな。郁也のことはそんなに好きでもなくて、惰性だせいで付き合ってたんだよね。」と反省していると思いきや、「もっと良い男子を見つけなくちゃ!」と付け足していた。そして、夏休みに二人で海に行こうと誘っていた。

 私はというと、冬馬からの告白に対して返事はしないままで、彼からは催促のメールが来たが、はっきりと断るのもためらわれていた。私の優柔不断な性格は直らず、今までもいろいろな人に迷惑を掛けてきた。そのせいで後悔する事も少なくなく、何とかしなければいけないと思っていた。


 夏休みに入ってすぐ、七海と花織は海水浴に出掛けた。灼け付くような陽射しの中、海岸は多くの人でにぎわっていた。家族連れやカップル、高校生、大学生のグループ、中にはいかにも異性を目当てに来ている者たちもいた。

 七海と花織は、同じデザインで色違いのワンピースの水着を着て、水辺で戯れていた。女子高生の二人連れは、男たちの視線の的になっていた。

「彼女たちは、二人で来てるの?一緒に遊ぼうか?」と真っ先に声を掛けてきたのは、東京から来た大学生の紺野こんの来人らいと金澤かなざわ怜二れいじだった。彼女たちは二人で遊ぶのにも飽きていて、あっさりと誘いに乗っていた。昼食を一緒に食べようと言われ、海の家の食堂で焼きそばやラーメンを注文した。

「君たちは高校生だよね。どこの高校?」と紺野が訊いてきたが、私は口の軽い香織を制していた。すると花織は、彼らの事を訊いていた。

「俺たちは東京の明山大学の2年生で、紺野は静岡出身なんだよな。」

「そう、俺は静波東高校の卒業生で、友だちの金澤を連れて帰って来てる。」

 何気なく聞いていた私は、静波東という言葉に反応し、自分たちの素性を明らかにしていた。そして、先生の噂や部活などの共通の話題に盛り上がっていた。花織は紺野よりも金澤に関心があるらしく、出身地や東京のどこに住んでいるのかを聞いていた。金澤は茶髪でチャラそうだったが、紺野は真面目そうで、七海たちはナンパされた事も忘れて四人で打ち解けた。

 その後は一緒に海に入り、私は紺野さんと、花織は金澤さんとペアになって泳いだ。海は遠浅で波は穏やかだったが、私はいつの間にか砂浜から遠ざかっていて、脚が着かない所で溺れそうになった。そこへ空かさず紺野さんが泳いで来て、私を後ろから抱えて脚の着く所まで誘導してくれた。彼が私の胸の辺りに手を廻してきた時にはドキリとしたが、それ所ではなかった。

「ありがとうございます。溺れるかと思った!助かりました!」

「俺もびっくりしたけど、危なかったね!」

 彼は落ち着いていて、その優しさに心が魅かれた。

 陽が大分傾いてきて、帰りにどこかへ寄って行こうという誘いを、七海と花織は断って帰る事にした。別れ際には、お互いの連絡先を交換し合った。 夏休み中、紺野から一度だけ「会わないか」とメールが来たが、七海は都合が悪いからと断っていた。その後東京に戻った紺野から、定期的にあいさつ程度のメールが届き、それに返していた。一方、花織も金澤とメールでやり取りをしていて、恋愛に発展しそうな雰囲気だった。

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