はくぶつかん

 蓮花の左腕が噛み跡だらけの酷く汚らしい容貌になったのは、果たしていつの頃からだっただろうか。

 能力を使わされた時に声がうるさいと鞭を打たれる、ひどい時は石を引き抜いたばかりでズタズタに裂けたままの背を火で炙られたこともあった。

 左腕を噛み締めることでなんとか激痛による絶叫を殺すようになったのは果たしていつからだったのか。

 蓮花にはもうそれがいつだったのかは思い出せない。

 博物館の展示品として収容された蓮花は昼も夜も関係なく毎日のように客のために超能力を使わされていて、たったそれだけの記憶が積み重なるばかりだったから、いつからそうするようになったのかその始まりは曖昧なものとなっていた。

 少女の背から宝石が翼のようにはえてくる、というのは見世物としては上等なものであったらしい。

 だから、蓮花の檻の前はいつも客がいた。

 客達は檻の前で笑いながらこう言うのだ、早く見たい、より美しい色を、超能力という奇跡をこの目に、と。

 蓮花の超能力の発動条件は、涙が流れるほどの強い感情を抱く事。

 感じた感情によって生えてくる色は異なり、また一度能力が発動すると最低三時間は能力が発動しなくなる。

 だから、本当に酷い時はきっちり三時間おきに能力を使わされた。

 能力を発動させるために、蓮花は基本的に泣くまで殴られるか、蹴られた。

 それが一番簡単だったから、基本的にその方法が取られていたようだ。

 客の中には少なからず少女が甚振られる事そのものに興奮する者も含まれていたようで、そういう意味でもそれが一番受ける演出だったのだろう。

 時にはクスリ、おそらく麻薬の類を注射器で打たれた。

 身体がわかりやすくまるみを帯び始めた頃には服を全て剥ぎ取られ恥を晒された。

 感情によって色を変える蓮花の石は、与えられる刺激によって様々に変化した。

 多くは黒や青、時折橙や黄、透明、灰色、薄茶、紫。

 それだけ足りないと、さらなる色を求めた客達は次はこうしろああしろと檻の外からヤジを飛ばす。

 死にたいと蓮花は常に思っていたがそれが叶うことはなかった。

 能力を使用させられるたびに他者の傷を治す異能力者によって負った傷は毎度毎度治されていたし、容易に自殺できないように日常的に身体を拘束されていたからだ。

 それでも、度重なる能力の使用とそれに伴う精神的な傷により蓮花の身体は衰弱していく。

 また、蓮花の心が壊れていくごとに能力が発動し辛くなっていった、心が壊れる代わりに痛みを感じにくくなっていき、何をされても動じなくなってきたからだ。

 それでも博物館の職員達は蓮花に無理矢理能力を使わせるためにあらゆる傷と痛みを蓮花に与え続けた。

 辛うじて死んでいないような状態になった頃、博物館の職員達はとある客の要望で彼女を使ったとある催し物を開催しようとした。

 しかし、当時の彼女の身体でそれは耐えられないだろうとも予測された。

 それでもどうにかしなければと博物館の職員達は試行錯誤し、最終的に怪異の力を頼ることにした。

 頼る怪異は吸血鬼、吸血鬼の血を与えられた人間は再生力が高くなり、死ににくくなる。

 特に眷属という存在になるまで血を与えられた人間は、容易には死ななくなるという。

 国内にも吸血鬼は何人か存在するが、どの吸血鬼も真っ当な組織に所属しており、接触は難しかった。

 だから博物館の職員達は海外から吸血鬼を招き入れることにした。

 英国に存在するブラックよりのグレーの組織に吸血鬼が所属していることを調べた博物館の職員達は、細かい事情を伏せ高い報償金を払いその吸血鬼を博物館に呼び寄せることに成功したのだ。

 蓮花は檻の中からその話をぼうっと聞いていた。

 催し物で何が起こるのか、何をさせられるのかも聞かされていた。

 死にたいと思った。

 どうしてまだ自分は生きているのだろうかと蓮花は大声で泣き喚きたかったが、すでに声は枯れていたし涙も出てこなかった。

 話を聞かされてから数日経った頃、その吸血鬼が檻の前に現れた。

 それは金色の髪の美しい少年の姿をしていた。

 青い瞳が、汚ならしいものを見るような目が檻の外からこちらに向けられて――

 その瞬間に博物館の職員によって蓮花の腹を思い切り蹴り上げられた、一回だけでは足りずに二回、三回と蹴り上げられる。

 四回目の衝撃が襲ったその瞬間に蓮花の口の中が酸っぱい味で満たされる、それから一泊遅れて石が背の肉を突き破る激痛が。

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