超能力者は笑う

「それでですね。弟さん、お兄さんにはもう会えましたか? ……あ、えっとその私色々あって一昨日くらいまで昏睡状態だったので……私が寝ている間に彼がこちらに来たという話を聞いて……考えなしにこちらに来たのですけど……」

「……会いはしたが、逃げていった」

「え? なんでですか?」

 あれだけ会いたがっていた最愛の弟にやっと会えたというのに、何故彼は逃げたのだろうかと蓮花は首を傾げた。

「殺し合いの最中に『やり残したことがあるから、それだけなんとかしたらまた来るよ』とだけ言って逃げやがったから、死ぬ前にやっとかなきゃならないことがあったんだろう」

「はあ…………え? いま、なんて? ころし、あい……?」

 そんな馬鹿なと蓮花は目を大きく見開いて金髪の少年の顔を見つめた。

 そんなわけがない、だってあの吸血鬼は本当に自分の弟を愛していた、本当に大事に思っていた、それなのに殺し合いだなんて、ありえない。

 そう混乱する蓮花に少年は深く溜息をついて、暗い顔で口を開く。

「あいつは、僕の一番大事な人の手足をぶつ切りにしたんだ。それだけじゃない、殺そうとした」

「………………え?」

 あまりにも現実味のないその言葉に、蓮花は思わず呆けてしまった。

「てあしを……ぶつ、ぶつぎり……? それってどういう……? いやでもあの人が理由もなくそなことするわけ…………その、あなたの大事な人、彼に一体何を……でなければ彼がそんなことするわけ……」

「理由は確かにあった。……それでも、だからと許せるような所業ではない。偶然、うちに偶然治癒系の異能力者が二人いたからなんとか手足は繋ぎ直せたが……傷跡は残ったし、まだまともに動けるような状態でもない……」

「そん、な……」

「だから僕はあいつを殺そうとした。……あいつは……あいつは多分、僕に殺されることを受け入れた……」

「っ!!?」

 そんなわけがない、と蓮花は叫びそうになったが思いとどまる。

 だって彼ならきっと笑って受け入れる、他でもない最愛の弟が自身の死を望むのであれば、きっと受け入れる。

 弟の望みであるのであれば世界すら滅ぼせると、誰であっても殺せると笑っていた彼なら、自分の命くらいはきっと平気で捨てるだろう。

 ーーお前だって殺してやる、残忍に殺せと言われたらその通りに、躊躇いなんてしないから。

 そう言いながらあの吸血鬼は蓮花の背からはえた石を引き抜いて、塞ぐものを失い血が溢れる傷口に舌を這わせてわざと汚い音を立てながら血を啜った。

 その痛みが今更のように蘇ってきて、蓮花は小さく身震いした。

「笑っていたよ。こちらがとどめを刺す寸前に……それでも最後に、急に慌てた顔でやり残したことがあるから、と……」

「…………」

「何をやり残していたのか、何をするために逃げていったのかはわからない……心当たりはあるか?」

「……ない、です」

「本当に?」

「ほう?」

 疑うような目で少年は蓮花の顔を覗き込む。

 近くでよく見てみるとやはりあの吸血鬼とそっくりだ。

 それでもやはり何かが違うと思いながら、蓮花は少年の青い目を見つめ返す。

「ありません……本当に、なにも……だって私、彼のことは……実はそんなによく知りませんから……」

「ふん……僕はお前があいつの未練だと思ったんだが、思い違いか? お前、あいつの眷属だろう? 血からあいつと同じ臭いがした」

「あ、はい……眷属、らしいです……私この前殺されかけて、どうもその時に」

 といっても、蓮花にその実感はまるでない。

 自分を起こした魔女にどうやらそうであるらしいと言われていなかったら、蓮花はきっと何もわからなかっただろう。

「なら、やはりお前が」

「いえ、違います」

 蓮花は断言した。

 断言した蓮花の淀みない目を見て少年は深々と溜息を吐く。

「……逆に、何故そう断言できる……あいつはお前を眷属にしてまで生かしたかったんだろう……なら」

「……彼が何故私を生かしたのかはわかりません。その答えを得るためにここに来たので理由は彼に聞くまで私にもわかりません。でも、彼のやり残したことが私に関係しているわけがない。それだけはわかるんです」

「…………」

「あなたは彼に死んでほしいと思った、だから彼は自分の死を受け入れた……彼はあなたのことを本当に大切に思っていたから、それはきっとほんとうのこと……だからこそ、彼のやり残しが私であるわけがない。彼があなたの望みよりも私を優先するだなんて、絶対にありえない」

 そう言い切った蓮花の目を少年は疑うような顔色で睨む。

 しかし睨まれたってきっとそれが真実なのだから、疑われてもこちらが困ると蓮花は思った。

 少年は小さく溜息をついた。

「……言われてみると、たしかにあいつはそういうろくでなしだ。彼女を殺すためだけに……あれだけの事をやったんだからな」

「人の恩人を簡単にろくでなしとか言わないでください」

 むっとした蓮花がそう言うと吸血鬼の弟は深々と溜息を吐いた。

「…………あいつのためにそう言ってくれるような女にあんな事を断言されてる時点で、十分ろくでなしだと思うがな……それでお前、この後どうするつもりだ?」

「このあと……」

 ふむ、と蓮花は少しだけ考え込む。

「……また来る、と彼は言ったんですよね。また、あなたに殺されにくる、と」

「ああ」

 それならば、この街で待っていればいずれあの吸血鬼は帰ってくるのだろう。

 なら、蓮花にできることは一つだ。

「なら、この街で彼を待ちます。その時彼が私の存在を邪魔だというのであればおとなしく去りますよ」

「……僕はあいつを殺す。何があっても確実に息の根を止めるつもりだ」

「そうですか」

「…………は?」

「え?」

 何故か少年が大きく目を見開いたので蓮花は小さく首を傾げる。

「そうですか、ってお前……止めようとか僕を説得しようとかそういうのはないのか……? 信じがたいがあいつはお前にとっての恩人、なんだろう?」

「彼があなたに殺されたがっているのであれば、それを邪魔する方がよほどの恩知らずじゃないですか?」

 蓮花がそう言うと、少年はなぜか絶句した。

「それにですね、死にたいのに死なせてもらえないのって結構辛いんですよ。それだけは私もよく知っていますから……だからあの人が死にたいと言うのであれば私は邪魔しません……ほんの数秒だけ時間をくれれば、それだけで十分です」

 そう言った後、蓮花は小さく笑いながらこう言った。

「あの時死なせてくれなかった彼に恨みが全くないと言うわけでもないし、そりゃあ少しは怒っていますけど……でも彼はあんなどうしようもない場所から私なんかを助けてくれた恩人ですから、その程度の怒りで彼の邪魔をしようとは思いませんよ」

 にこにこと笑った蓮花の顔を見た少年は小さく呻きながら片手で顔を覆って、小さく「これだから超能力者ってやつは」と呟いた。

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