あいしてる
しばらく笑い続けたあと、吸血鬼は電池が切れた人形のように唐突に黙り込んだ。
そしてゆっくりと顔を覆っていた手を離す。
その顔にはもうなんの表情も浮かんでいなかった。
「君にとってはただの戯言だったとしてもこれは僕にとっては重い言葉だったよ。だってこれは僕があの時君を死なせてやろうとした理由の一つだったから。どうせ一番には愛してやれない、僕じゃあこの子を幸せになんかしてあげられないから、生かすのは酷だ、って……そう思って、それでもやっぱり死なれたくなかったから……」
「あの……ほんとうにごめんなさ」
「謝らないでよ、こっちが惨めになるだけじゃないか」
そう言われると蓮花にはもう何も言えない。
「ほんとうに馬鹿みたい……僕ばっかりだ……僕ばっかり一人で振り回されて……それでも愛さずにいられないのが本当に腹が立つ、ただの……いや、もうやめよう……食欲のせいにするとかえって腹がたつ……」
表情を変えないままぶつぶつと呟く吸血鬼の様子に蓮花は恐れを抱く。
「……もういい、もういい……どうせ今日で………………なら最後くらい……ああ、それでも」
「吸血鬼、さん……」
「あ、ごめんね。ちょっと考えがまとまらなくて……なんかもう自分があんまりにも馬鹿馬鹿しいのと君への怒りで頭がおかしくなりそう……もう後先考えず本能の赴くままにに君を抱き潰してやろうかとも思ってる」
「…………」
「ああ、でも安心して、それは絶対にやらないから……合意があろうとなかろうと僕は二度と交尾はしないって決めてるんだ……結構、何度か危なかったけど…………それでもやらない。だってやったら僕達を誘拐したあの男やそれを見世物にしようとしていた博物館の連中と何も変わらないじゃないか……」
そう言いながら吸血鬼は蓮花の左手を握ってくる。
しばらく吸血鬼は何も言わなかった。
蓮花も何を言えばいいのかわからず、ただ吸血鬼の言葉を待ち続けるだけだった。
かちかちと時計の針が進む音が聞こえる。
今更のように聞こえてきたその音に、蓮花は今更この部屋のどこかに時計が存在していることに気付く。
その時計がどこにあるのか、今は何時なのか気になった蓮花は吸血鬼から顔を背け、時計を探そうとする。
それとほぼ同時に吸血鬼が何かを呟いた。
「え?」
「……でも、それ以外なら何をしてもいいよね?」
そうこぼした吸血鬼は今で見たことがないくらい口元を歪めて凄絶に笑う。
「君を凌辱したりはしない。でも僕のものにすることくらいは許されるよね? 僕以外の誰にも見られない所に閉じ込めて、誰にも見られないように誰にも触れないようにして、笑った顔も泣いた顔も僕だけのものにして、ただ僕に縋り付き媚を売るような愛玩動物に仕立て上げて、僕らの寿命が尽きるまで飼い殺しにするくらいなら……」
そう言った吸血鬼の笑みに影が射す。
「酷い執着だろう? 僕は君のことを一番には愛してやれないのにね、僕は君の一番になれなきゃ気が済まないんだ。……一番どころじゃないね、それよりもタチが悪い……僕は君の全てになりたかったんだ。僕のものにしてしまいたかったし、僕以外の誰かのものになると思うと気がおかしくなる」
吸血鬼は蓮花の左手から手を離し、その手で蓮花の頬に触れた。
「拒絶していい。いいや拒絶してくれこんなもの……けど否定だけさせない、血だけじゃない、僕は君本人に執着している……食欲の延長ではあるけど、それだけじゃない……愛しているんだ……認めたくはなかったし自分でも否定したいけど、この感情すべてをないものだと君に思われるのは耐え難い……嫌ってくれ、蔑んでくれ、憎んでくれ……いくら罵ってもいい、それそれでも認めろ……」
青い目が蓮花の目を睨みつける、この目を蓮花はよく知っている、何度も見たことがある。
こういう目をしている時、大抵吸血鬼は蓮花のことを否定していた、君なんて本当にどうでもいいと、なんとも思っていないと。
蓮花がもしも超能力者になる程自身のことを嫌っていなかったら少なくとも彼が心の底からそうは思っていなかったことを察することができたかもしれない。
怒りと憎悪の間にどうしようもない執念と仄暗い欲が存在していることに気付くことができただろう。
しかし蓮花はこの後に及んでもまだそれがあまり理解できなかった。
正確にいうと理解したくなかった。
よりにもよって自分のような存在が誰かに求められていると、そう思ってしまう自分自身のことが蓮花がどうしようもなく気持ち悪かったのである。
言葉の羅列としてその表面を理解するだけならまだ許容できた、しかしこんなふうに言われてしまえば嫌でも言葉以上の実感を持ってしまう。
蓮花にとって、それはとても気持ち悪い感覚だった。
「蓮花」
どこか懇願するような声色で名を呼ばれて、蓮花は大きく身震いした。
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