夜明け
どすり、という痛みと衝撃に蓮花は目を覚ます。
「…………」
状況がわからず蓮花は混乱する、周囲を見渡そうと立ち上がろうとしたところで背中に衝撃が。
といっても石が生えたのではない、何か重いものがそこそこの勢いで蓮花の背に落ちてきたようである。
「君さあ、なんでこんな状況で呑気に阿呆面で寝てんの?」
「っ!!?」
声が聞こえてきた方に蓮花が振り返ると、ベッドに腰掛ける吸血鬼がうつ伏せで床に転がっている自分の背を両足で踏み付けているのが辛うじて確認できた。
同時に吸血鬼の顔が見えるくらい周囲が薄ら明るいことに気付いた蓮花はあたりを見渡し、どうやらここがホテルの一室らしき部屋の中であることを確認する。
そこまで確認したところで背が軽くなったので蓮花は立ち上がろうとしたが、先ほどと同じかそれよりも少しだけ重い衝撃が再び背に。
「答えろよ、阿婆擦れ」
「……ね、寝る気はなかったけど気がついたらいつの間に……ごめんなさい……!」
低くドスの効いた声の吸血鬼に蓮花は怯えたような声で慌てて答えた。
「吸血鬼さん、それでですね……」
と、蓮花は続けて声を上げるが、その先が続かない。
一体何を言えばいいのか、言いたいことというか聞きたいことがありすぎて言葉が詰まったのである。
元々蓮花は吸血鬼に再会した際に謝罪するつもりだった。
吸血鬼が蓮花を眷属にしたというあの日、自分が死ぬ寸前にあのような顔をさせてしまい申し訳ないと、自分のせいで彼が傷付いたのであればそれは謝らなければならない、と。
しかしそれよりも今の状況を形作ったあらゆることが蓮花とって意味不明で、どうしても気になった。
だが一体何を聞けばいいのかと逡巡した蓮花は最終的にこう言った。
「…………どうして、私を生かしたんですか?」
小さく呟くようなその声を聞いた吸血鬼が小さく息を飲んだ。
しばらく、無言。
言うべきことを間違えたと蓮花が顔を青ざめさせたところで、ようやく吸血鬼が口を重々しく開いた。
「それは、いつのことを?」
「……あの魔術師さんに殺されてからいままで、全部です。……あなたには私を生かす理由も価値もないでしょう?」
あの博物館から連れ出した後、蓮花を連れてあてもない逃避行を続けた意味だって吸血鬼にはなかったはずだ。
あの時はそれを聞いて捨てられるのが怖くて、もう少しだけ続けたくて結局一度も聞き出せなかったが、この吸血鬼には蓮花をあの博物館から連れ出した時点で彼女と行動を共にする意味も理由もなかったはずだ。
それなのにどうして吸血鬼は蓮花を、なんの役にも立たない超能力者を側に置き続けた?
思えばあの博物館から逃げ出してから、蓮花が理解できていることなんてほとんどないのだ。
本当は、自由になった瞬間に死ねばよかった、それだけが蓮花のたった一つの望みだった。
それでも自分をあんなところから連れ出してくれたこの美しい少年の側においてもらえたあの日々は蓮花にとって心地よすぎたから、死にそびれた。
死にたくないと思ったわけではないけれど、蓮花は『もう少しだけ』とずるずるとあの状況を続けてしまった。
こんな生きている意味のない超能力者に、この人を付き合わせてしまった。
「……私、なんで」
何故死を選べなかったのか、と蓮花がその後悔を口にしようとした時、蓮花の背にかかる重みが増した。
「ああ、そうだよその通り。君にそんな価値はない。僕が君を生かす理由なんて一つもなかった。あの博物館から連れ出したのだって昔の自分達のことを思い出して腹が立ったからだ。ただそれだけだった」
降ってきた声は冷たかった。
淡々とした言葉の内容は蓮花も最初からわかっていた。
「なら、どうして。どうして生かしたんですか……どうしてあの時……死なせて、くれなかったんですか」
本当はあまり言いたくなかった本心が蓮花の口から漏れる。
順番がめちゃくちゃだと蓮花は思った、どうして自分を生かしたのかは聞くつもりだったが本当は先に謝らなければと思っていたのに。
「……死なれたくなかったんだ。君が死にたがっていたことなんて、初めから知っていたのに」
「え……?」
「生きていて欲しかったとまでは言えない。ただこの先、弟も君もいない生を送り続けるのは無理だと思ってしまってね……だから生かした。それでも君が死にたがっていたのは知っていたから、僕なりの答えが出るまで眠らせておくことにした」
「なんで……だって、あなたにとって私なんて……」
「価値がないから居なくなっていいなんて一言も言ってない。……いや、価値がないというのも本当は大嘘だ、僕がそう思いたかっただけ、そういう風に君を扱いたかっただけ」
ふと蓮花の背が軽くなる、置かれていた吸血鬼の足が退けられたようだ。
おそるおそる身体を起こす、振り向くと手を差し出されたので蓮花は何も考えずにその手を取った。
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