吸血鬼という生物
手を引かれ、蓮花は吸血鬼の隣に座らされた。
「今からとても浅ましい話をするけど聞いてくれる? 僕も心の底から否定したいのだけど、もうそれにも無理が出てきたから正直に話そうと思うのだけど」
「は、はい……」
浅ましいとはどういうことだろうかと蓮花は思ったが、聞かなければもうどうしようもないと思ったので首肯した。
「そう、ありがと。……まず、前提として僕は吸血鬼だ。見た目はよく似ているけど君とは全く別の生物で、人間ではない」
「はい……そう、ですね」
「それでも僕は少し前まで君達人間と自分はそれほど変わりのない生物だと思っていた。確かに人間の血を飲むし頭が吹っ飛んだり心臓が破れた程度じゃ死なないし、君達人間が言うところの魔法じみた力だって使えるけど……精神、心のあり方は君達人間のそれと変わりがないと信じていたんだ。僕は長らく普通の人間として生きてきたからね、いくら肉体が異常なものであったとしても心は理性ある人間のそれと変わりないに違いない、って」
「…………違うんですか?」
「ああ、残念ながら。似通ったところはあるけど芯というか、本質的なものは全くの別物だ。こんなことできれば一生気付きたくなかったけど……君のせいで思い知らされた」
「私の、せい……?」
「そうだよ、全部君のせいだ。やっぱり君なんか出会ったその瞬間に殺してしまえばよかった、そうすればまだ人間のフリを続けられたかもしれないのに」
そう語る吸血鬼の顔は言葉に反して穏やかなものだった。
怒りも憎悪もなくただ諦念の色が濃い疲れたような笑みを浮かべたまま、吸血鬼は幼子にそうするように蓮花の頭を撫でる。
「私は……私はあなたに一体何を……?」
「吸血鬼という生物はね、食欲と情欲がほぼ同義なんだ。頭の悪い君にわかりやすくいうと、血の味が美味しければ美味しいほどその人間のことを好きになる」
「は、はあ……」
「そして君は超能力者だ。異能の力を持つものの血は吸血鬼にとってはご馳走というか中毒性の高い麻薬みたいみたいなもので……君の血はとても美味しいから…………そういう、こと」
そういうこと。
蓮花はその言葉を頭の中で数十回反芻したあと、その言葉の意味をよく噛み砕こうとした。
その言葉が蓮花に向けられたものでなければ、おそらく蓮花はその言葉の意味をすぐに察しただろう。
しかし、よりにもよって蓮花本人に向けられた言葉であったため、蓮花はその言葉の意味を理解できなかった。
蓮花というかほとんどの超能力者は他人から自分へ好意が向けられるだなんて考えない、自分自身のことが大嫌いだから他者からどれだけ好意を伝えられてもその言葉を全く信用できない生物だ。
だから蓮花はいくら考えてもその言葉の意味を理解できなかった。
考え込む姿勢で固まったままの蓮花に吸血鬼は深々と溜息を吐いて、やけくそっぽいいい加減な口調でこう言った。
「そうだよね、君は頭が悪いからしっかり言葉にしなければわからないか………………君のことが好きだと言ったんだよ、惚れてるし愛してる」
「…………え? はい??????」
蓮花は突拍子のない奇行を繰り返す狂人を見るような顔で吸血鬼の顔を見上げる。
「……ああ、もうその顔やめて。君の見た目も性格もどちらかというと……別に嫌いではないけどここまで惚れ込んでるのは君の血が美味しいせいだから、たったそれだけで僕は君が死んだら生きていけないくらい君に惚れ込んでるんだ」
「……つ、つまり本当は私のこと全然好きでもないのに、血が美味しいっていうだけで……その……そういう????」
「概ねその通りだけど改めて君にそう言われるとなんか腹立つ」
そう言いながら吸血鬼は蓮花の右頬を指でつねりあげた。
「い、いた……」
「加減してるんだけどなあ……ふふ、ぶさいく…………っと、危ない危ない、遊んでる場合じゃなかった」
吸血鬼は蓮花の頬から手を放した。
「……とにかく、僕は君が好きだ。食欲のせいでこうなったから認めたくなかったけどそれじゃあ一向に話が進まないからとりあえずそういうことにする。否定したくてたまらないけど、僕が君に執着して失いたくないと思っていることは本当のことだから」
「……私の血が美味しいから……そういう感情を抱いたってことは吸血鬼さんが私の血を飲まなければ」
「こうははならなかっただろうね。むしろ嫌いだったかも……君のことなんか本当は少しも好きではないって頭では理解しているのに、身体というか本能が君を求めて自分の手元に留めようとしている。……正直言ってとても気持ちが悪い感覚だ」
心底嫌そうな顔でそう言った吸血鬼に蓮花は小さく息を飲む。
「……それじゃあ洗脳、みたいじゃないですか……それなら……そんなことになるんだったらやっぱり私はあなたに救われたあの時に死んでしまえばよかった……なんで、私……ずっと死にたいって思ってたのに、のうのうと生き続けて……なんで私は、死ねなかった……?」
自分という存在がこの人を追い詰めてしまったのであれば、自分が生きていていいことなんて一つもないと蓮花は思った。
あんな場所からこんな蓮花を助けてくれた大恩ある人に自分は何一つ恩を返さないばかりかむしろ仇で返していたのだと。
深い自己嫌悪に陥った蓮花の顔を見て、吸血鬼が柳眉を逆立てる。
「自惚れるな、無能。君が死ねなかったんじゃない、僕が君を死なせなかっただけだ」
「……でも」
「でもじゃない。……この点に関しては僕の自業自得だ。あの博物館から逃げ出した直後に誘惑に負けて君の血を舐めた僕が悪い。……吸血鬼の本能を甘く見ていた。まさか自分がこうなるとは思っていなかったし、気付いた時にはとっくに手遅れになっていた」
勝手に依存して生かしたのはこっちだから君に非はない、と吸血鬼は静かに言った。
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