吸血鬼のやり残し
吸血鬼からぺちぺちと頬を叩かれてようやく蓮花は正気を取り戻した。
それでも顔は赤いままだった、その顔を吸血鬼はにやにやと笑いながら見ている。
「君はほんとうに、ほんとうにかわいいなあ……」
「…………かんべんしてください」
「しない」
べえ、と舌をだす吸血鬼に蓮花の顔がさらに赤く染まったが、吸血鬼はふと真顔に戻った。
「……といいたいところだけどこのままだと埒があかないから話を戻そう。……どこまで話したんだっけ……」
「……私のことを思い出したところまで、聞きました」
自信なさげに蓮花がそう言うと、吸血鬼はそうだったねとまだ赤い蓮花の頬を撫でる。
「とにかく、僕は僕の死後に君が僕以外の誰かに好き勝手に扱われるのが気に食わなかったんだ。気に食わないどころじゃないね、そんなことになるなら弟以外の全ての生物をこの世から抹消してしまいたいくらい憎くて仕方なかった」
「は、はあ……」
流石に大袈裟すぎやしないだろうかと蓮花は思ったが、それを言ってまた吸血鬼の怒りを買いたくなかったので黙っておくことにした。
「僕以外が君を痛めつけると思うと本気で腹が立つ、考えるだけで本当に腹が立つ……でもそれよりも、もしも誰かが君を眠りから覚まして、その誰かが君を大事にしたとする……一番に愛したとする……君が僕以外の誰かに気を許して、縋って、笑いかけて……共に生きると考えたら……ああ、それが一番、どうしようもないくらい、嫌で嫌でしかたがない……だって君は結局、あの場から君を攫ったのが僕だったから僕に気を許して縋ってくれただけだったから……否定はしないでいいよ、されたところで惨めなだけだから黙ってて」
否定しようと開きかけた蓮花の口を吸血鬼は片手で塞いだ。
そうして悲しそうな顔で蓮花の顔を見つめて、口を開いた。
「だから僕は、君を喰い殺すことにしたんだ」
そう言った吸血鬼の顔を蓮花は茫然と見上げた。
「僕が死んだ後に君が僕以外の誰かと共に生き続けるのは許せない、たとえそれが君にとって良いことであったとしても悪いことであったとしても耐え難い。それでも僕は死ななきゃならないから……だから君を頭の先から爪先まで、余すところなく全て喰らい尽くして殺してしまおうと」
「じゃあ、弟さんが言ってた吸血鬼さんのやり残し、って……わたしを」
「……君が弟から何を聞かされたのかは知らないけど、僕があの場から逃げた時に言ったやり残しのことを言ってるのであれば、それであってる」
そう答えて、吸血鬼は蓮花の首筋にそっと触れた。
「君を喰い殺して死のうと決めた時、やっと苦しくなくなった……自分勝手だろう? 怒っていいよ、勝手に生かして忘れてた挙句、今度は自分勝手な都合で殺そうとしているんだから」
好きに罵ればいいと言うそのひとの顔を見て、蓮花はこう思った。
きっと自分が普通の人間だったら確かに怒っていただろう、勝手に生かした上に今度は殺そうとしているのだから、めちゃくちゃだ。
それでも蓮花はそうは思わなかった、
ただこう思った。
ああ、この人は。
自分をあの場所から救い上げてくれただけでなく、自分を殺してくれるのか、と。
「何? 言葉も出てこないほどなの?」
「いえ、なんと言えばいいのか……」
蓮花は足りない頭で言うべき言葉を必死に組み立てる。
吸血鬼は何も言わずに待ってくれた。
「……あなたが、そう望むのであれば」
「……っ!?」
驚愕に吸血鬼の顔が歪む、少しだけ泣きそうな顔にも見えた。
「どうか私を、殺してください」
懇願するようにそう言うと、吸血鬼の顔が泣き出す寸前の子供のように大きく歪んだ。
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