デート
結局一睡もできずに蓮花は朝を迎えた。
「おはよう、ございます」
襖を開けてすぐのところに立っていた若い女に蓮花はかすれた声で挨拶をする。
「おはよ……う。だいじょう、ぶ?」
おそらく蓮花を起こしに来てくれたのであろうその女――この屋敷の主人である栫井の妻だと紹介された女は少し驚いたような様子で辿々しくそう返してきた。
この女も超能力者であると蓮花は昨日聞かされた。
この屋敷の主人である栫井という男の家は、古くからこの辺りの異能の関係者の元締めのような事をしているらしい。
異能や超能力、妖怪や怪異、モンスターといった人知を超えた存在が引き起こす問題を解決し、秘匿しているのだという。
そういった組織が各地に存在している事を蓮花はあの吸血鬼から聞かされたことがある。
というか蓮花が展示されていたあの博物館だって、元はと言えばそういった真っ当な組織だったらしい。
しかしある時期に長を努めた人間によって一気に腐敗し、金や娯楽のために超能力者を捕らえ展示するという悪趣味な組織になっていったらしいが。
「だいじょうぶ、です……」
そう答えると、女は小さく笑った。
この女はどのような超能力を持っているのだろうか、と蓮花は少し気になった。
しかし蓮花は女の超能力に関しては何も聞かないことにすると昨日決めたので、その疑問を口にすることはなかった。
超能力者は蓮花のようになんらかの罪を犯し、それによって強い罪悪感や自罰願望を持つ者ばかりであるのだと以前蓮花は聞いたことがある。
ならばわざわざ互いに互いの傷に触れる意味はないだろうと蓮花は思っている。
「そう、よかった……あさごはん、たべられる……? あの人が、フレンチトースト、やいてくれた、けど」
「え? いただいてもいいんですか?」
「いい、よ……?」
きょとんとした顔でそう言った家主の妻に、蓮花は小さく微笑んで「それなら、ぜひ」と返した。
「出かける用意をしろ。すぐにだ」
朝食をいただいた後、後片付けで何か自分にできることはないかと家主に聞こうとした蓮花を遮った吸血鬼の弟は機嫌の悪そうな顔でそう言った。
「お出かけ、ですか……」
「ああ。お前、あいつに会いたいんだろう? なら僕と共に行動しろ。……別に屋敷に引きこもってあいつを迎え撃ってもいいが……ここには巻き込みたくない奴がいるからな」
「はあ、なるほど……」
そういう理由なら蓮花に断る理由はないので、大人しく彼についていくことにした。
「お前、どこか行きたいところはあるか?」
「え……特には」
蓮花はかつてあの吸血鬼にいつか古都にもいってみたいと話したことがあるが、具体的に何かが見たかったわけではない。
ただ、歴史ある趣のある街を、あの吸血鬼と二人で歩いてみたかっただけなのだ。
駅前とは違い、屋敷の外は蓮花が昔から想像していたイメージ通りの『古都』の風景が広がっていた。
「この辺はちゃんと『古都』って感じがしますね」
浴衣からキャリーバッグに入れておいた服に着替えた蓮花が横を歩く吸血鬼の弟にそう言うと、何故か吸血鬼の弟は少し驚いたような顔をした。
「どうかしましたか?」
「いや……外から来た奴らは同じような事を言うと思ったらだけだ」
何かを思い出しながら小さく笑った吸血鬼の弟の顔を見て、やっぱり思っていたよりも似ていないなと思った。
あの吸血鬼はこんな普通の人の子のような笑顔を浮かべたことがない。
笑う時はいつも天使というか、神様のような表情で微笑んでいた。
顔付きはそっくりだ、声もほとんど同じで、体型もほぼ同じ。
それなのに全然違って見えるのだから不思議だと蓮花は思った。
「……なんだ?」
思っていたよりも長く彼の顔を見つめてしまっていたことに気付いて、蓮花は慌てて視線を逸らした。
「あ、えっと、ごめんなさい……なんでもないです、その、やっぱりあんまり似てないな、と思って……」
「僕とあいつが?」
「はい……弟さんの方がなんというか、人間らしい……とでもいいましょうか……彼はなんていうか……どこかかみさまっぽいというか、怪物っぽいというか……?」
「神で……怪物?」
「あ、あのその……気を悪くさせてしまったのであれば、すみません……」
「いや、別に。……ただ、お前がどうしてそう思ったのかは、少しだけ気になる」
どうしてそう思ったのか、蓮花は少し考えた後こう答えた。
「あの人、笑った顔はかみさまみたいなんです、優しそうとかそういうんじゃなくて、全部を見下ろしてるような……でも、怒った時は反対にすごく怖くて……何もかもを壊してしまいそうに見えるから、ですかね」
「……そう、か」
「弟さんから見たあの人は、どんな感じでしたか」
そう問いかけると、吸血鬼の弟はしばらく言葉に使った後、ゆっくりと口を開く。
「…………すごく、優秀な人だった。なんでもできる天才児で……兄に比べると僕はだいぶ出来が悪かったから……僕はずっと比べられていたし、昔からを好きではなかったよ、向こうは何故か僕のことが大好きだったみたいだけど」
「そうですか」
いつだったか、あの吸血鬼は蓮花に自分にとっての一番は自分の弟であると話していた事を思い出す。
たった一人の弟であり、半身である自らの弟のことを彼は守り愛しみ、共にいきたいと願っていた。
なによりも大切なのだと。
だから自惚れるなと、お前如きがと言っていた彼の顔には、弟のことを語っていた恍惚とした表情から一転して何もかもを破壊し尽くしてしまいそうな激情が見えた。
そんなこと言われなくてもわかっていたのになと蓮花は吸血鬼の恐ろしい顔を思い浮かべて、小さく笑った。
それからは特に会話もなく、ふらふらと街を二人で彷徨った。
こういう風に意味も理由もなくのんびり過ごしたかった人と同じ顔の別人が自分の隣を歩いているのは、なんとなく居心地が悪いと蓮花は思った。
居心地の悪さは向こうも感じているようで、吸血鬼の弟の方も先ほどから何も言わなかった。
横から賑やかな子供の声が聞こえてくる、蓮花がそちらに視線を浮かべると、そこには小さな甘味処があった。
「食べたいのか?」
「い、いえ……」
食べたくないといえば嘘になるが、なるべく無駄遣いを避けたかった蓮花は小さく首を横に振った。
「そうか、ならいい」
そう言って吸血鬼の弟は甘味処の横を通り過ぎる、蓮花もそれに続いた。
そういえばあの人は粒餡よりもこし餡派だったなあと蓮花が呑気な事を考えた時、唐突に子供達の声が消えた。
「?」
「来たか……下がっていろ」
どうしたのだろうかと立ち止まって後ろを振り返ろうとしていた蓮花から少し離れた位置で吸血鬼の弟がどこか殺気立った声でそう言った。
ふと違和感を感じた蓮花が空を見上げると、何故か美しい夜空が広がっている。
それはおかしい、今はまだ昼前だったはずだと蓮花が混乱したところで、凄まじい音が響く。
慌てて視線を音が聞こえた方向に向けると、そこには刀らしき物体を構えた吸血鬼の弟と、それから。
「きゅうけつき、さん」
まるで飢えた獣のような恐ろしい顔をした吸血鬼が分厚いナイフを握りしめていた。
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