第16話 視聴覚室の男 前編
夏休みが終わり新学期が始まってから、わたしは本宮先輩から最後の謎『視聴覚室の男』に纏わる話を聞かされた。
この学校では唯一視聴覚室内でのみ映像作品の視聴が認められている。――と言っても、アンテナが繋がっていないので現在進行系で放送されているテレビ番組などの視聴はできず、視聴できるのは準備室に保管されている映像作品のみ。そのほとんどは教育教養関連のDVDで、ごく僅にだが娯楽系のDVDもある。
ほかにはLDもあるけどそれはすべて音楽の授業に使う映像付きのクラシックだ。
そんな視聴覚室でとある女生徒が映像作品を見ようとしていたときに事件は起きた。
映像を見ようとテレビのスイッチを点けると、砂嵐の画面に男性の顔が浮かび上がったそうだ。――その女生徒は映像作品を視聴するために部屋のカーテンを締め切っていたので誰かが部屋を覗いていて、その顔がテレビ画面に写ったという可能性はない。
視聴覚室は西棟の2階にあるから窓から人が覗くことは不可能だし、そもそも蔓杜高校は女子校だ。先生もすべて女性に統一されているから“男性が覗く”ということ自体がありえない。
「結構な難題ですね」
わたしは率直な意見を口にした。
適当にそれっぽい答えを用意すればいいとは言われているけれど、今回ばかりは分が悪そうだ。
「なぁに。期日の11月までは後3ヶ月。これだけあれば楡金くんなら問題ないだろう!」
先輩はやけに気楽な感じで顔をほころばせていた。
…………
わたしは休み時間に偶然すれ違った市井先輩から放課後図書準備室に来いと命令された。
普段はずっと図書準備室にこもっている先輩だが前回の肝試し以降彼女は学内を練り歩く機会が増えていた。わたしの目的は市井先輩を図書準備室から引き剥がすことだから、これはこれでいい傾向だ。
先輩の命令通り放課後図書準備室にやって来たわたし。すると先輩は開口一番言った。
「次の謎は私も協力する」
「え? そうなんですか?」
一体どういう風の吹き回しだと思っていると、
「私の目的は蔓杜の謎を解くこと、母の死との繋がりを精査することだ。そして楡金の目的は父親の死の真相を知ることだろう? つまりわたしたちの目的は最初から一致してる。だから、そもそも別々に操作を進める必要なんてなかったんだよ」
たしかにそうだ。だったらどうして最初から協力しようと言い出さなかったのだろうか……
「だったらどうしてって顔をしてるな。――それあれだ。売り言葉に買い言葉的なやつだ」
そう言えば、市井先輩と本宮先輩は最初の頃はえらく挑発的なやり取りをしていたことを思い出す。反抗的な態度をとって引くに引けなくなり、協力してくれ――あるいは協力する――と言い出せなくなったのだろう。
「――まあとにかくそういうわけだ、次に調査に行く際は事前に私に声をかけてくれ」
「それは構いませんけど、先輩の方の調査は大丈夫なんですか?」
最初にわたしが任された謎は複数ある内の一部だと言っていた。つまり先輩は先輩で別の調査をやっているってことだ。
「それは特に問題ない。チャンスはまだあるしな」
「はあ……」
ここでわたしの頭にある疑問が浮かび上がった。
――そもそも先輩はこれまでどうやって謎を解き明かしてきたのだろうか?――
学校内できることといえば年鑑を紐解くことと、その時の状況を限りなく近い状態で再現してみることくらいだ。実際わたしもそうやって謎を解いてきた。だが実際は完全に謎を解ききったわけじゃない。それっぽい答えを提示したに過ぎないのだ。つまりある程度限界があるということ。それに、今先輩が言った“チャンスはまだある”という言葉も気になる。
そんな疑問をわたしは直接先輩にぶつけてみることにした。
「そうか、今年の1年は知らないんだったな」先輩は含みのある言い方をした。「この前、週に一度森の外へ出る事ができる日があったという話をしたのを覚えてるか?」
「はい」
毎週日曜に先生と生徒は学校の外へ出ることが許されていて、今は先生にだけそれが許さているというあの話だ。
「そのシステムは去年まで存在していたんだよ。だがあることがきっかけで今年からそれが許されるのは先生だけになってしまったんだ」
「え、そうだったんですか!?」
「ああ。だから去年は外に出て自宅に帰って調べ物をしたり、町の方にある図書館で過去に起きた事件を調べたりとかもできたんだ。でもできなくなった……」
なるほどそういうわけだったのかと納得する。でも気になるのは生徒が外に出ることができなくなった原因だ。それを訊ねると、先輩は露骨に言いにくそうな表情になった。
「肝試しのとき本宮のルームメイト、内山についての話をしたよな。実はあのときは話さなかったことがあるんだ。それは内山が退学した理由だ――」
「え? それって霊現象に遭遇して精神を病んだからなんじゃ……」
と、自分で言って、よくよく思い返してみれば先輩たちは誰もそんな事は言っていないことに改めて気付いた。
「そうじゃない。彼女が学校を辞めた理由は、妊娠が発覚して学校を辞めさせられたんだよ」
「……ええっ!?」
妊娠――と言ったらあれだ。男の人と女の人がああなってこうなって――
自分の顔がみるみるうちに茹で上がって熱を帯びていく。
「おいどうした。顔が真っ赤だぞ」
「え、あ! いやその、だって!」
「楡金落ち着け。お前の言いたいことはだいたいわかるよ。男の存在しないこの学校でどうやって妊娠することができたのかってことだろう? ――でもできるんだよ。ある方法を使えば」
「ある、方法?」
「ああ。おそらく内山は週に一度学校の外に出かけて男と会ってたんだよ。その結果が妊娠だ。――んで、自体を重く見た学校側は二度と同じ過ちが起きぬよう生徒の外出権を剥奪したってわけだ」
「そっか、そういうふうに繋がるんですね。……でも、おそらくっていうのは?」
「それは……。内山は最後まで外で男と会っていたことを否定してたからだ。でも無理があるだろう? 彼女が外出していたのは事実だし、この学校には男がいないんだからどう考えたって原因は外にある。大方男をかばおうとしたんだろう」
「なるほど。――それじゃあもしかして、肝試し以前から様子がおかしかったのは……?」
市井先輩が「ああ」とうなずく。
「内山自身が自分の体に起きた変調に気が付かないわけがない。つまりそういうことだったんだろうさ。そして、あくまで噂の域を出ないが、想い人と引き剥がされたあげく親に無理やり中絶させられてしまったって話だ」
「そんなことが……」
もしかすると 内山先輩が精神を病んでしまった理由はそこにあるのかもしれない。
内容が内容だけに2人の間に重たい空気が流れる。そんなドンヨリとした空気を払うように、先輩はわざとらしく大きく息を吸って吐く。
「ま、今話したことは忘れてくれ」
と、いわれても忘れられそうにないくらいインパクトの強い話だ。
「忘れられなくても本宮の前でこの話はするなよ。いいな!」
内山先輩のこの話はルームメイトだった本宮先輩が一番ショックを受けていてもおかしくはない。わたしはこの話は頭の片隅にそっとしまっておくことにした。
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