プロローグ
毎週のように報道される殺人事件。世の中ではとても残酷な事件が繰り返されている。だけどそういった事件に巻き込まれる人は少数派で、ほとんどの人がごく普通の毎日を送っているのが現実だ。わたしもそのひとりだった。そしてこれからもごく普通の毎日が続いていくのだと信じて疑わなかった、意識すらしていなかったところにに突然非日常はやってきた。
わたしのお父さんは駅のすぐ近くに事務所を構えて個人探偵を営んでいた。中学に上がると同時にわたしはその事務所に通うようになりお父さんの手伝いをするようになった。もちろん未成年を働かせることは違法なので、一緒に調査をしたりとかはやってない。あくまで直接仕事に関係ない手伝いだ。
手伝いを初めてから1年が経ったある日のこと。いつものように学校帰りにお父さんの仕事場に寄ったわたしの目に飛び込んできたのは、お父さんの変わり果てた姿だった。
応接用のソファの直ぐ側で血溜まりの上にうつ伏せに倒れるお父さん。漫画や小説で語られるような血の臭いは全然しなくて、その代わりにすごく甘い香りが漂っていた。
わたしは救急車を呼ぶためにお父さんの仕事用のデスクへと走り受話器を取った。救急車を呼び、警察とお母さんにも連絡を入れ、受話器をもとに戻す。
「あれ?」
その時わたしの目にある違和感が飛び込んできた。お父さんが仕事で使っていたパソコンの電源が点いたままになっていたのだ。ただそれだけなら別段不思議なことはないのだが、本体の電源が入ったままなのになぜかモニターの電源だけが消えていたのだ。
わたしは吸い寄せられるようにモニターの電源に手を伸ばした。
点灯するCRT――
そして映し出されたのは作業途中と思われる表計算ソフト。そこには人名や地名などが記入されていて、それがなにかのリストだということはすぐにわかった。
「まさかこれって――!?」
――ダイイングメッセージ――
そんな言葉が頭をよぎると、わたしはすぐにそれを外部の記録媒体にコピーすることを思いついた。
お父さんの状況から見て警察の捜査が入ることは間違いない。そうなればしばらくこの事務所には入れなくなる。そしたらこのパソコンだってしばらく使えなくなるから――
それは到底普通の中学生が思いつくような発想じゃなかった。たぶんそんな事したのは、そんな事ができてしまったのは、わたしがお父さんの娘だったからだ。
データのコピーが終わってそれを急いでカバンの中にしまった。それからすぐに救急車が到着する。次いでお母さんが来て警察もやってきた。
警察を残して救急車でお母さんと一緒に病院へ行くわたし……
だけど……お父さんは助からなかった――
…………
わたしが本能に突き動かされるままにコピーしたデータ。あのとき、わたしはこれがダイイングメッセージじゃないかと思ったが、冷静になって考えてみるとそうじゃないことに思い至った。
理由はお父さんは作業用のデスクから離れた場所に倒れていて、現場には血を引きずったような形跡もなかったからだ。だからお父さんがパソコンにダイイングメッセージを残せるわけないのだ。
じゃあ殺される前のお父さんがどういう状況だったかを考えてみると自ずと答えは見えてくる。
お父さんは普段来客があった時、来客対応の際にいちいちパソコンのモニターを消すようなことはしない。理由はすぐに応接用のソファに移動して話を聞くからだ。応接用のスペースと作業場はパーテションで区切られているからパソコンの画面がお客さんの目に入ることはない。
そんなお父さんがモニターの電源だけを切るという状況になったのはおそらくよきせぬ来訪者が来たからだと考えられる。で、その来訪者は単なるお客さんではなくお父さんの作業場に気軽に足を踏み入れてくるような人物だったに違いない。そしてその人物には見られたくないものがそこに表示されていたから慌ててモニタの電源を切った。
本体の電源を切らなかったのは来客が帰った後すぐに作業を再開しようと考えていたためだろう。だが結果的にお父さんはそのまま亡くなってしまった……
なら、その時事務所を訪れた人物こそが犯人で、その人に見られたくなかったこのリストこそがその犯人に繋がるなにかなのは間違いないのだ。
そう確信してわたしは自宅でお父さんが使っていたパソコンを利用して謎のリストを調べた。
お父さんは情報収集に対してものすごく貪欲だった。そのため、一体どこに対して需要があるのかわからないような情報誌や海外の情報雑誌の翻訳本なんかも取り寄せていたし、当時はまだそこまで普及していなかったインターネットも完備していた。
わたしはそれらを駆使して、必要とあらば図書館にも通って、自分ができる範囲で徹底的に調べた。
そうしてわかったのは、リストに記載されているのが名前が実在する企業や学校、地名とその所在地と連絡先、あとは個人名だということがわかった。だけど地域も何もかもバラバラでそれらに共通点を見出すことはできなかった。
それからリストのタイトルにある『アセンブル』という言葉が組み合わせるとか集めるみたいな意味の言葉だということもわかった。でもそれがわかったところで、何もわからないのと同義だった。
それが当時中学生だったのわたしの限界。
だけどそこにはたった1つの希望があった。それはリストの中にあった学校の名前――
リストに記録されていた場所は全部で7つあったが高校と名の付く場所はそこだけだった。ほかがすべて企業名なのに対しそれだけが学校名で、妙に浮いていた。
そしてこうも思った。
わたしは翌年に高校受験を控えている。もしもこの高校に受かることができればなにか手がかりがつかめるのではないかと――
そうしてわたしは蔓杜高校に入るための準備を始め、その結果蔓杜行きの切符を手に入れたのだった。
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