第1話 蔓杜高校にようこそ! 前編
わたしが入学することになった
蔓杜高校には合格に必要な偏差値というものがない。だから、入試でどのくらいの点数を取れば合格するのかが一切わからない。しかも点数が高ければいいという問題ではないのがミソで、蔓杜側がそれを明示している。そんな不思議な学校だ。
……で、そんな不思議な学校にわたしは見事入学することができたわけだ。
不安はないといえば嘘になる。なにせ親元を離れての生活など初めてだったから。だけどそれよりもお父さんの死の真相を知りたいという気持ちが勝った。それに、蔓杜の寮は2人1部屋らしいので、少なくとも孤独に押しつぶされるようなことはないだろうと考えていた。
わたしは、すこしでも早くお父さんの死の真相に近づきたい一心で、入寮受付日の初日に蔓杜高校の寮に入った。入学式が行われる一週間前のことだ。
寮は3階建てで、外観は『且』みたいな形をしていた。1階部分のみ左右に広く面積をとっていて、2階と3階は1階に比べて少し狭めになっている。その理由は、1階には学生が入る部屋のほかに職員用の部屋と食堂があるから。その分どうしても広くなるってわけだ。ちなみに1年生の部屋は3階で、階下に行くにつれ2年、3年となる。
玄関を潜るとすぐ正面に階上へ続く階段がある。最上階まで上がると廊下が南北に伸びていた。その廊下にそれぞれ10部屋ずつで計20部屋。部屋はすべて東側に並んでいる。西側の壁には等間隔に窓があり、そこから北の方に本校舎、西の方に校庭を見ることができる。
学校の職員の人にもらったカギの番号の部屋を探して廊下を歩く。たどり着いたのは階段から南に向かって10番目、一番奥だった。部屋の隣――廊下の突き当り――には非常階段へ続く緑色扉がある。
カギを開けて部屋の中に入る。そこは8畳ほどの広さで、部屋の奥に窓があってその壁沿いに机が2つ並べて置いてある。さらに出入り口を背にした状態で左手側に二段ベッドと収納スペース。そして驚いたことに8畳の生活スペースとは別にユニットバスが付いていた。
当然この寮のすべての部屋が同じ内装をしているだろうから、これが各階に20部屋ずつあって、加えて、教員用の部屋やら食堂があるわけで……
学費はそんなに高くなかったし、どうやって維持費を捻出してるのか気になるところだ。
とりあえずずわたしは自分の荷物を整理する。2段ベッドはどっちを使うか、机はどっちがいいとかはルームメイトが来てから改めて考えるとして、今は適当に片付けておくことにする。
「さて……」
学生の本分は勉強で、学校生活が始まれば勉強に追われてお父さんの死の真相を調べる時間というのは限られてくるはずだ。勉強そっちのけで調査に集中するってのもあるけど、そのせいで退学とか留年とかになったら、せっかくここに入ることを許可してくれたお母さんに申し訳がたたない。だからこそ、入寮日早々にわたしはここに来た。
一分一秒でも時間が惜しい――
わたしは早々に学内にある図書室を目指した。
…………
今はいわゆる春休み。そのため校舎内には今のところわたし以外の生徒は見受けられない。明らかに目立っているが、わたしは制服を着て歩いているから少なくとも不審者には見えないはずだ。
ひどく閑散とした校舎を内を歩き、事前のパンフレットで調べておいた図書室の場所へ向かう。学校で調べ物といえばまずは図書室。基本だ。
そこには、何人かの生徒の姿があった。みんな机に向かってペンをはしらせている。その多くはきっと4月から3年生になる人たちだろう。
――こんな時期から勉強に励むだなんてビックリだ。
わたしは彼女たちの邪魔にならないようになるべく気配を消しながら年鑑本を探すことにした。
書架に収まる本の数はそれなりだった。全校生徒合わせても120人前後にしかならない学校で、当然ながら全員が本好きなわけはなく、活字の好きな人間は年々減少傾向にあることを考えてもこんなに必要ないんじゃと思わせるほどだった。
特に参考書関連が多いならまだわかる。授業で使ったりするかもしれないから。だけど、その大半はいわゆる娯楽系の文学作品で締められていた。
「何かお探しかな?」
「え?」
本を探していると、不意に声をかけられた。振り返ると、そこには中性的で整った顔立ちをした生徒がいた。ベリーショートの髪が性別をより曖昧にしている。一瞬男の人かと思ったけど、着ている制服はわたしと同で、もとよりここは女子校だ。男子生徒がいるはずない。
「おやぁん? 新入生じゃないか!」
彼女は目を見開いて驚いていた。
――どうしてわたしが新入生だとわかったのだろう?
「――うんうん、よく似合っているじゃないか。ま、胸のあたりがちょっと窮屈そうに見えるけどね」
その視線がわたしの胸へと注がれる。
「んな――っ!?」
慌てて両手を胸で隠す。
「誰かは知りませんけど、人の胸を――! むぐ?」
いきなり口を塞がれた。
「シー。ここは図書室だよ。静かに、ね?」
彼女はわたしの口を覆っていた手を外し、片目をパチリと閉じた。
「叫びそうになった原因を作った本人が言うセリフじゃないと思いますけど」
「そう睨まないでくれ。軽率だったことは素直に謝罪するよ」
例え相手が同性だったとしても、胸をまじまじと見られるのは気持ちのいいものではない。だけど彼女は本当に申し訳無さそうな態度で謝罪してくれたので、わたしも矛を収めることにする。
「ところで、どうして新入生だってわかったんですか?」
すると彼女はふふんと鼻を鳴らして、「小さいからだ」と得意げに言った。
小さいってのはわたしの身長のことだ。
「ちょっと!! まじめに――」
また口を塞がれた。
「何度も言わせないでくれよ。ここは図書室だ」
誰のせいだと思ってるんだ……
「いや、すまないね。さっきのは冗談さ。本当ははじめて見る顔だったからさ」
現在この学校にいる生徒総数は80人弱。そして今は春休み中で多くの学生が帰省しているため、見知った顔でなければすぐにわかる――とのことだった。
それってつまり80人近くの顔を全部覚えてるってことだ。それはそれですごいことだと素直に感心した。
「まあ、そのことがなくても立場上全校生徒の顔は把握していてね。知らない人間が紛れていればすぐにわかるさ。で、キミはここで何をしていたのかな? 本を探しているように見受けられたが」
話すべきかどうか迷った。
ここでいきなり「年鑑本を探しています」なんて言ったら、正式に入学もしていないここに来たばかりの人間がどうしてそんなものを、と怪しまれるに決まっている。しかし、そもそもにおいて入学前のわたしが図書室にいる段階で怪しいとも言える。
「えっと……学内を散策してまして……特に何を探してるってわけでもないんです」
「そうかだったのかい? ――いやぁ、感心だな」
わたしの言い方は多少歯切れの悪いものになっていたけど、それで彼女は納得したみたいだった。
「ま、がんばりたまえよ」
彼女はわたしの肩をポンポンと叩いて去っていった。
とっさに嘘をついてしまったけど、こればかりは仕方ない。別にわたしの目的を誰かに話すことで何があるってわけでもないだろうけど、なんとなく人に話すのは躊躇われた。
在学生がアセンブルに関する情報を持っているとは到底思えないし、だったら話すだけ無駄ってことだ。
わたしは年鑑本を探すという当初の目的を再開することした。
――――
わたしが年鑑本に目をつけた理由はひとつ。
お父さんの残した『あのリスト』に記載されていた蔓杜高校の欄には『
ここ来る前、パンフレットを取り寄せて野上利夫なる人物がいないかチェックしたけれどそこには載っていなかった。だったら、年鑑本に野上利夫という名が絶対にあるはず――と、意気込んだはいいものの、これがなかなかに見つからない。
蔓杜高校は今年で創立60年目を迎える。卒業年鑑と題されたそれなりに厚い本は、3年目から刊行され全部で56冊――今年度分がまだ存在していない――にも及ぶ。
「気が滅入りそう……」
ただ、生徒の中に野上利夫なる人物がいることは絶対にない。なぜならここは創立以来ずっと女子校で、野上利夫はその名前から男だと予想がつくからだ。仮にそれが生徒の名前だったとしても、ここの在校生がお父さんの死に関係しているとは考えにくい。そうなると必然的に教職員の名前に的を絞れる。と言っても、作業が大変なのは変わりないけど。
こうしてわたしの年鑑読み解きが始まった。貸し出しは禁止されている――そもそも貸出カードを持ってない――ので連日図書室に通うことになった。
最終的にすべての年鑑に目を通し終えるまでに5日も費やしてしまった。きっと、ただ名前を調べていくだけならもっと早く終わったんだろうけど、ついつい他の記事に目移りしてしまったことが原因だ。
昔は生徒数が多かったのかとか、この時代で制服のデザインが変わってるとか、背の低い先生の写真があってなんとなく親近感を覚えたりとか、何度か本校や学生寮に改修工事が入っていたりとかね。
大掃除のときとかに押し入れから懐かしい品が出てきてそっちに気を取られて掃除が進まない……みたいな状況。
そして残念な事に……
最終的に野上利夫という名の人物は見つけることができなかったばかりか、創業以来この学校に男性教諭がいたという記録がなかった。だとすると、野上利夫が男だというのがわたしの思い込みで実は女性だったってことになるけど……
こうなると完全に振り出しだ。いや、それよりもっとひどい。完全にお手上げ状態だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます