第2話 蔓杜高校にようこそ! 後編
「わたしは何のためにこの学校に入学したんだろ……」
自室のベッドに腰掛け思わず弱音を吐いた。気がつけばここに来てから5日も経っていた。明後日が入学式。学校が始まれば自由は制限される。
「そう言えば……」
ずっと図書室に入り浸っていたせいで、ルームメイトのことをすっかり忘れていた。荷物が増えている様子もないので今日もまだ来てない。他の新入生たちはすでにやってきていて、寮の3階も結構にぎやかになってきている。しかし未だ姿を見せないルームメイト……
「明日来るのかな?」
なんて思っていたのだが……
――――
驚いたことに、入学式を明日に控えたその日になってもルームメイトは姿を表さなかった。
時は過ぎ夕方を迎える。さすがに心配になったわたしは寮の管理をしている人に確認してみた。もしかして今年の新入生は奇数で、わたしはひとり部屋なんじゃないかと考えたからだ。しかし、寮の管理をしている人に話を聞いてみると確かにわたしは2人部屋だとのことだった。でもまだ姿を見せないでいる。
もしかして事故にあったとか……
まだ会ったこともない他人のことだからそこまで心配する必要はないのかもしれないけど、やっぱり気になってしまう。
「しかたない……」
消灯ギリギリまで正門前で待ってみようか――なんて思って、部屋着兼パジャマとして着ていたジャージを脱いで制服に着替えることにした。
その矢先のことだった。
いきなり部屋の扉が開き、大きなカバンを手にした女の人が入ってきた。
「――うえっ!? なっ、なに!?」
心臓が飛び出るかと思うほどに驚くわたし。
「うは~、つかれた~」
部屋に入ってきた彼女は鞄を投げ出していきなり部屋のベッドにダイブした。
そして、わたしと目が合った。
「あ……おっぱい大きい……」
「ふええっ!?」
着替えの途中だったわたしは反射的に身体をかばう。
「ああ……ゴメンゴメンつい本音が、あはは……」
彼女が照れ笑いを浮かべながらベッドに腰掛ける。
セミロングのストレートな髪が特徴的な派手な女の子。ちらっと見えた耳にはワンポイントのイヤリングが光る。
ギャルだ……
そしてこの人がわたしのルームメイト……
わたしはちょっとだけ不安になった。
それから消灯までの短い時間で互いの自己紹介を済ませ、机はどっちを使うかとか、ベッドは上と下どっちがいいかとかを話し合う。
ルームメイトの名前は
相手がわたしを名字で呼ぶのにこっちが名前ってのはおかしくないかと問うと、彼女はこう答えた。
「だってさ。八重って名前はどこにでもいそうじゃん? それより楡金ちゃんて呼んだほうがレアっぽいじゃん?」
若干自分の名前をバカにされた感じもするけど、彼女の場合たぶん他意はないんだろう。
…………
翌日。わたしは晴れて入学式を迎えることになり、新入生は全員体育館に集まるようにとの指示があった。わたしは茉莉と一緒にそこに行くことになったんだけど、なんと彼女は化粧を初めたのだ。しかも耳にピアスを付けて制服は上着のボタンを開けて着こなす始末。
さすがにやりすぎだと注意したけど茉莉は「いいじゃん別に。注意事項とかに書いてなかったし」とまったく意に介する様子はなかった。確かに蔓杜は自由を売りにしている部分もある。だけどそれは常識の範囲内での話だ。
しかし、茉莉のほかにも髪を染めたり派手な格好をしてる生徒は数人存在しており――中でも茉莉は完成度(?)が高くてかなり目立っていたけど――彼女らが先生から注意を受けるようなことはなかった。
そして入学式の最後に在校生代表の挨拶が行われる。そのとき登壇した先輩の姿を見てわたしは自分の目を疑った。
「新入生のみんな、ようこそ! 蔓杜高校へ!」
大きく手を広げ演出めいた言動をする先輩。その人はあのとき図書室で会った中性的な容姿の彼女だったのだ。
「ボクの名前は
生徒長というのは他校で言うところの生徒会長のことだ。蔓杜には生徒会が存在しない。だからといって全校生徒のまとめ役は必要なので、その役目を担う存在として生徒長という役職が存在している。
在校生の挨拶は終始先輩のペースだった。大げさな身振り手振りでステージを右に左へ忙しなく動き、度々冗談を交えての挨拶。式典の挨拶といえば格式張ったものだという想像をしていたに違いない新入生たちからは時々笑いが漏れた。そんな中わたしを終始唖然としていた。
蔓杜高校――ここにいる間は常識に囚われてはいけないのかもしれない……
そして衝撃はさらに続く――
入学式が終わりわたしたちは教室へと移動する。席順は寮の部屋番号順でルームメイト同士が隣り合うようになっていた。話しやすい生徒同士が隣り合うようになっているのは学校側の配慮だろう。
わたしたちが席に着くと同時に教室の扉が開いた。クラス中の視線がそこに集まる。
入ってきた人を見て教室内は静まり返った。先生が来たから静かになったとかではなく、みんな完全に言葉を失っていた。
白い肌でウェーブがかった金色の髪に青い瞳。目鼻立ちはすごく整っていてひと目で外国人だとわかる容姿をしていた。それはまあいいだろう。問題はその服装にあった。はち切れんばかりの豊満な胸を惜しげもなく見せつけるように胸元をはだけた赤色のスーツとタイトミニに網タイツそれに加えて赤いヒールときた。
「女王様だ……」
クラスの誰かが呟く声が聞こえてきた。
外国人だけあってその服装はすごく似合っていた。でも普通なら絶対にありえない服装だ。それとも女子校だから許されているのだろうか……?
「ミナさーん! ワタクシがこのクラスのタンニンにナリました! マリアとイイマス! ヨロシクデース!」
マリア先生は片言の言葉で挨拶する。唖然とした空気が晴れないままの教室。みんなどう反応していいかわからないでいた。
大丈夫かこの学校というのが素直なわたしの感想だった。
隣りに座っていた茉莉がわたしの肩を指でツンツン叩いてきた。
「楡金ちゃんの負けだね!」と声を潜める。
何が?とは聞かなくてもわかった。そしてそれは勝ち負けの問題ではない。
…………
その日の午後はオリエンテーションだった。その内容は上級生による学内の案内。全員が一度に移動してとかではなく、新入生一人ひとりに案内役の上級生が付いてマンツーマンでの案内。
これには上級生との交流が兼ねられている。なにせ1学年に1クラスしかない学校だから自然と交流する相手は限られてくるので、横に交流の限界があるならその分縦に広げようという学校側の粋な計らいだ。
ほかにも上下関係を学ばせようとかいう魂胆もあるのかもしれないけど、わたしはそういうのは前時代的であまり好きではなかったりする。必要最低限の礼儀とかは別だけどね。
で、わたしの案内役になった上級生は……
「おおぉ! まさかボクの相手がキミとは。これも運命というやつかな?」
ここに来た初日に図書館で会ったあの人――本宮生徒長だ。この学校の生徒数は少ないので、確率的にこうなることはあり得なくはない。
「そうだ! まだ名前を教えていなかったね。ボクは本宮結だ。よろしく」
正確には入学式の挨拶で彼女は自分の名前を名乗っている。だけどいちいち指摘するのも野暮かなと思い会話の流れを断ち切ることはしなかった。
「えっと、楡金八重です」
「楡金……?」
自分の名前を言うと、本宮先輩は訝しげな表情をした。自己紹介をすると大抵自分の名字を珍しがられる傾向にある。昨日の茉莉のように。だけど、今の先輩の反応はそういうのとは違うようだ。
「えっと、なにか?」
「ん? ああ、失礼。――もしかしてキミは
「え……どうしてそれを?」
先輩の口から出た上納というのはわたしが蔓杜に入る前に住んでいた場所の名前だ。
すると先輩はぱあっと顔を明るくして、そうかそうかとわたしの両肩をバシバシと叩いた。
「なるほど! するとキミはあの楡金
「へぇ、そうなんですね。……ってええっ!!」
驚きを隠せないわたしはついつい大声を上げてしまった。今日は朝から衝撃的なことばかり起きる。
世間は狭いとは言うけれど、この狭き門を売りにしている学校で、あんな田舎出身の人間が巡り合う確率はどれほどのものか。それはきっと天文学的確率に違いない。なによりも、お父さんのお世話になったということは、先輩はお父さんになにか依頼をしたってことだ。そのお父さんが亡くなったのはわたしが14のときだから、少なくとも先輩が依頼をしたのは彼女が中学生以下だった頃の話になる。
そんな子どもの時分に探偵に一体何を依頼するというのか……
しかも先輩は何度かって言った。子どもが探偵にそう何度も相談するようなことがあるのか?
「ところで、その……なんと言うか、十三さんのことは残念だったね……。あれから犯人は見つかったのかい?」
先輩はしんみりとした表情を作った。
――ああ……そうか……
わたしのお父さんが亡くなった時先輩は中3だからまだ地元にいたということになる。あの事件は地元の新聞で大きく取り上げられていたから、お父さんが亡くなったことを知っていてもおかしくはない。
「いえ。犯人は不明のままです」
「そうか……早く見つかるといいね」
先輩が優しい言葉をかけてくれる。
しかし実際には警察の捜査はすでに打ち切られてしまっている。これはお母さんとわたしにだけ知らされている事実だ。いかにもメンツを大事にする警察らしい対応だ。
なので今後警察が犯人を見つけてくれる可能性は万に一つもない。だからこそわたしはここに来た。お父さんの死の真相を知るため。そして犯人を見つけるために。
決意を新たにしきつく拳を握る。
その仕草がわたしが悲しみに耐えているものだと勘違いした先輩が「大丈夫だよ」と言って優しく抱きしめる。
ちょっと力強くて苦しかった。
「やはり……大きいのはいいことだ……」
先輩が不穏な言葉を口にしたかと思うと、ガバっと勢いよく体を放して、「それじゃあ改めて、よろしく楡金くん!」表情を一転させ左手を差し出してきた。
わたしは差し出された左手を笑顔で握った。
「さて、キミは入学式の1週間前からここに来ていたと記憶しているが、案内は必要かい?」
一週間の猶予があれば、先輩から見ればわたしにはこの学校を十分に見て回る時間があったと思われても仕方ない。けど実際はその9割近い時間をすべて図書室で過ごしていたためそんな余裕はなかった。
「ぜひ」
「そうか。ならついてきたまえ」
まず最初にこの学校全体の配置から説明された。
この学校は近隣の町から遠く離れた森の中に建設された全寮制の高校。その全体を俯瞰してみ見たとき正門はちょうど真南に位置する。敷地の北側には学校校舎があって、正門から校舎までは不揃いな石がはめ込まれたタイル張りになっている。
「この場所をボクらは中庭と呼んでいる」
たしかに見取り図を見ればこの場所はちょうど敷地の中心に位置する。だけど、校舎前にあるスペースを中庭と表現するのはちょっと不思議な感じがした。
「ちなみに校舎裏には裏庭もある」
そっちはそのままの名称だった。
それから、この中庭を中心に、西に校庭。そして北西には室内プールが併設されている体育館。東側が学生寮で北東には時代を感じさせる時計塔が建っていた。その時計の針はちょうど12時で針が止まっていて、時計としての役目はもう果たしていないようだった。
先輩の説明を受けながらそれらを見て回った。
「感想は?」
外にある建物を一通り見て回った後先輩がそんな事を言った。
「えっと、すごいな、と……」
これは素直な感想。
事前にパンフレットで知っていたとは言え、実際に目にするのとはえらい違いだ。そして何よりも気になったのは“維持費”についてだ。
何度も繰り返すけど、この学校は全校生徒合わせて120人弱しかいないし、授業料だって普通の県立よりちょっと高いくらいだ。とてもじゃないけどそれだけでこの広大な土地と建物を維持できているとは思えない。そうなると、何かしら別の手段でその費用を賄っていることになるけど……
「ずいぶん難しい顔をしているけど、何か気になる点でも?」
「え? あ、いや、特には」
「そうかい? じゃあ次は校舎内を案内しよう」
…………
校舎は3階建て。北に伸びるように
東棟は教室群で、寮と同じく1年の教室が3階で下に行くに連れ学年が上がる。それぞれの階には教室が二部屋ずつ存在するのは昔の名残で今は1学年につき1クラスだから各階に1部屋ずつ空き教室があることになる。教室の外に面した窓からは時計塔が見える。文字盤は南向きだから窓からは見えない。あとは教室のほかには職員室や用務員室、生徒長室がある。
廊下の西側にある窓からは、さっき先輩が言っていた裏庭が見える。『裏』という言葉から感じる暗い雰囲気そのものって感じで、日当たりの悪い場所でしか生きられないような草たちが生い茂っていた。とてもじゃないけど、美しい場所という意味合いでの庭と呼べるような代物ではない。
それもそのはずで、東にはわたしたちがいる東棟、西には西棟がそびえ立っているんだから、日照時間はほぼないと言っていい。太陽が真上に来たときだけしか陽の光に照らされないのだから仕方ない。
移動して西棟へとやってきた。西棟は特別教室群でわたしが通い詰めた図書室もこちら側に存在する。
1階の東西に伸びる廊下は体育館へと続く渡り廊下と繋がっている。その廊下側から北に向かって階段、保健室、トイレ、美術準備室、美術室、図書準備室の順に並んでいて廊下の突き当りに広く面積を取るように図書室がある。
同様に2階は南から階段、茶道室、トイレ、音楽室、視聴覚準備室、突き当りが視聴覚室。3階は階段側から、被服室、トイレ、家庭科準備室、調理実習室、理科準備室、突き当りに理科室の順だ。
わたしと先輩はそれらを順に見て回った。
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