第3話 先輩からの挑戦状

 一通り案内が終わって1階に降りたわたしと先輩は図書室へとやってきた。3年生は授業中、1年と2年はオリエンテーション中ともなれば図書室にはわたしたち以外の人はいなかった。


 どうして図書室に連れてこられたのかわからないでいると、先輩は「ちょっと気になることがあって」と切り出しジッとわたしの目を見る。わたしを見る先輩の目はひどく真剣だ。中性的な顔立ちの先輩がそういう表情を作ると、まるで男の人に迫られているようにも見えてちょっとドキドキする。


 一体何があるのかと身構える。


「キミの目的は何だい?」


「え?」


 質問の意図が理解できなかった。


 高校に入学する理由なんて勉強をするため以外にない。先輩だってそんなことは理解しているに決まってる。つまり先輩が求めている答えは別のなにかってことだ。


 要は、暗に「勉強する以外に別の目的があるんだろ?」って聞いているわけだ。


 そしてわたしにはそれがある。


「キミはここに来てからずっとこの図書室で本を読んでいた。持て余した時間を本を読んで潰すというのは何も特別なことじゃない。ただしそれは“年鑑でなければ”の話だ」


 どうやら先輩はわたしの行動を監視していたようだ。


「別に監視していたわけじゃないさ。ただ興味があった。初日にやってきた新入生がいきなり年鑑本を読み始めるなんて普通では考えられない。そこにはなにかあると思っても不思議じゃないだろう?」


 どうするか迷った。本当のことを言うべきか、言わざるべきか……


「言っておくが、前回のように“ウソ”で煙に巻こうとしても無駄だよ」


 前回……


 どうやら先輩は見通しだったらしい。


 ウソは通用しない……


 ならば正直に言うしかない――


「アセ――」


 しかしわたしは言葉を飲み込んだ。本当の目的を他言したところでどうなるものでもない……と考えていたわたしの脳裏にあの日のあの光景が鮮明に蘇った。

 『俺がどうなったのか思い出せ、八重』と死んだお父さんがわたしに呼びかけるように。


 お父さんはアセンブルなるものを調べている途中で何者かに殺されたことは間違いない。もしわたしもそれについて調べいるということが犯人の耳に入ったらわたしもお父さんと同じ目に遭うということだ。そして、誰かを巻き込むということはその誰かの生命も危険に晒すことを意味している。


 やっぱり言うべきではない……?


「汗がどうかしたのかい? ――は!? まさか、ボクが汗臭かったとかそういうことかな? 体臭には気を使っているるつもりだが……」


 先輩が自分の二の腕を顔に近づけスンスンと鼻を鳴らす。


「い、いえ。違います! ただ、その……」


 アセ――と口にしている以上それに続くうまい言い訳を講じなくてはならない。頭を高速フル回転させて出したわたしの答えは――


「あ、生徒長に……生徒長になりたいと思いまして! それでこの学校のことを知ろうと思って年鑑を読んでいたんです!」


 正直、自分でも無いなって思うほど苦しすぎる弁解だった。


「――なに?」


 先輩の目の色が変わった。


 苦し紛れの言い訳など通用しないか……と思ったがのだが。


「それはボクに対する挑戦ということかい?」


「え? え? ええ!?」


「いや、違うな。ボクが生徒長を務めるのは今年度いっぱいまで。つまりキミは次期生徒長の座を狙っているというわけだね!?」


 先輩はいとも簡単に騙されていた。


「は、はい! そうなんです!」


 わたしは先輩に調子を合わせ何度も首肯する。


「そういうことならばボクも一肌脱ごうじゃないか! 後日こちらからまたキミに声をかけるから、そのとき改めてこの話をしようじゃないか!」


「え? あ、はい! お願いします!」


 生徒長になんてこれっぽっちも興味はなかった。むしろ生徒長になって余計な仕事を任されるようになってしまったら、アセンブルのことを調べる時間が失くなってしまうので遠慮願いたかった。

 しかし、言ってしまった言葉はもう飲み込めない。


「なぁに、ボクが協力するからには必ずキミを立派な生徒長にしてあげるよ」


 先輩がわたしの両肩をバシバシと叩きながら満面の笑みを浮かべる。


 なんでこんな事になってしまったんだという辟易とした気持ちを表に出さぬよう、なんとか感謝の意を表現する。


 こういうのを身から出た錆というのだろうか……


 それから先輩はウインクして図書室を出て行った。わたしは1人図書室に残された。


「はぁ……なんでこんな目に……」


 深い溜め息をついて肩を落とした。


 …………


 蔓杜はいろいろと特殊な背景を持っている学校だ。そのひとつに、3年生は学校の行事には携わらないというものがある。だから、各種委員会やらはすべて1年生と2年生でこなすことになる。それゆえに2年生である本宮先輩が生徒長を務めている。


 それは別にいい。


 だけど――


『あー、あー、テステス。楡金くん今すぐ生徒長室に来たまえ! 2人きりで話をしようじゃないか!』


 それは昼休みの教室に突然響き渡った。


 勘違いされてもおかしくないような表現の放送をするもんだから、教室中でヒソヒソ話が始まりものすごく恥ずかしい思いをした。


 だいたい生徒数の少ない学校で名指しで呼び出すのは犯則だ。それでなくてもわたしは珍しい名字なんだからすぐにそれがわたしだとわかってしまう。もうちょと発言には気をつけてほしいものだ。


 ――――


「はぁ……ひどいですよ先輩……」


 生徒長室に入るなりわたしは滅入りながら非難の声を上げた。


「いやぁ、呼び出して悪かったね」


 先輩はわたしの気持ちなどつゆ知らずニコニコ笑顔で近づいてきていきなりハグしてきた。


「むぎょ!?」


「小さいのに大きいというのは些か反則ではあるね」


 先輩は十分堪能した後わたしを開放する。


 先輩の言う小さいと大きいが何のことを言っているのかちゃんと理解できている。


「セクハラって同性間でも適用されるんですよ。知ってます?」


「む。その情報は初耳だな」


 たしかにこの国ではまだまだ浸透していない考え方なので馴染みがないのも仕方ない。ただ、お父さんが取り寄せていた海外の雑誌(翻訳版)によれば海の向こうではそれがもう当たり前の考え方なのだそうだ。あと何年か経てばこの国でもその考え方は広く浸透することだろう。


「不快な思いをさせたなら謝るよ。ただ、ボクはこういう性格だからね。とりあえずキミにへそを曲げられる前に本題に入ろうか」


 本題というのはほかでもない。前回わたしが図書室で生徒長になりたいと口走ってしまった件だ。


 先輩は実に乗り気で、こっちも今さらあれは嘘ですと言えるはずもなく、わたしは嫌でも生徒長を目指さなければならないようだ。


 先輩は椅子に座り直してかしこまった表情を向ける。


「生徒長になりたいということだが、おそらく現生徒長のわたしが後援すればキミは難なく生徒長になれるだろう。実際に去年ボクもそうやって生徒長の座についたからね」


「なるほど」


 わたしは真面目な態度で首を縦に振る。乗り気ではなかったが、それを先輩に気取られたらまた話がややこしくなることは目に見えていたので、興味のあるふうを装う。


「だがしかし!」先輩がパチンと指を鳴らす。「なってくれ、はいなります――とはかない。他校でもそうであるように、ちゃんと立候補して多数の票を獲得する必要がある。候補者が3人以上になればその道はより険しくなる。なにせ百に満たない票を奪い合うことになるのだからね」


 次期生徒長を選ぶ選挙では現3年生に選挙権が与えられることはない。故に票を持つのは今年の2年生と1年生だけ、複数の候補者でた場合は約80の票を奪い合う形になる。


「だが、それをなんとできないわけではない。先程も言ったがボクが後援に付けばキミは間違いなく当選する」


「現生徒長の後ろ盾は無敵ってことですか?」


 すると先輩は人差し指を立てて左右に振った。


「いや、あえて言うならカリスマ性かな。ボクが後ろに立てば、現2年生のすべての票がキミのもだ!」


「組織票ってありなんですか?」


「実際の政治の世界だって組織票で成り立ってるじゃないか」


 それは言いすぎな気もするけど、当たらずとも遠からずだ。


「だがタダでというわけにはいかない!」


「ど、どうしてですか?」


「別にイジワルをしようってわけじゃないんだ。ただね、どうしてボクがキミを後援するに至ったかという理由が必要なのさ」


 その言葉を聞いて、今さらだがわたしの中にある疑問が浮かぶ。


 ――そもそもどうして先輩はわたしの後援をしようと思ってくれたのだろうか?


 先輩とは会ったばかりで何かしら交友があるわけでもないし互いのことなど何も知らないのだ。強いて上げるとすればわたしたちは同郷だと言うことくらいだろうか。


「ところで。先輩はどうしてわたしを後援してくれようと思ったんですか?」


 するとなぜか先輩は頬を赤らめる。


「や、やだなぁ。そんなの決まってるじゃないか。キミのことが好きだからさ……」


「……は? え!? いやいやいや。急にそんなこと言われても!!」


 この人は一体何を言ってるのだろうか。そもそもわたしと先輩はまだ会ったばかりで好きもなにもないはずだ。それとも一目惚れってやつ? いやいや、それ以前に先輩とわたしは女の子同士で――


 狼狽えるわたしを他所に先輩は話を続ける。


「――て、何を言わせるんだキミは! ――いいかい? この際ボクがキミを後援する理由は関係ないんだよ。重要なのは他の生徒たちを納得させられるだけの理由が必要だということ。例えば選挙の際にどうして楡金くんを後援するに至ったのかと誰かに問われ、ボクが正直なこの思いを口にしたら、「なんだ、またいつものおふざけか……」と冷笑されてしまうだろう? だからこそもっともらしい理由が必要なわけさ」


 ……おふざけと思われる? 思われるってことは実際はおふざけじゃないってことで、それはつまり先輩は本気でわたしのことを……? でもこの人のことだ、どこまで本気なのいまいちわからない。


「ちなみに去年のボクは昨年度の生徒長の手伝いをすることで自分の頑張っている姿を皆にアピールし、今のポストに着いた。だからキミにも同じことをやってもらおうと思う」


 手伝いとういことは、これからいろいろと雑用に駆り出されるということだ。これではますますアセンブルに関する調査の時間が失くなってしまう。


「おや? あまり顔色が優れないようだが。そんなに難しいことを頼むつもりはないから気を落とさないでくれたまえ」


 そんなわたしの不安な気持ちが顔に出てしまっていたらしい。


 先輩の言うとおり不安がっていてもしょうがない。わたしは気を取り直して具体的にはどういったことをするのか先輩に訊ねた。


 そうして返えってきた言葉は――


「キミには図書委員をやってもらう!」


「……図書委員?」


 何の脈絡もなく発せられたその単語に面食らう。生徒長と図書委員がどう繋がるのか不思議だった。


 そもそも、だ。


「えと、すでにわたしのクラスの図書委員は別の人に決まってるんですが……」


 通常のカリキュラムが始まる前に主な役職を担当する人間はクラスの話し合いで決まっていた。その中に図書委員もあったはずだ。


「通常の図書委員とは別にキミを任命するという意味だよ」


「図書委員ってそんなに人手不足なんですか?」


 これは入学前にも感じたことだけど、全校生徒数が少ないこの学校で本に興味がある生徒の割合がそこまで多いとは思えない。だったら仕事量だってそこまでではないはずだ。


「そういうことではなくてね。順を追って説明すると、去年入学してきた生徒、つまりボクのクラスメイトなんだが、彼女が図書委員なのにも関わらず図書委員の仕事をサボって本ばかり読んでいてね。それで今、図書委員ではない生徒が図書委員として駆り出されていてその生徒からこの現状をどうにかしてほしいと頼まれているんだよ。去年は前生徒長とボクがあれこれ手を尽くしてみたんだが結果は芳しく無くてね。現状ボクひとりでどうにもこうにも手をこまねいていたところだったのさ。それで彼女に本来の業務に務めるよう説得する役をキミに頼みたいんだ」


「先輩の話はわかりました。でも、先輩や前生徒長の力を持ってしてもダメだったのにわたしにどうにかできるとは思えないですよ?」


「実はそうでもないんだ。彼女――市井舞子いちいまいこくんと言うんだが、去年市井くんとある約束をしてね。その約束を果たすことができたら本来の業務に戻ってもいいと言ってくれたんだ。そしてその約束というのがなんだよ」


「謎!?」


 蔓杜にまつわる謎と聞いて真っ先に思い浮かんだのは……


 ……未だその存在を確認できない野上利夫。そしてアセンブル――


「あの、その謎というのは具体的はどういう内容なんですか?」


 わたしは少々前のめりになって訊ねていた。


「うん? もしかしてキミも他の生徒同様こういった話には興味があるのかい?」


「え? 他の生徒?」


 まさかとは思うが蔓杜の生徒はみんなアセンブルに関する情報を――


「ああ、そうだよ。他校で言うところの七不思議というやつに近いかな。だが聞いて驚くなかれ、ここ蔓杜にはなんと8つ以上の不思議が存在しているのさ!」


 先輩は両手を広げその多さをアピールする。


「……七不思議……ですか」


 生徒長になること自体には今も乗り気ではないけど、七不思議という言葉に興味を惹かれた。

 別にわたしがオカルト好きというわけではない。

 七不思議というのは大体が先輩たちから口伝で脈々と語り継がれるものだ。そういう話というのは年鑑本に記されることはなく、そういったものの中にアセンブルに関する情報があるかもしれないと思ったのだ。


 これは盲点だったと言わざるを得ない。


「たしかオカルト話というものは現実の範疇にあるものではない。だけど彼女は謎のいくつかをすでに解き明かしているんだ。つまり、蔓杜に語り継がれる謎は解き明かすことができるってことさ!」


「その先輩は謎を解いてるんですか? だったらもうわたしの仕事ってないんじゃ?」


「さっき複数あるって説明したろ。つまり謎ははまだ残っているというわけさ」


 その言い方だとわたしが解き明かさないといけない謎はひとつではないということか。


「それって、わたしが手伝ったとしても市井先輩とやらが先に全部解き明かしちゃう可能性もありますよね?」


 そうなったらそれはわたしが手伝ったとは言えなくなってしまう。


「まあ、その可能性もなくはないだろうけど……。キミはあの楡金十三の娘なんだ。彼女よりもこの手の仕事には向いているはずだと思うよ」


 たしかにわたしのお父さんは探偵だった。だからといって娘であるわたしがお父さんと同じだけの能力を持っているかと言うと決してそうではない。加えて言えば、お父さんは元警察官で、それなりに経験があったし、元々直感力に長けていたからこそ探偵が務まっていたのだ。


「なぁに、殺人事件の犯人を当てろとか言うわけじゃなく、あくまで謎解きゲームのようなものさ」


 ゲームかどうかはその謎とやらがどういうものなのかを知らないことには判断できないけど、去年携わっていた先輩がそう言うならそうなんだろう。


「では早速図書室に言って宣戦布告といこうじゃないか!」


 先輩は椅子から立ち上がると、相変わらずのノリでわたしの肩に手を回す。


 そして、わたしたちは図書室へと向かった。

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