第12話 束の間の休息 前編
次の謎は前回の話で自ら命をたった女子生徒の霊が校舎に現れるという話だ。その女子生徒は怪我によって失ってしまった腕を求めて「取り替えて……取り替えて……」と言いながら夜な夜な校内を徘徊しているのだという。
で、本来なら怪我を負った階段の踊り場か音楽室に化けて出てきそうなその女生徒はなぜかトイレの霊として定着していた。
なぜ彼女の霊がトイレに現れるようになったのかは謎だが、去年先輩の友人が実際にトイレで霊体験に遭遇したらしい。
――――
去年の秋。ボクは当時の生徒長に頼まれて市井くんの謎解きに付き合っていた。そこにはあとひとりボクの元ルームメイトの内山くんも参加していた。その彼女の発案で、実際に夜の校舎を調べてみようということになった。
先輩とボクは夜の校舎に忍び込むのはさすがに無理だと主張した。当直の先生は結構遅くまで残っているからバレたらただじゃ済まないからね。しかし、一日でも早く市井くんを図書準備室から追い出したいなら多少のリスクを承知で謎を解明すべきだという彼女の主張に負けてボクと先輩は覚悟を決めた。
そしてボクらは作戦を立て、当日になってそれを実行した。
まず先輩が先生の足止め役でボクが見張りそして内山くんが夜の校舎を探索する係になった。最初は順調にことが進んでいたんだけど、しばらくして内山くんの悲鳴が校舎中に響き渡った。現場は西棟の2階の廊下で。ボクが駆けつけると、すでに先輩と先生がいて、そこで彼女が気を失って倒れていた。
彼女はすぐに保健室に運ばれ、しばらくして意識を取り戻した。先輩が彼女に何があったのか事情を訊くと、彼女はこう言ったんだ。
蔓子さんが出た――とね。
内山くんは気を失う直前2階のトイレで用を足していたらしい。すると突然電気が消えて、再び電気がつくと個室の天井には『取り替えて』の文字が浮かび上がっていて、それを見た彼女はすぐさま逃げ出しその途中で足をもつれさて盛大に転けて気を失った。
それからその話はクラス中に広まって、いつの間にやらそれが蔓子さんの仕業ということになっていた。
――――
「去年実際に霊体験をした人がいるんですね」
しかもそれに先輩も関わっていた。
「そういうこと」
「ところで、先輩は今ひとり部屋ですよね? その内山さんはどうなったんですか?」
「ああ……それはね……」先輩はらしくない消沈した表情を見せた。「その一件以来彼女は生気を失ったようになってしまってね。蔓子さんに取り憑かれたんじゃないかって噂する生徒も出るくらいにはかなり深刻な状況になってね。結局そのままここを去ったよ。聞いた話によれば今はどこぞの精神病院に通ってるって話だけど、ボクもちゃんと確かめたわけじゃないからね。本当のところはどうなのか不明だ」
先輩はいなくなった親友を懐かしむように語った。きっととても仲が良かったんだろう。わたしは余計なことを訊かなければと反省した。
「ははっ、気にすることはないさ! 今、ボクの傍にはキミがいるからね」
「むぎょっ!」
先輩がいつもの調子に戻りわたしを力いっぱい抱きしめて頬擦りしてくる。
完全に油断してたわたしはなすがままだ。
「うんうん楡金くんは抱き心地が最高だ!!」
「離れてくださいよ!」
無理やり先輩を引き剥がして後ずさった。
「そんな!? ボクとキミの仲じゃないか!! ほら! おいで!」
と両手を広げる先輩。
「暑苦しいから嫌ですよ」
季節は夏。各教室には冷房が完備されているが、ここ生徒長室にはそれがない。
「なるほど。つまり冬ならいいと!?」
「そうじゃないですってば!!」
わたしは全力で拒絶しつつも、先輩がいつもの調子に戻ってよかったと一安心した。
「それで、話戻しますけど。これまで西棟の2階のトイレを使ったことありますけど霊現象の気配なんて微塵も感じたことないですよ。しかもその霊現象に遭遇したのはまた夜ですよね? この場合どうするんです?」
前回廊下を歩く骸骨の謎に挑んだ際に夜の学校へ入るのは無理だと言われたことを考えると、今回もまたそれができないのは自明の理。すると調査の方はどうしたって滞る。
「なぁに。その点に抜かりはないよ。まだどうなるか確定ではないから正確なことは言えないが、8月にちょっとした余興をやろうと思っていてね。そのときについでに調査をしようと考えてるんだ」
8月、余興。その2つの言葉で先輩が何をしようとしているのかなんとなく予想がついた。そしてそれこそが以前言っていた“時期的な問題”を解決できる手立てなのだろう。
…………
8月。一年で最も暑い季節がやってきた。
全寮制の蔓杜にも夏休みと冬休みはある。そして、それぞれの長期休暇の際には帰省することが許されている。もちろん絶対に帰らなければならないということはないのでずっとこの学校に残り続ける生徒もいる。
ただ、幽世とも呼ばれる娯楽がほとんどないに等しいこの場所に残ろうなどという1年生はわたしを除いてたったの3人だった。ちなみにその3人のうちのひとりは茉莉だ。
正直な話わたしは茉莉は絶対帰省組だと思ってた。見た目がギャルっぽいから家に帰って遊びまくるつもりでいるんだろうと勝手に想像していたんだけど違った。
それとなく理由を訊くと、どうやら茉莉は父親との関係がうまくいっていないらしく逃げるようにして蔓杜への入学を決めたのだそうだ。だから帰りたくないとのことだった。
一方でわたしはと言うと、本宮先輩から夏に余興をやるからお盆の時期までに帰ってきてくれとお願いされていた。家が恋しくないと言えば嘘になるけどどうせ少ししか帰れないならいっそ帰らないでおこうと決めた。
わたしと茉莉は学校から出された課題をこなしつつ、ときどき居残り組の他2名、高山さんと永野さんを交えてプチ勉強会を開いて過ごしていた。
――――
全開にした窓からはセミの大合唱が聞こえてくる。蔓杜は森に囲まれているだけあってその音は都会の比ではない。
「あづい~」
茉莉が机の上で溶けていた。
「いやホントだわ」と、茉莉に同調してスカートをパタパタと仰ぐ高山さん。高山さんは背が高くて肌も健康的な焼け方をしているスポーティーな女の子。彼女がスカートを仰ぐたびに程よく筋肉のついた健康的な太ももが見え隠れする。
わたしたちは今、居残り組の4人で課題と奮闘していた。場所は学校内の自分たちの教室だ。
「図書室ってさ、クーラーついてんだよね? 図書室で続きしない?」
他の教室にも冷房は設置されているけど、冷房が稼働している教室で自由に出入りできるのは図書室だけ。なので居残り組にとっての憩いの場は自ずと図書室になるというわけだ。
「その意見マジサンセーだわ」
「ダメですよ。図書室は今3年生が占拠してますから邪魔になっちゃいますよ」
そうやって茉莉と高山さんを諭すのは永野さん。タレ目でおっとりした性格の女の子。成績はクラスで一番なのでこの勉強会において、わたしを含めた3人は彼女の頭脳を当てにしていた。
「そういえばさ。来米っち知ってる? 体育館の2階のプールってさ、夏の間は許可取れば使ってもいいらしいんだよね」
「あ、それ知ってる!」
さっきまで溶けていた茉莉が勢いよく体を起こした。
「う……」
わたしもプールと言う言葉に反応して小さなうめき声を漏らした。
プール……わたしが苦手なもののひとつだ。同様に海もダメだったりする。理由は泳げないのと人前で肌を晒すのが嫌だからだ。
――すごく……ものすごく嫌な予感がする……
「自由に使えるんなら遊ぶしかないっしょ!!」
「そう言うと思ってすでに先生から許可もらってあるんだよねー」
「高山ちゃんサイコー!!」
茉莉と高山さんは2人で勝手に大盛り上がり。で、当然のごとくプールへのお誘いこちらにもやってくる。
「私は別に構わないけど。水着はどうするの?」と椎名さん。
「購買部で買えるから問題ないよ!」
蔓杜高校は普段自由に出入りできないという制約があるから必要なものはすべて購買部で購入し、取り扱っていないものは注文して取り寄せるというシステムが導入されている。それは言ってみれば軽い検閲で学校に不必要なものは取り寄せることはできない仕組みになっている。そして水着は購入可能なもに分類されているから問題ないのだ。
このままでは決行の流れになってしまう――
わたしは「パス!」と発言をした。空気が読めてないことは重々承知している。でも、嫌なものは嫌なのだ。
「却下! 強制参加です!」
「え!?」
「そうだよ。こういうのはみんなで遊んだほうが楽しいんだからさ」
「え?」
「そうだねー。息抜きだと思って一緒に遊ぼう」
「う……」
茉莉だけならうまくやり過ごせる自信はあったけど、高山さんと椎名さんにまでそう言われると断りづらくなる。
結局、わたしは3人に押し切られる形で渋々首を縦に振った。
…………
勉強会の休憩がてら購買部へと足を運びわたしたちは水着を注文することにした。カタログを見ながら茉莉と高山さんがキャッキャとはしゃぐ。椎名さんはもうすでに物が決まっているのか購買部のおばちゃんと話をしている。一方わたしはカタログ内の水着で一番布面積の大きなものを必死になって探した。
「おや! 珍しい組み合わせじゃないか!」
そこへ本宮先輩がやってきた。
「あ、生徒長さん。こんにちは」
椎名さんが律儀に腰を折って挨拶する。
「4人で何をしているのかな?」
「水着を選んでるんですよ。――そうだ! 先輩も一緒にプールどうですか?」
――なにを!?
寄りにも寄って茉莉は本宮先輩をプールに誘った。そんなことをすればわたしが先輩からいろいろとからかわれる未来が待っているに決まっている。
「お誘いは嬉しいけど遠慮しておくよ」
しかし、わたしの予想に反して先輩はプールの誘いを断った。
「やっぱり忙しいですか?」
「うん? まあ、それもあるけど、ボクは人前で肌を晒すのが苦手でね。そういうわけだから海とかプール、大衆浴場の類は苦手なんだ」
「へぇ。以外ですね」
これは完全に茉莉に同意だった。
それにしてもまさか先輩がわたしと同じで人前で肌を晒すことに抵抗を感じる人間だったとは驚きだ。
「楡金くんの水着姿が見れないのは非常に残念だけどね」
「うっ……」
先輩はわたしに向かってパチリと肩目をつぶる。
こういうとこはブレないんだから……
先輩が購買部を去ったあと、わたしたちは自分の選んだ水着を注文した。
「本当にこれを注文するのかい?」
おばちゃんがなにかの間違いじゃないかみたいな顔で確認してきたけど、わたしは「大丈夫です。間違いないです!」と自信たっぷりに言い返した。
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