第4話 図書室へ
わたしが連れてこられたのは図書室……ではなく、その隣りにある図書準備室だった。先輩が扉をノックして、返事が来るのを待たずに扉を開けた。
そこは教室の半分くらいの広さで、中には図書室同様書架が置かれていた。そこにある本はいわゆる審査待ちと呼ばれる本で、これから内容を精査して図書室に置いてもいいかどうかの判断を待っている本たちだ。
そして、部屋の中心には本に囲まれるようにひとりの生徒が座って本を読んでいた。インドアを象徴するような眼鏡に青白い肌。適当にまとめただけと思われるお下げ髪はひどくボサついていて目の下には隈ができていた。
この人が件の
「相変わらずだね。市井くんは」
「…………」
返事はない。本に集中しすぎてこちらの存在に気がついていないみたいだ。
先輩はやれやれと肩をすくめ、市井先輩にに近づいてヒョイと彼女が読んでいた本を取り上げた。
「おい! 何するんだ!」市井先輩は素早い動きで奪われた本を奪い返す。「ちっ。どこまで読んだかわからなくなったじゃないか!」
「キミが無視するからだろう」
「無視したわけじゃない。興味がないだけだ」
市井先輩は相当な変わり者のようだ。
わたしが変わった人を見るような目で彼女を見ているとしっかりと目が合ってしまった。彼女は隈のできた目でジーッとわたしを見つめる。
「おい。闖入者がいるぞ。つまみ出せ」
「え、あ、え?」
どう反論していいかわからず言葉に詰まるわたし。
「彼女は闖入者ではなく“しんにゅうしゃ”だよ」
「侵入者だと!? ならば余計に追い出さないといけないだろ!」
先輩が変な言い回しをするから市井先輩が盛大に勘違いしている。
「そっちの侵入じゃなくて新入生の新入だよ」
「いちいち妙な言い回しをするな! 紛らわしいぞ!」
これにはわたしも同意だ。
「……で、その新入生を引き連れてなんの用だ」
「じつは彼女が次期生徒長になりたいと申し出てきてね。その資格があるかどうか試すことにしたのさ。それで早速キミに改心してもらう手伝いをお願いした次第さ」
すると市井先輩がフンッと鼻で笑った。
「なるほど。去年約束したあの件か。私は別に構わないよ。ただその新入生に蔓杜の謎が解けるとは到底思えないけどね」
すると今度は本宮先輩がクックックと鼻にかかったような不敵な笑いを浮かべた。
「聞いて驚くがいい! 楡金くんはなんと! あの楡金十三の娘なんだよ!」
「なっ!? なんだと!? ……って、誰だそれは。そんな奴知らんぞ」
市井先輩は何気にノリがいいみたいだ……というのは置いておいて、彼女がわたしのお父さんのことを知らないのは当たり前だ。
わたしのお父さんは世界を股にかける名探偵などではなく、せいぜい街の便利屋さん程度の存在だった。市井先輩がそんなお父さんのことを知っているわけがない。
「えっとだね、楡金十三というのは探偵でね。彼女はその娘の楡金八重くんだよ」
恥ずかしくなたのか本宮先輩は普通のトーンで説明した。
「探偵の娘。ね」
そう言いながら市井先輩はわたしを値踏みするように目を細め上から下へと審美眼を働かせる。その視線がわたしの胸に留まる。
「おそらく無理だね」
「なぜそう思う?」
「古来より胸のでかい奴は馬鹿だと決まっているからだ」
「んなっ!」
これはさすがに頭にきた。完全に偏見だ。もちろん自分は頭がいいなどと自惚れるつもりはないけど、今の発言は全国の胸の大きな女性を敵にまわす発言だ。
「あのですね先輩!」
わたしが食ってかかろうとすると、それを本宮先輩が手で制した。ここは任せてくれと目で合図してくる。
「たしかに楡金くんは巨乳だ! それは認めよう」
大声で言われると恥ずかしいから止めてほしかった。そもそも問題はそこじゃない。
先輩は人差し指を立てて市井先輩に向かってずいっと腕を伸ばす。
「だが、楡金くんは決してバカでない!」
「口ではなんとでも言えるだろう」
「つまり証明すればいいわけだね?」
「どうするつもりだ?」
市井先輩同様わたしも気になった。
「去年キミが解き明かした謎の1つを楡金くんにも解いてもらう。それで証明できるだろう」
「なるほど」
市井先輩はそれはおもしろそうだと不敵な笑みを作る。
「ならば体育館のあれはどうだ?」
「去年ボクも協力したあれか。いいだろう」
「言っておくが答えを教えるのはナシだぞ!」
「わかっているとも。その代わり概要については話させてもらうよ。でなければ勝負も何もあったものではないからね」
わたしそっちのけで2人の間で勝手に何かしらの取り決めが行われた。
「それじゃあ楡金くん一度生徒長室に戻ろうか」
「え、あ、わかりました」
話が終わると、市井先輩はこちらに目もくれずすぐに本に視線を落としていた。
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