Extra2 Secret key

 蔓杜高校に赴任してきた私は正直この学校のシステムに驚きを隠せなかった。全寮制という制度はままあるのでさして問題ではないが、重要なのは教師も一緒に寮に滞在しなければならないとうことだった。普通そういうのは学生だけで教師は別なことが多い。だから私は最初はすごく憂鬱な気持ちになっていた。別に寮生活が嫌なわけではなく家族と離れて生活することが嫌だったのだ。

 ただ、週に一度だけ外に出かけることが許されるシステムがあると知ってほんの少しだけ気持ちが晴れた。しかも足を運べる範囲内には私の地元もあり、限られた時間ではあるが家族と一緒に過ごすことも可能だった。そういう意味では他の先生や生徒たちに比べて私は恵まれていたと思う。


 赴任して最初の頃は忙しくいてなかなか家に帰ることはできなかったが、それも落ち着いてくると私は週に一度必ず家に帰るようにした。その時、娘にお土産を持って帰るのが毎週の楽しみになっていた。おみやげと言っても“物”ではない。


 私が持ち帰っていたのは“怖い話”だ。


 私の娘は昔から怖い話や都市伝説といった類の話が好きで、よくテレビのミステリ系番組にかじりついていた。


 そんな娘のために蔓杜高校で噂されている怖い話を仕入れて持ち帰り披露する。ときには私が勝手に創作したものをあたかも蔓杜の噂話のように聞かせてあげたこともあった。すると娘は大変喜んで、そんな彼女の笑顔を見ると一週間の疲れも吹き飛びまた次の一週間を頑張ろうという気持ちになれた。


 そんな生活が長らく続いたころ、その事件は起きた。


 …………


 夕食時、私は食堂でひとりでご飯を食べていた生徒長のテーブルに相席して怖い話はないかと質問した。


「怖い話ですか? 市井先生は本当に怖い話が好きなんですね!」


 いろんな生徒に話を訊いているうちに、私はすっかり怖い話が好きな先生として定着していた。


「じゃあ、とっておきのやつ出しますか!」


 生徒長は箸をおいて制服のポケットから重そうな鍵束を取り出しテーブルに置いた。


「カギ、よね?」


 それは代々生徒長に受け継がれている学校内のあらゆる扉を開けることができると噂の鍵束だ。この学校では生徒長にはそれだけの権限が与えられている証拠でもある。


「そう。でもただのカギじゃないんですよ先生」彼女は声を潜める。「実はこの中に一つだけどこで使うかわからないカギがあるんです」


「そうなの?」


 彼女は前生徒長から鍵束を受け取った時どれが何のカギなのか把握するためすべての鍵を使ってみたのだそうだ。するとおかしなことにどこにも使用しないカギがあったのだという。


「私はそのカギのことを勝手にシークレットキーって呼んでるんですけど、前生徒長は何も言ってなかったからこのことを知ってるのは学内で私だけですよ。きっと」


 彼女は自慢げに胸をそらす。


 シークレットキー……たしかにそれは私の興味をそそるには十分だった。


 …………


 シークレットキーの話を聞いたあと私は生徒長に無理を言ってその鍵を貸してもらった。そして週に一度の外出日を利用してその合鍵を作った。それから私は暇を見つけてはその鍵に合う扉を探し回った。

 それだけの労力を惜しまないほどには私はシークレットキーに魅了されていた。厳密にはその扉の先にある何かが私の娘を喜ばせるネタになるのならと胸を躍らせていたのだ。


 そして遂にその場所を見つけた。その鍵は時計塔の入り口の鍵だったのだ。さすがの生徒長もこの場所にまでは気が回らなかったらしい。


 私は好奇心に駆られ扉を開けてその先へと進んだ。


 ――――


「何なの……この場所は……?」


 鍵を使って進んだ先には地下へと続く隠し扉があった。そしてその先に現れたのは、私の予想だにしないものだった。


 そこは研究所を思わせるような雰囲気の場所だった。しかもそこにある部屋のいくつかは最近まで使われていた形跡があった。


 それにしても学校の地下にこんな場所があるなんていったい誰が想像できただろうか。


 最近仕入れた蔓杜の怖い話の中に悪いことをした女生徒が地下に連れて行かれるというような内容のものがあったのを思い出す。


 ――火のないところに煙は立たない……ということなのだろう。


 私はある程度地下を見て回ったあと地上へ戻ることにした。この場所のことを学校側が把握していないとも思えない。このことを事前に説明されなかったということは隠しておきたい場所ってことだ。後ろめたいことがなければ隠す必要はない。ならこの場所は蔓杜高校にとっての恥部なのだろう。


 みだりに話しては私の身にも危険が及びそうだ。


「せっかくだけどこの話はなしね……」


 残念なため息を付いて入ってきた扉を開けた。しかし……どういうわけか昇降機が下りていて行き止まりになってしまっていた。押上げようにもロックが掛かっているのかびくともしない。


 完全に閉じ込められてしまった――そのことを自覚すると途端に焦燥感に襲われる。


 私はほかの出口を求めて施設内を走り回った。ここには誰かが何かをしていた形跡がある。ならばその人物は地下と地上を自由に行き来していたはずで、それならどこかに必ず出口はある。


 しかし焦る私の気持ちとは裏腹に一向にそれは見つからない。何度か昇降機のところに戻って道ができていない確かめたりもした。助けを求めて叫んだ。


 だがそれも徒労に終わる。


 やがて体力の限界を感じると、私は適当な部屋に入って休むことにした。そこにあったベッドに腰を落ち着けると埃が舞い上がって思わず咳き込む。


「ごほっ、ケホ――。……はぁ……」


 不安な気持ちのままうなだれ床に視線を向ける。


「……?」


 ベッドと床の隙間から何かが除いていた。気になって手を伸ばし抜き取ってみると、それは一冊のノートだった。


 私は無意識のうちにそれを広げた。どうやら日記のようだ字の形状からしてこれを書いたの女性だろう。


 ――もしかしてここに外へ出る方法が!?


 先程まで落ち込んでいた私の気持ちは盛り返し日記に目を通す。だがそこには出口の場所など書かれていなかった。そこに書かれていたのはこの世のものとは思えない話だった。


 この場所では非合法なクスリを使った人体実験が行われていて、この日記の著者はそのことに対して罪悪感を抱いていたらしく、至るところに懺悔と謝罪の言葉が書かれていた。


 ここは昔薬物の研究所だった。だけど、時代の流れととも薬物に関する取締厳しくなり研究施設は終りを迎えた。しかしそれは表向きで、実際は地下で密かに研究が継続していた。

 だが、いくら地下にあるからといって、人の出入りが他人の目につけば疑われる。そこで地上に学校を建てることでカモフラージュを図った。そしてそれはただのカモフラージュで終わらなかった……

 なんと学校の生徒の一部を薬の被検体にしていたと言う。


 蔓杜の入学基準が曖昧なのはそのためか――


 この高校の生徒の入学基準は成績に関係なく選ばれる。そこには何の根拠も理念もなく、ただ学校側が都合が良い生徒を選んでいただけ。そして、研究所が廃れた後もそのシステムだけが連綿と続いているということなのだろう。


 さらに人体実験用の生徒を攫ってくるときは教師や生徒長の力を借りていたというのだから驚きだ。


「……なるほど、だからこれが……」


 私はポケットからシークレットキーを取り出した。


 代々受け継がれる鍵束の中にここの入口の鍵があったのは、生徒長にここに自由に出入りする権限が与えられていたということなのだろう。


「そして今もそのカギだけが生徒長に受け継がれている」


 私は日記の続きに目を通す。すると、ある時を境に文字がブレ始めた。また水滴を垂らしたような跡も残っていてその部分は字が滲んでいる。

 震える手で泣きながら書いていた……そんな様子が窺える。きっと著者は限界を超えたのだ。そして最後は研究所からこっそり抜け出すことを決意したことが示唆されていた。


「…………」


 シークレットキー……


 それは確かに蔓杜に関するとんでもない秘密に繋がっていた。


 ノートを閉じて立ち上がる。気持ちを落ち着けるために深呼吸する。


 さっきの私の考察は当たり。これこそが蔓杜の恥部だ。


 私はこのノートを持って外に出る決意を固めた。


 これは公にすべきだ――


 そんなことをしたら私の立場は危うくなるだろう。最悪命の危険さえある。それでもこれまで犠牲になった生徒たちの無念を晴らすためにも私がやらなければならないと思った。が……


 ……………………


 …………


「なんで……どうして……?」


 決意を固めたはいいがやはり出口は見つからなかった。


 私は地下施設の一室で力尽き床に倒れた。


 もう一歩も動けなくなっていた。


 あれかどのくらいの時間が経ったんだろう……。地下ということもあって外の様子がわからないので時間の経過がわからないが、丸一日は経っているだろう。空腹もとうに通り越して感覚が麻痺している。


 地下は朝も夜もなくずっと蛍光灯の明かりがついたままだ……


 そういえば……


「明かり……誰が、点けた……?」


 最初から点いていた。今の今までずっと……


 それって誰かがまだここに出入りしているってこと?


 でもそんなことはどうでもよかった。今このタイミングで誰かが私を見つけても自分は助からないという自覚があった。次に意識を失えば二度と目覚めることはないだろうとい予感があった。だけどそれに抗うだけの力はなく……


「まいちゃん……」


 私は永遠の眠りに身を委ねる……娘の喜ぶ顔を思い浮かべながら――

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