Extra 3 奈落の底 Side-M

 生徒長になった楡金くんはよく働いていた。しかし一方で不可解な行動も見せていた。それは彼女がやたらとカギにこだわっていた点だ。


 最初はカギ束のカギを一つ一つ確認するために全て使って回っているだけだと思ったがそうではなかった。


 ボクも生徒長だったから、あのカギ束の中にどこにも使えないカギが紛れていることは知っていた。ボクはそれがどこのカギかなんて気にもとめなかったが、彼女はそのカギがどこで使うカギなのかを必死で調べていた。カギ穴を探す時のその真剣な表情は単なる好奇心のそれとは違う、彼女にはなにか明確な意志があるように見受けられた。そして、そんな楡金くんの行動を奇妙に思った人間がボク以外にもいた。マリア先生だ。


 ボクはマリア先生から楡金くんの監視を依頼された。


 彼女に言われるまでもなくボクは彼女の行動を監視するつもりだった。単純に興味があった。

 そのカギが一体どこで使うものなのか。彼女の目的が何なのか。そして彼女自身に……


 ボクは暇さえあれば楡金くんの行動を目で追っていた。彼女を監視するのはのでお手の物だった。実際こちらの存在が彼女に気取られることはなかった。


 楡金くんがカギ探しを始めてから半年ほどたった頃、彼女は遂にその場所を突き止めた。


「まさか時計塔のカギだったとはね……」


 しかもそこには地下へと続く隠し通路が存在していた。


 蔓杜高校の地下に研究所があることは事前に“あの人”から聞かされていたけど、まさかその入口がこんなところにあるとは知らなかった。


 ボクは一旦楡金くんの尾行をやめてマリア先生に報告した。すると先生はすぐにでも彼女の後を追うと言い出して一緒に地下に行くことになった。


 でも、――と思った。


 楡金くんが地下に入ってからマリア先生に報告するまでに結構な時間がかかっていたので、もう地下から抜け出しているのではと疑問を口にする。

 すると先生は、地下へ続く入り口は一度中に入ると外に出るためには特殊な手順が必要な面倒な仕組みになっているから、それに気づかなければ彼女が外に出ることはないと説明してくれた。


 それはつまり、楡金くんが地下に入ったことをボクが確認していなければ彼女は地下で息絶えていた可能性があるということだ。そういう意味においてはボクは彼女の命の恩人と言える。


 ボクとマリア先生が向かったのは体育館脇にあるボイラー室だった。ボクは楡金くんが入ったのは時計塔だとちゃんと説明したが、なぜかここに連れて来られた。


 先生曰く、時計塔の入り口から入って鉢合わせするのを避けるためこちらから入るとのことだった。


 時計塔以外にも地下へ行く道があることに驚いた。


 ボイラー室の奥にある一見してただの壁のように見える扉をマリア先生がこじ開ける。すると扉はゾゾゾ――、ゾゾゾ――と鳴きながら開いた。


 なんとなくその音が素麺を啜る時の音のように聞こえた。


 ――――


 ボクとマリア先生は楡金くんの存在に注意しながら地下の通路進んだ。地下だけに外の光は一切入らず、頼りない蛍光灯の光だけが道の先を照らす。この場所で何が行われていたのか話には聞いていたが、いざ目の辺りにするとそのスケールの大きさが窺えた。


 マリア先生は地下施設の構造を理解しているのか迷うことなく進んでいく。程なくしてキョロキョロと周囲を確認しながら歩く楡金くんを発見した。部屋を見つけるたびに中を確認しながら、何かを探し求めるようにして歩いている。


 ボクはそんな彼女の行動を見てひとつの考えに思い至った。


 ――楡金くんはどこかでアセンブルの存在を知ったのではないだろうか?


 だが、一介の学生がその存在を知ったとて、そのものを追求するには至らないはずだ。でも彼女はそれをやっている。


 楡金くんとアセンブルの共通点で思い至るのは彼女の父親である楡金十三にれがねじゅうぞうの存在だ。彼女は知ってしまったのだ彼の死にアセンブルが関わっていることを。そして、真実を追い求めるようにしてここ蔓杜に来たのだ……

 そう考えれば彼女が入学前から真剣に図書室で調べ物をしていたことも辻褄が合う。

 そして今、楡金くんはこの地下研究所にたどり着いた……。彼女は紛うことなき楡金十三の娘だ。


 それまで部屋を覗く程度だった彼女が、ようやく当たりを引いたのかひとつの部屋の中へ入っていった。


「オー。コウキシンはネコをもコロスのデスヨー」


 そう言いながらマリア先生が取り出したのは催眠ガスの入ったスプレー缶だった。それを手にする彼女の表情はとても楽しそうだった。


 楡金くんの入った部屋の前まで来ると先生は扉を閉めて、ノブを引っ張るようにしてつかむ。それからボクに催眠スプレーを使えと無言で命令する。


 ボクはそれに素直に従って、缶についた細いノズルを扉と床の隙間に差し込み室内にガスを発生させた。


 その間部屋に閉じ込められた楡金くんが必死で扉を開けようとする様子が伝わってきた。戸を叩いて、ノブを回そうとしたり、助けを求めたり……。そんな彼女の必死の行動がボクの心をほんの少しだけ苛む。


 しかし徐々に楡金くんの行動が緩慢になっていき、やがてドサッ――という音が室内から聞こえてきた。


「眠ったの?」


 ボクは彼女の安否を確認しようと立ち上がる。


「マダデスヨ」


 マリア先生は、このままガスが充満しているであろう部屋に入ったらこっちも眠ってしまうからと言った。


 ではどうするのか……


 先生の出した答えは扉を開放した状態で暫く時間をおいてから部屋に入るというものだった。地下なので換気ができる場所は限られているので致し方ない。


 ――――


 時間をおいてから部屋に入ると、そこには楡金くんが仰向けに倒れていた。彼女の豊かな胸が上下しているのを見て死んでないことはひと目でわかった。しかも床に倒れた衝撃でか、スカートが捲れてピンク色の縞模様が特徴的な下着が見えてしまっていた。


「ドコをミテイルのデスカ?」


「!?」


 先生はボクにいたずらな笑みを向けていた。


「ソウイウのはカンシンしないデスネ――。デモ、ミオサメデスから、イマだけトクベツデスネ!」


 ――ミオサメ……見納め!?


 それはつまり――


「待った! ここはボクに免じて彼女を助けてくれないかな?」


「メンジて? ソレはタチバがシタのニンゲンがツカウコトバじゃナイデスネー」


 たしかにそのとおりだった。ここで言う立場とは先生と生徒という意味ではない。ボクとマリア先生はとある組織に属していてそこでの立場の話だ。


 ただ、ボクにはどうしても楡金くんを殺してほしくない理由があった。


 なぜならボクは――


「お願いだ!」


 ボクの必死の訴えが通じたのか、マリア先生はやれやれと首を左右に振った。


「ワカリマシタヨ。――デモ、ナデシコがナンテイウデショウカ?」


 ナデシコ……佐伯撫子。このことが彼女にバレたらボクはきっと……殺される――


「……この事実を知っているのはボクとキミだけだよ。だからキミが彼女に話さなければバレることはない」


「ソレはワルイカンガえデスヨ。“キョネンのアヤマチ”をクリカエスのデスカ? ワタクシガ、ドレホドクロウしたかワカッテマスカ?」


 “去年の過ち”の部分を強調して先生はボクに鋭い眼光を向ける。ボクはそれに怯まず言葉を続けた。


「それに関しては本当に感謝してるよ。でもそれとこれとはまた別問題なんだ。だから――このとおりだ」


 ボクは地面に正座して、擦り付ける勢いで頭を下げた。


「ハァ……、ワカリマシタヨ。ソコまでイウならダマッテオキマスヨ。――ソノカワリにコンヤはセッカンデスヨ!」


 ――折檻ね……

 

 正直言うとボクはマリア先生のことが苦手だった。そして先生はボクが彼女に苦手意識を持っていることに気づいているのだろう。でなければ彼女の言う折檻は折檻たり得ないのだから。


 先生のイタヅラチックでありながらも艶めかしさを感じる表情がボクを捉えていた。


 こういう人を喰ったような態度が苦手なのだ……


 ――はぁ……


 内心で諦めのため息を吐いて、ボクは床に倒れて意識を失っている彼女を抱えて寮の部屋に返してあげることにした。


 この選択が後にどのような問題を引き起こすことになろうとも――


 ボクは自分の気持ちに嘘を付きたくなかった……

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