第14話 彷徨える女生徒の霊 前編
肝試しは奇しくもお盆の只中に行われることになった。
本宮先輩との約束通り、わたしと茉莉、高山さん、永野さんは校舎の昇降口前に集まっていた。昇降口の頭上にある唯一の電灯が頼りない光でわたしたちを照らす。
時折吹く夏の夜の生暖かい風がいかにも出そうな雰囲気を匂わせる。あるいはそういう感覚をもたらす季節だからこそ夏といえば怖い話という風習が根付いたとも言える。
時刻は夜の6時45分。肝試しが始まる15分前だ。別に学校行事とはなんの関係もないのにわたしを含めた全員に早め早めの行動が染み付いていた。発案者の本宮先輩の姿はなくわたしたち以外に参加する予定の2名もまだ姿を見せていない。
「先輩遅すぎ」
「アタシたちが早く来すぎたんだよ。だからギリギリでいいって言ったのにさ」
「わたしが行くって言ったら勝手についてきたの茉莉でしょうが」
「そだっけ?」と、とぼけてみせる茉莉。
「うわぁ! 虫っ!」
電灯の光に誘われてやってきた蛾が高山さんの前で羽ばたくと彼女は慌てたように茉莉の影に隠れた。
「高山ちゃん虫苦手なの? 以外だね」
「全部がダメってわけじゃないよ。翔ぶやつがダメなだけ」
「虫がダメなのにお化けは大丈夫なの?」
茉莉の後ろに隠れる高山さんに永野さんが質問する。
「うん。まあ。平気ってこともないかもしれないけど……みんなと一緒なら。それに参加しなかったら仲間はずれみたいで嫌だし」
「ま、断っても強制的に連れてきたけどね」
茉莉が鬼みたいなこと言う。わたしを無理やりプールに参加させた人間が言うと重みが違う。
「でもさ、幽霊なんてホントはいないんでしょ? 体育館の噂だって嘘だったし」
「体育館の噂?」
高山さんが首を傾げると、茉莉は今年の4月に決行した体育館の調査に関する話をべらべらと語りだした。
ここでまたしても茉莉に口止めしていなかったことを激しく後悔する羽目になった。さすがに夜中抜け出して体育館に行った話はマズい。
しかし、わたしの思いなどつゆ知らず夜中抜け出したことを得意気になって話す茉莉。まるでいけないことする自分がカッコいいと勘違いする小学生みたいだ。
茉莉が話し終わった後、わたしは2人にこのことは他の人には言わないで欲しいとお願いした。茉莉にはこれ以上余計なことを喋らないようにと釘を差した。
「……へぇ。そんな面白いことやってたんだ。それで結局オバケは出なかったわけね」
「でも、体育館には出なくても校舎には出るかもしれなんだよね? 夜の校舎を徘徊する蔓子さんっていう霊がいるって聞いたし」
「あ、それ私も聞いたことある!」
蔓子さんの話はそれなりに有名らしく永野さんも高山さんも知っているみたいだった。
「2人の知ってる蔓子さんの話ってどんな話なの?」
わたしは今回の謎に関するヒントが得られるのではと思い2人に訊ねた。
「あたしが聞いた話だと、夜の校舎を徘徊する蔓杜さんに見つかるとさらわれて学校の地下にある牢屋に連れて行かれちゃうって」
そう語るのは高山さん。彼女の話に出てきた地下という単語――わたしはこの学校に地下があるなんて話は一度も聞いたことがない。しかも牢屋ってなんだ……?
「私が聞いた話とはぜんぜん違うね。――私が聞いたのは徘徊する蔓子さんに見初められると寮の部屋まで付いてきて下着を盗まれるって話だったよ。特に大人っぽい女性の下着を好むって」
永野さんの話はますますわけがわからなかった。それは幽霊というよりもただの変質者だ。
「おお! それなら楡金ちゃんは問題ないね!」
「え? なんでわたし?」
「だって楡金ちゃんの下着って全部縞々とか水玉じゃん」
「……な、なんて……?」
わたしが口にできた言葉それだけだった。
「だから、楡金ちゃんのパンツは縞々だって話」
「なんでそんなこと知ってるの!?」
「なんでって……。当たり前じゃん。同じ部屋にいるんだから下着チェックするでしょ普通」
しない。普通は絶対しない。それともそう思ってるのはわたしだけなの?
苦笑いを浮かべ頬を掻く高山さんと微笑ましい表情の永野さん。
恥ずかしくて自分の顔が羞恥の色に染まるのがはっきりとわかる。
そもそもわたしの下着を見たからってどうしてそれをわざわざ他人に言いふらすようなことをするのか。茉莉の無神経さにふつふつと怒りが湧き上がる――
「だいたい茉莉はデリカシーがなさすぎなんだよ――ってぎいやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
わたしが怒りを露わにした瞬間、スカートのおしりの方が捲れ上がる感覚を感じて思わず叫んでしまった。お尻を抑えながら振り返えると、
「ふむ。本当に縞々だね。しかもピンクとは」
背後には懐中電灯の光をわたしの下半身に向けて立つ本宮先輩がいた。
「な、ななな、なにやってんですか!?」
「来米くんの話が本当かどうか確かめただけだよ。そんなことより楡金くん、さっきの恐竜みたいな叫び声は何だい? オトメならもうちょっとかわいらしい声で叫ぶでみたらどうだい?」
先輩は悪びれた様子もなくそんな事を言う。
「余計なお世話ですよ! それに、先輩だってオトメなら人のスカート捲らないでくださいよ!」
「おや? これは一本取られてしまったね。だが生憎とボクはオトメではないのでその言い分は通らないよ」
先輩はオトメではないの部分を強調してウインクする。
「うわぁお!? 先輩ってばオっトナー!」
茉莉が感嘆の声を漏らし、高山さんは頬を染めて先輩から視線をそらした。
「う……ん? 大人? どういうこと?」
先輩の言葉の意味がわからないわたしと同じく理解できていない永野さんは互いに首を傾げあう。
「ま、それはさておき集まっているのはキミ達だけのようだね」
わたしがそうですと返事をするのと同時に「遅れたな」と声がかかった。市井先輩だった。
「遅かったじゃないか。市井くん」
「7時からの予定だろう? まだ3分前だから遅刻じゃない」
「えっとこちらの方は?」
永野さんが恐縮したように言う。
わたし以外の3人は市井先輩とは初対面だ。だから本宮先輩がわたし以外の3人に市井先輩を紹介した。
紹介が終わったタイミングで、「ハーイ! ミナサーン!」と高いヒールの音とともに夜の闇を吹き飛ばすような明るい声が聞こえてきた。
「マリア先生!?」
驚いたのはわたし以外の3人。
「キモダメシー。タノシミデスネー」
「ははは。何を隠そう今日のこの企画を許可してくれたのはマリア先生だからね。みんなは先生に感謝するといい」
「ってことは責任者ってことですか?」
「イエイエ。ワタクシも、サンカシマースヨ」
そこで、先輩から今回の肝試しの趣旨を説明する運びとなった。
「今から始まる肝試しは“これ”を探してボクのもとに戻ってくるというものだ」そう言って本宮先輩が取り出したのは御札を模した長方形の白い紙だった。「事前に校内のいたる所にこれと同じものを9枚隠しておいた。今から二人一組になっていち早くこれを3枚探した状態でボクのところに戻ってきたチームが勝ちというわけだ。それじゃあチーム分けと行こうか」
本宮先輩が紙をしまってチーム分けをしようとすると市井先輩から待ったが掛かった。
「私はできれば顔見知りの人間とチームが組みたいんだが」
「ふむ。市井くんの性格を考えればその要求も致し方なしか。なら、キミは楡金くんとチームを組んでくれ。楡金くんもそれでいいかな?」
ほかのメンバーから反論はなくわたしはうなずいて返事をした。
それから残りのメンバーでチーム分けを行った結果、茉莉と永野さん、高山さんとマリア先生のチームが出来上がった。チーム分けが終わると本宮先輩はそれぞれのチームに1つずつ懐中電灯を渡した。
「それじゃあスタートだ。ボクは生徒長室で待ってるから御札が3つ揃ったら来てくれ」
こうして、肝試しが始まった。
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