第7話 4つの謎

 わたしは本宮先輩にそうしたように市井先輩にも自分の導き出した答えを説明した。


「なん……だと……」


 市井先輩は絶句し手にしていた本をドサッと地面に落とした。


「去年キミが3ヶ月もかかって解き明かした体育館の謎。楡金くんはわずか2週間足らずで解き明かしてしまったよ」


 先輩が追い打ちをかける。


「馬鹿な!? 本当に答えを教えてないんだろうな!?」


「ああ。教えてなどいないよ」


「たしかに女性の泣く声に関しては三流ミステリでもネタにしないような誰でも思いつくような簡単なものだ。でも、麺をすする音の正体は――」


「解いたよ。それはそれは見事な推理だった!」


「くっ……」


 市井先輩は悔しそうに、本当に悔しそうに奥歯を噛む。


「そもそもキミは蔓杜の謎を解き明かしたいのだろう? だったら楡金くんの頭脳は役に立つはずだよ。違わないかい?」


「ち……違わない……かもしれない……」


 プライドが高いのか、完全には認めたくないようだ。


「キミが他人と交流するのが得意じゃないことは重々承知している。だから別に一緒に行動する必要はない。例えば、キミが今取り掛かっている謎に関する情報を共有して別々に調査するというのはどうかな?」


 市井先輩は黙った。


 ここは居心地がいい、しかしすべての謎を解き明かしてしまったらここから出ていかなくてはいけない。だけどやっぱり謎を解き明かしたい――そんな彼女の心の葛藤が手に取るようにわかる。


 市井先輩はしばらく黙考したあと仕方ないと首を縦に振った。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って先輩は傍にあったカバンからノートペンを取り出して、サラサラとなにかを書き込んでいく。最後にノートをちぎってそれを本宮先輩に渡した。


「今私が追っている謎の一部だ。全部で4つある」


「オーケーだ」


「それから……」先輩はわたしの方を向いて、「この前は悪かったな。馬鹿呼ばわりして……」顔を赤くしながら謝罪の言葉を口にした。


 市井先輩はちょっと、いや、かなり変わっているけどちゃんと謝ることができる人だった。


 …………


 話が終わると本宮先輩とわたしは図書準備室を出た。


「彼女はなかなかに偏屈だが、それは持って生まれたものだから仕方ない。気を悪くしないでくれ」


「いえ。大丈夫です。市井先輩も最後に謝ってくれましたし」


 市井先輩はものすごく変わった人だけど根はいい人なのかもしれない。


「わるいが、少し用事があるから先に生徒長室で待っていてくれるかい?」


「ええ、構いませんけど」


 わたしは先輩と別れひとり生徒長室へ。そして待つこと数分、先輩がやって来た。


「やあ! 待たせたね!」


 と笑顔で入ってくる先輩は壁掛けタイプのホワイトボードを抱えていた。


「何やってるんです!?」


「いやあ、これから謎解きを始める際にメモができるものがあると便利かと思ってね」


 そう言いながら先輩は生徒長室の壁にホワイトボードを掛けた。


「さて。本題に入る前に少し補足をしよう」


「え?」


 先輩が突然そんなことを言い出すのでわたしは面食らってしまう。


「忘れてはいないと思うけどキミの目的はあくまで市井くんを図書準備室から追い出すことだ」


「それは忘れてませんけど……どういうことですか?」


 先輩はピッと人差し指を立てた。


「つまり! 謎解きは彼女を追い出すための手段だということ。そしてその謎の答えについては誰も知らない。ということはだ、別に正解を導き出す必要はないということだ」


「いやいやダメでしょ」


 正解にたどり着けなければ市井先輩を追い出すことはできないんだから。


「本当にそう思うかい? 考えてもみるんだ。さっきも言ったが、ボクたちの目的はあくまで彼女を図書準備室から追い出すこと。そのために彼女が知りたい謎を解く。要はこちらが提示した謎の答えで市井くんが納得すればそれはもう彼女の中での正解なんだよ。逆に言えばキミの出した答えが仮に真実であったとしても彼女が納得しなければそれは正解とは言えない。正解がないということはそういうことなんだよ。違うかい?」


 先輩の言いたいことはなんとなく理解できた。


「まあだからって適当な答えを出したのでは意味がない。理に適っていない当てずっぽうな答えでは彼女は納得しないだろうからね」


 先輩がそう言うならわたしもそれでもいい。


「よし、ならば早速次なる謎に挑もうじゃないか」


 先輩はさっきもらった紙を開いてそこに書かれている言葉をホワイトボードに書き写していった。


『廊下を歩く骸骨――』


『音楽室の肖像画――』


『彷徨える女生徒の霊――』


『視聴覚室の男――』


 書き終えた先輩はマジックを置いてパンパンと手を払った。チョークじゃないからその行動は無意味だ。


 改めてホワイト―ボードに目を移す。そこに書かれた4つの謎はどの学校にもありそうな七不思議のようなものだった。


「この4つを期限内に解かなければいけないわけだ」


 先輩の発言に引っかる部分があった。


「期限?」


「うん? 当然だろう。次期選挙は今年の12月から準備が始まるんだからね」


 つまりわたしは5月から11月の7ヶ月の間に4つの謎を解かなくてはいけないわけだ。単純に約一月で1つの謎を解くペースでいかなくてはならない計算だ。これは結構な頭脳労働だ。


 果たしてわたしは無事これらの謎を解くことができるのだろうか……

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