第8話 廊下を歩く骸骨 前編

 その日、3年生のとある生徒が受験勉強のために夜遅くまで教室に残っていた。


 本来なら寮の部屋に戻っていなければいけない時間であったが、部屋にはルームメイトがいて集中して勉強することが出来なかったから仕方なく居残っていた。なにせルームメイトは就職組。勉強しないだけならまだしも邪魔ばかりしてくるものだから彼女が取った選択は致し方ないものだった。


 それでも門限はあるし、校舎にだって消灯はある。


 彼女はキリのいいところで勉強をやめ寮に帰ろうと教室を出て、ふと窓の外に目をやった。するとタイミングよく西棟の3階の電気が点いたのが見えて、それにつられるように彼女は視線を上げた。


 するとそこには理科室に向かって歩く白い骸骨の姿が――


 彼女は恐ろしくなって、一目散に寮へと逃げ帰った。


 その話を聞いたルームメイトは「ないない」と彼女の話を一蹴した。だけど、いつも真面目な彼女が、顔面蒼白になってまでこんな嘘をつくとも思えなかった。


 後日、ルームメイトは女生徒の話を確認すべく学校に居残った。


 そして……


 ルームメイトもまた白い骸骨を目の当たりにしてしまうのだった……


 ――――


「『廊下を歩く骸骨』に纏わる話はこんな感じだね」


「はあ……」


「おや? 反応が薄いね」


「いや……その……」


 なんてことはない。この現象が霊現象ではないという前提で考えるなら、学校の骸骨と言えば十中八九“あれ”のことだろう。それくらい市井先輩だって気づいてるはずだ。ただそれがひとりでに歩くはずないので、それがこの謎を謎足らしめている所以だろう。


「えっと、学校で起きた霊現象なら今度は夜の学校に忍び込むってことですか?」


「ふむ。それなんだが……さすがにボクも夜の学校に忍び込むのは無理だね」


「カギがないってことですか?」


「いや。カギはある。――が、校舎内では教師陣と鉢合わせするリスクがあるからね。まあそれでもできないことはないんだが……時期的に今は無理だろうね」


 たとえ現生徒長であっても夜の校内で先生に見つかったら目も当てられないってわけだ。しかも先輩の言う“時期的”にという言葉も何か引っかかる。


 でも、例のカギ束の中に校舎のカギがあるのは驚きだ。代々生徒長に渡されるというカギ束。生徒長にはそれだけ大きな権限が与えられてるってことだ。


 …………


「で、楡金ちゃん。今回の謎は?」


 授業と授業の合間の休み時間。茉莉はさも当然のように訊いてきた。前回はなし崩し的にああなっただけだと思っていたけど、本人は至って普通に関わろうとしているようだ。


「ほらほら、ルームメイトが困ってんだったら助けないと。それに、こういうのって助手とかいるでしょ? えっと、ワシントン……だっけ?」


「それを言うならワトソンでしょ? ワシントンは大統領だよ」


「ああ、そうでしたそうでした」


 茉莉もやる気のようだし、ここでわたしが彼女の申し出を断ったらいろいろと面倒事になりそうなので――前回のように勝手についてくるとかね――助手として採用することにした。前回の功績もあるし、あたし自身別に嫌ってわけじゃない。ってなわけでわたしは今回の不思議に関する情報を茉莉に教えた。


「なるほど。動く骨格標本ってとこだね」


 腕を組んでう~んと唸る茉莉。


 茉莉の言うとうり、今回の謎は学校の七不思議の定番とも言える動く骨格標本または人体模型と同様のものだ。先輩の話では骸骨としか説明がなかったけど、骸骨が理科室に向かって歩いていたと言っていたことからもほぼ間違いないはずだ。

 ただ、わたしたちはまだ授業で理科室に入ったことはないので、そこにそれがあるかどうかは確認しないとわからない。


「行ってみるしかないね」


 わたしと茉莉は昼休みに理科室へ行くことにした。


 ――――


 昼休み。寮の食堂で昼食を済ませ、わたしと茉莉は理科室へと足を運んだ。


「ってかさ。ご飯食べるのにいちいち寮に戻るのって面倒だよね」


 それは、この学校のシステム上どうにもならないことだ。小、中と違って給食なんてないし、家から通うわけでもないのでお弁当を作ってというのもない。


「食堂で持ち運びできるお昼もあるらしいけどね」


 コンビニ弁当みたいな容器に入ったやつとかおにぎりとかパンとかそういう類のものだ。


「へぇ、そうなんだ」


「たまには気分を変えて外で食べたりとかってことでしょ?」


 そんな話をしながら、さして時間もかからずに理科室へと着いた。部屋にカギはかかってなくて、スライド式の扉がガラガラと音を立てて開いた。


「普通の理科室だ」


 当たり前だ。だって理科室なんだから。


 なにを期待していたのか茉莉はちょっと残念そうな表情を作る。


 少ない昼休みの時間を使って……というか室内を調べるまでもなく、パッと見で骨格標本は見当たらなかった。サイズ的なことを考えればどこかに隠れているということもないだろう。


「こっちの扉は準備室に繋がってるみたいだね」


 茉莉が扉のノブをガチャガチャと回すが、カギがかかっているみたいで開くことはなかった。実験で使う道具なんかが保管されているんだろうし、さすがに自由に出入りはできないみたいだ。一応廊下から準備室に繋がる扉も確認してみたがやはりカギがかかっていた。


「どうするの?」


 骨格標本があるとすればこの扉の奥だ。だけどカギが閉まっている以上こっちとしても打つ手はない。カギで思いつくのは先輩が所持しているカギ束くらいだけど。


 ――先輩に相談してみるしかないか……


 …………


「ない!」


 先輩はキッパリとい言い切った。放課後生徒長室を訪ねて理科準備室のカギの件を話したわたしに対する答えだ。


「さすがに生徒長と言えど理科準備室のカギは任せてもらえないさ。取り扱いが難しい薬品なんかもあるだろうし」


 しかしそうなると、骨格標本の存在を確認できないってことになる。夜な夜な歩く骸骨の正体は骨格標本で間違いないだろうからそれが存在する前提で推理を組み立ててもいいんだけど、やっぱりそれがあることを自分の目で確かめて納得したい。


 自分の推理を披露したときに市井先輩に「その骨格標本とやらはどこにあるんだ?」なんて訊かれでもしたら答えられないし。


 最初のお題にして早くも行き詰りかと思われたのだが、わたしは思わぬところでそれを目にすることになる。

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