第18話 カギの示す場所

 翌年の2月。わたしは無事生徒長に選ばれることになった。本宮先輩が裏で手を回したのか、わたし以外に候補者が出なかったからすんなりと生徒長になれた。


「生徒長の椅子の座り心地はどうだい? 楡金くん」


 わたしと先輩はいつものように生徒長室にいた。ただしいつもと違うのは先輩とわたしの立場が逆転していることだった。

 椅子に座っているのがわたしで、前に立っているのが先輩。


「まぁ、普通の椅子ですね」


 ここにあるのは偉い人が座っているような高価な椅子ではなく何の変哲もない机と椅子。座り心地は教室で座っているやつとまったく同じだ。


「そういうこと言っているんじゃないんだが……まあ、楡金くんらしいね」


 先輩はちょっとだけ肩を竦めて「さて――」と仕切り直した。


「ボクが3年になればキミとの交流はほとんどできなくなるだろう。寂しいけどこれでお別れだ」


 そう言って先輩はわたしの顔に自分の顔を寄せてきた。そして次の瞬間――


「ぎゃっ!?」


 何を考えているのか、先輩はいきなりほっぺにチューしてきた。


「なんだいその反応は。傷つくじゃないか」


「いや、だってビックリして……っていうか何するんですかいきなり!」


 わたしは先輩にキスされた箇所を手でこすりながら反論した。


「はぁ……まるで汚物を扱うような反応にボクはがっかりだよ……。どうやら楡金くんにボクの愛が伝わることはないようだ」


「またおかしなことを……」


 以前も同じようなことを言っていたけど、そのネタをまだ引きずっているみたいだった。


 ――だいたい女の子同士で愛もなにもないでしょ……


「まあとにかく。後はうまくやりたまえ。――どうしてもつまずくようなことがあったときくらいは相談にのるよ」


 先輩は手をひらひらさせて生徒長室を出ていった。


 ……………………


 …………


 生徒長の仕事は思っていたほど楽なものじゃなかった。


 進級していろいろな決め事を自分ひとりでこなして、寮の部屋の引っ越しに新入生のための大掃除、さらにはその新入生の歓迎会に挨拶。


 本宮先輩の様子から仕事なんてほとんどないただのお飾り的なものだと思っていたけど、いつも飄々とした感じでわたしたちの前に姿を表していたのは単純に先輩が凄かっただけだということを思い知った。


 結局わたしが落ち着けるようになったのはその年の5月になってからのことだった。


「ふぅ……」


 どうして生徒長室などという専用の部屋があるのかわかった気がした。


 これだけ忙しかったらひとりになりたくもなる。ましてやわたしのルームメイトは茉莉だ。部屋でひとりで落ち着くなんてできやしない。


 わたしは引き出しににしまわれたカギ束を取り出し机の上に置いた。そろそろこれを使う時が来たのではないかと……


 鍵束に掛かっているのは全部で13。


 これがあればわたしはこの学校の敷地内を自由に探索することができる――


「よし!」


 気合を入れて、わたしは片っ端からカギを使って調べようと考えたのだが……


 ――――


「先輩! 何やってるんですか?」


「え!? あ、いや……カギが壊れてないか調べてて……」


 いきなり声をかけられたわたしは咄嗟に嘘をついた。


 ――――


「あれ? 楡金さんこんなところで何してるの?」


「ちょっと……カギが壊れてないか調べてて……」


 また嘘をついた。


「へぇ。生徒長ってそんなことまでしなきゃいけないんだね。頑張ってね」


「う、うん……」


 ――――と言った具合に調査は難航した。


 わたしがカギを調べているときに限ってクラスメイトや後輩に話しかけられてそれをやんわりと躱すみたいな一連の流れができあがっていた。


 話しかけられるのが嫌なわけじゃないけど、嘘を付いて誤魔化すというのがなんとも後ろめたい。まあ、絶対に嘘をつかないといけないわけじゃなかったけど、どうも他人を巻き込むことには及び腰だった。


 お父さんの死に関する情報を調べるということは、それすなわちお父さんの死に繋がっているということ。危険がまったくないという保証はどこにもないのだ。


 わたしはなるべく人目につかないようにしながら少しずつ時間を取ってカギを調べていった。そして最終的に、13のカギのうち10のカギの使う場所は校舎内で見つけることができた。しかしそのどれもが普段授業で使う教室のカギでこれと言って目新しい情報が手に入ることはなかった。

 そして残り3つのカギのうち2つは、去年本宮先輩が体育館と学生寮のカギを開けるのに使っているところをこの目で見ているのでそれで間違いない。


 つまりカギが1つ余る計算になる。ならばこのカギはどこのカギなのか……


 行き詰まったわたしは図書室に向かい困った時の年鑑頼みと言わんばかりに見取り図が掲載されているページを開いた。


 こうしていると先輩たちと一緒に怖い話の調査していたときのことを思い出す。ついこの間のことなのにひどく懐かしい気持ちになる。


「ん?」


 そして、見取り図の中のある場所にわたしの目が留まる。蔓杜高校の敷地を俯瞰で捉えた線図の中の北東部分に記載されている時計塔だ。


 よく考えてみると、これまでいくつかの怖い話を耳にしてきたがこの場所を題材にした話がひとつも存在していないことに気付く。針の動かなくなった時計塔といういかにもな題材がそこにあるにも関わらずだ。


「…………」


 人を寄せ付けたくない場所があった場合、そこに纏わる怖い話や噂を流すことで人を寄せ付けないようにするという手法がある。

 しかし中には好奇心に駆られそれ確かめに行こうとする者もいる。

 去年先輩から聞かされた話のほとんどは実際に確かめに行って恐怖体験に見舞われるというパターンだったことからもそれが窺える。


 わたしくらいの歳の女子は結構な割合で怖い話とか好きだったりするし、市井先輩の言葉を借りれば、ここ蔓杜に限っては他にやることもないのだから普通以上に興味を示してもおかしくはない。


 つまり、人を寄せ付けなたくない場所に纏わる怖い話というのは蔓杜では逆効果でしかない。


 もしも蔓杜側がこの心理をわかった上でそれを逆手に取っていたとしたら?


 本当に隠したいものがある場所に関連した話は作らない……


 ただこれはあくまで蔓杜側になにか隠したいことがあるという前提での話だ。そしてそれは、誰かが明確な意思を持って怖い話を流したということにもなってしまう。


 そんなことあり得るだろうか……? わたしはその可能性は十分にあると思った。理由は市井先輩のお母さんの話だ。


 もしかすると先輩のお母さんは、怖い話を集めているうちにこの事を知ってしまったから――


「まさか……」


 声に出して否定しようとしても震えは止まらなかった。


 だって、もしもわたしのこの予想が当たっていたとしたら、この先わたしも同じ運命をたどるかもしれないんだから。


 …………


 結局自分の欲求には逆らえなかった。わたしがここに来た理由はお父さんの死に繋がる情報を得ることだから、それを得なければここに来た意味などないのだ。


 虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。


 それにまだ最後のカギが時計塔のカギだと決まったわけじゃない。まずはそれを確かめてからだ。


 ただ、その場所を調べるにあたって茉莉の存在がネックとなった。同室である以上ひとりで出かけようとすれば逐一どこへ行くのか訊ねられる始末。これではどうやたってひとりで調べ物はできない。

 もちろん茉莉だけじゃない。ほかの誰にだって知られてはいけない。


 だからわたしは奥の手を使うことにした。それは仮病を使ってみんなが授業に出ている間に調査を進めるという方法だった。そしてこの方法が案外うまくいった。


 生徒長の仕事が忙しくてそれが原因じゃないかという具合に勝手に話が進み、わたしはひとりで部屋で休むことを許可された。


 念の為、自分の行き先を記した紙を部屋の荷物の中に紛れ込ませておいた。これでわたしがいなくなった時、茉莉あたりが気づいてくれれば最悪の事態は避けられるかもしれない。

 後は時計塔の中がどうなっているかわからないので用意しておいた小型のライトを携帯して、いざ、時計塔へ向かった。

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