第10話 音楽室の肖像画 前編
現在の蔓杜には他校で言うところの部活というものが存在しない。あったとしても数人の学生が集まって何かをする寄り合い止まりで、学校から予算が降りてくることはない。ただし、よほど優れた才能を持った生徒が現れた場合は別。そのときは特例で学校から予算が降りてコンクールや大会への参加が可能になる。それが今の蔓杜のシステム。
一方で、過去には蔓杜にも部活というシステムが存在していた。その頃は生徒数も今の2倍いて学生寮も今より大きかったらしい。だから部活動をやるだけの人数が十分に確保できていたというわけだ。そしてどの部もそれなりに優秀な成績を収めていたのだそうだ。
蔓杜の部活はどちらかと言えば文化系に特化していて、中でも特筆すべきは音楽。過去にはとても腕のいいピアニストが存在していて、これから語る話は彼女を襲った悲劇の話。
彼女はその腕を高く評価され、蔓杜代表としてピアノコンクールに出場することが決まっていた。彼女は毎日のようにコンクールに向けて夜遅くまで音楽室で練習に励んでいた。彼女にとって練習はまったく苦にならなかった。学校からのプレッシャーも特に感じることなく、のびのびとピアノを引くことを楽しんでいた。
しかし、そんな彼女にも不安なことがあった。
それは、音楽室に幽霊が出るという噂。なによりも彼女は幽霊やらお化けやらが大の苦手だった。
しかし、練習はここでしかできない。そして多くの時間が取れるのは放課後だけ、彼女の中にも結構な葛藤があったことは想像に難くないが、結局ピアノの練習を取った。
その日も彼女は夜遅くまで練習していた。曲を引き終わり鍵盤から手を下ろすと、カタリという物音がどこかから聞こえてきた。
「誰かいるの!?」
彼女が呼びかけながら音楽室内を見回すと、壁に貼られている音楽家たちの肖像画の一枚が不自然であることに気づいた。
肖像画の目が光っていたのだ。
それを見た瞬間彼女は慌ててイスから立ち上がり、荷物もそのままに音楽室を飛び出した。
そして悲劇は起こった。
彼女は階段を降りる際に足を踏み外してしまい階下に転げ落ちてしまった。そのとき体をかばうようにして反射的に手をついてしまい、しかし体を支えきることは出来ず、彼女の腕はあらぬ方向に曲がってしまった。
さらに不幸は続く。
夜間ひとりで練習していたため、彼女は誰にも助けを求めることが出来なかった。
腕が使えなければ立ち上がることも出来ない。
当直の先生が階段の下で伏している彼女を発見した時には、彼女は腕の痛みでほぼ意識を失いかけていた時だった。その後彼女は救急車で病院に運ばれたが、全治3ヶ月が言い渡された。結局コンクールには間に合わず、彼女の夢は絶たれた。
――――
「なんだか悲しい話ですね」
「まぁ、そうだね……」
2人してしんみりとなる。
「しかも、話によるとその生徒はこの蔓杜で自ら命を絶っているそうだ」
「え!?」
想像していた以上にヘヴィだ。
「ん? でもそれだと、肖像画よりもそっちの女生徒の霊とかのほうがインパクト強くないですか?」
「お! 鋭いね。――確かにキミの言うとおりなんだが、彼女の霊は別の謎に繋がっているから今は深く考える必要はないよ」
「なるほど」
今回はあくまで『目が光る肖像画』に対する答えってわけだ。
「ただ、今回の謎はちょっと難しいかも知れないね」
「そうなんですか?」
「ああ。なにせ今は再現不可能だからね」
しかし先輩は「なぁに」と軽い笑みを浮かべ「キミならできるよ」と続けるのだった。
…………
今は再現不可能という先輩の言葉はある意味でそれ自体がヒントになっている。でも取っ掛かりが何もなければ解明も何もあったものではない。
「うぅん」
腕を組んでどうしたものかと考えていると、
「おお! 楡金ちゃんがそうやってるとなんか本物の探偵っぽい! で、次の謎は?」
茉莉は蔓杜の謎の解明をごっこ遊びのように捉えているフシがあった。
こっちは割と真面目なんだけど……まぁ、わたしの本当目的を知らないのだから無理もないか……
わたしは今回の謎に関する話を掻い摘んで説明した。
「次は音楽室か……。でもさ、音楽室ってもう何回か授業で使ってるけど肖像画なんてなかったよね?」
彼女の言うとおりわたしの記憶にも音楽室に肖像画はなかったはずだ。
先輩の言っていた『今は再現できない』とはおそらくこのことなのだろう。だからずっと悩んでいる。
そして、なんの進展もないまま
…………
6月の頭。外は生憎の雨で梅雨らしい天気となった。鬱々とした空模様はわたしの中にある若干の焦りを刺激し苛立たせる。
最初に掲げた一月に1つの謎を解くという目標は達成されているが、今後解き明かすのに時間のかかる謎が出てくるとも限らない。だからなるべく余裕を持ってことに当たりたい。
普段わたしはそんなにイライラするほうじゃない。だから、今イライラしているのは雨のせいってことにしておこう……
「悩める少女に愛の手を……!」
「うひゃぁあ!!」
突然後ろから抱きしめられた。
考え事しながら歩いていたせいでその気配にまったく気が付かなかった。でも
後ろにいるのが誰なのかはその声ですぐにわかった。
「先輩……ちょっと重いですよ」
本宮先輩は背が高いからどうしてもわたしの方に体重がかかる。
「おや? これでもボクは標準体重以下なんだがね」
「そういう意味じゃないですってば」
身長差があるから抱きしめられるとどうしてもこっちに体重がかかるのだ。それでも先輩はわたしのから離れようとせずよりきつく抱きしめてくる。
「ちょっと、苦しいです……よ」
「ふむ。なんと言うか、キミはついつい抱きしめたくなってしまうオーラを纏っているんだよ」
「わたしのせいですか……」
「よし。十分に堪能できた。だがやはり前から抱きしめたほうが気持ちいいね!」
ようやくわたしを開放した先輩はなんの臆面もなくセクハラ発言する。
開放されたわたしは振り返った。
「で、なんの用ですか」
「まぁまぁ、そう怒らないでくれよ。最近キミがなかなか生徒長室を訪ねてこないから、もしかして行き詰まっているのではないかと思ってね。ボクなりにいろいろと考えてみたわけさ」
パチンとウインクを決める。ほんとこの先輩はいちいち行動が演出めいている。
「とりあえず、こんな往来で話せる内容ではないからね。ついてきたまえ」
そうして先輩に連れられてきた場所はいつもの生徒長室。そこに着くなり先輩は自分なりの考えというのを口にした。
「今回の謎は再現不可能なものだが、今回の怖い話は実際に起きた事件が元になっているのは確かだ。そこでボクは楡金くんを真似て年鑑本に目を通してみた。するとだね……」先輩はこれでもかってくらい溜めて、「面白いことがわかったんだよ!」天を仰ぎ両手を広げる。
「本当ですか!?」
またもや年鑑本にヒントが隠されていたらしい。いったい何度お世話になることやら……
「それで、面白いことってなんですか?」
先輩は慌てない慌てないと手で制した。
「蔓杜の至るところには何度か改装が入っていて今と昔では建物の構造が違っているんだ。例えば昔は生徒数も多かったから寮は今より大きかったとかね。で、今回ボクが気づいたのは音楽室――正確には音楽準備室だ」
――音楽準備室? 蔓杜にはそんな名前の教室はなかったはずだ。
「そんな教室あったっけ? ――って思ってる顔だね。実はあったんだよ、昔はね」
「先輩はその存在を年鑑を見て気づいたってことですか」
「そういうことだ。そしてボクは今回の謎はそこにヒント隠されていると確信している」
先輩の話はそれで終わった。
「……え? 終わりですか? 謎が全然解き明かされてないですよね?」
すると先輩は一体何を言ってるんだみたいな顔をして首を傾げる。
「ボクは一言も謎が解けたとは言ってないよ。ここから先はキミの仕事だ」
「は、はあ……」
結局わたしが解くのかと肩を落とす。だけどかなり大きなヒント得られたのもまた事実だ。
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