第1章 帝国を剣と往け
第7話 初陣
帝国の北東──ボディア公国との境界に広がる平原で、戦が行われる。
敵が来たら倒せ。勝利を掴み取り、生き残るんだ。
知ることができた情報はそう多くはない。
今、俺は有象無象の中の一人──下っ端兵士でしかないのだから。
荷車が忙しなく行き交う陣営内で、十数人が仮眠を取っているテントから出た俺は、外れにある木の下で腰を下ろした。
隊列を組み、長距離を移動してきたばかりだ。疲労が溜まっている。
夜が明けて、ついに明日──。
思い出されるのはクリスタの苦悩。
人を斬ることは、精神的な面において魔物を倒すこととは大きく異なるだろう。
しかし──
『迷うな! 死にたくないだろッ!?』
訓練中、何度も聞いた指導官の叫び声が耳に響く。
そうだ。迷っていたら殺される。苦悩を抱えられるのも生き残った者だけなんだ──と。
「すぅーはぁー」
一人覚悟を決め、深呼吸をしていると……隣にやって来た男に背中を叩かれた。
「──レイ、緊張してんのかよ?」
「エディ……って、お前こそ真っ青じゃねえかっ」
「う、うっせーな! あぁ〜あ、せっかく意識しないようにしてたのによっ! 思い出しちまったあ……」
俺よりも身長が高く、恵まれた体格に刈り上げられた茶髪。快活さを感じさせるこの男は、同じ隊に配属された
「つーか仕方ねえだろ……死ぬかもしれねえんだしさ……」
隣に座ったエディはそう言って、不安げな表情を見せる。
「まあ……たしかにな」
帝都に来て一ヶ月。
俺は軍に入隊し訓練を受けた。
基礎体力をつけるための運動や、基本的な武器の使い方。槍や弓の練習もしたが、やはり一番得意で、実際に配属された隊も主に『両手剣』を使う場所だ。
それだけ【職業】を持つ者と持たない者では、その武器に関する巧拙に雲泥の差がうまれる。
隊への配属前、訓練期間中もオラーゼB中級には目をかけてもらい、『発展』についていくつかのことを教えてもらった。
彼女は軍の中でも一目置かれている凄腕の剣士らしい。今は俺やエディが所属している中隊のトップでもある。
「けどよ、兵士になってまだ一ヶ月だぜ? まさかこんなにすぐに戦場に出るとはな……」
と、星を見上げるエディの表情はいまだ固い。
「エディは……自分が育った孤児院に仕送りするために、金を稼ごうって入隊したんだろ? そしたら今回は絶好のチャンスなんじゃないか? こんなにも早く、昇進できるかもしれないんだしさ」
「……まっ、そういやそうだけどな。オレもあんなにキツい訓練を乗り越えたんだから、こんなところでへばってらんねえよ。大怪我して除隊でもしてみろ。一ヶ月間辛い思いをしただけだぜ? そんなのオレはまっぴら御免だ」
「あぁーたしかに、かなりキツかったもんな」
俺たちは訓練を思い出し、顔を見合わせてニヤリと笑う。
時として個々の戦闘力が求められる兵士ではあるが、戦争となると統率力がものを言う。そのため協調性を高める目的で、俺たちは様々な訓練を受けてきた。
まあ──
「──おかげでかなり成長できたけど……特に『野営訓練』は地獄だったな。エディは上官に殺されかけてたし」
「ははっ、あれはお前が悪いんだろっ! 勝手になんでもやっちまうからオレがサボってるって言われてよ。まだ許してねーからな!?」
「もう何回も謝ったんだから、いい加減許してくれよ……。俺だって反省はしてるんだしさ……一応。あの頃はまだ、集団意識ってのが足りなかったんだよ」
「おっ、非を認めるっつーならオレも許してやるよ、一応な」
得意げな顔をするエディは、さっきまでとは違い少しずつ顔色が良くなってきている。どうやら持ち前の元気を取り戻し始めたみたいだ。
俺が鼻で笑うと、彼は再び夜空を見上げた。
「……数合わせってつっても、死ぬかもしれねぇわけだろ? だから変にビビってたけどよ……目、覚めたわ。ありがとな」
「お、おう」
突然柄にもなく、感謝の言葉を受けたので変に照れ臭い。
こいつと出会って期間こそ長くはないが、共に厳しい訓練を乗り越え、【両手剣使い】ということで同じ部隊に配属された、新天地で唯一の気が置けない人物だ。
できればこの戦争を生き抜いてほしい。
だから少しでも気が晴れたと言うのなら……良かった。
「でな? 明日はオレもお前も自分のことで精一杯だろうが、千か二千だ。どっちかがそれだけ倒れたら、戦争が終わるって上官が話してた。だから……頑張ろーぜ」
「おう、だな。全力で戦って……」
両国ともに軍勢はおよそ一万と聞いている。エディによると、そのうち最高二千人が倒れたら勝敗が決まるそうだ。
俺たちは大量にいる兵士の中の一人。最も階級が低く、数を増やすために急遽戦場に向かうことになった新人兵。
この戦争の全体像を掴めるほど情報は持っていない。
ただ────戦う。
金があれば自分用の武器を買うことは許されているが、武器というものはなんであれ、命を預ける物なのだから安価なものはいただけない。
今現在、持っているのは使い回しのボロい剣と、頼りない鉄製の帽と胸当てのみ。自分で買えるものよりはマシだとはいえ、正直不安になる。
戦争においては消費される、駒に過ぎない軽い命。それでも自分にとっては替えがきかないたった一つのもので。
──絶対に生き延びよう。
口にはしないが強く願う。
「「武運を」」
俺たちは拳を上げ、コツンッと軽くぶつけ合った。
一ヶ月。
異国の地で兵士になり初めて剣を学んだ。
エディと別れ……一人になった俺は、自分の中にある不安に勝る感情に気がついた。
『実戦は魔物で……と考えていたが、戦争だ』
帝都に来て十日後。
『発展』に関する異変に俺が驚いていると、完璧なタイミングで現れたオラーゼ隊長は言った。
『初めさえ気を付ければ、一気に強くなれる。数を稼げるいい機会だ────強くなってこい』
そう……『発展』はあの
覚醒し、その能力が明らかになり始めたのだ。
帝国領土内には多数の民族がいるため、国内情勢が安定しない中での進軍となった今回の戦争。
俺は──強くなる。
明日は戦。
銀塊はまだ、手放していない。
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