第2章 静かな騒動

第18話 日常

 太陽が沈み、帝都は開放感に満ちた喧騒に包まれる。


 ここに来て期間が短く、俺は勤務時間外も自主訓練に励んでいるので、まだこの街のことをよく知らない。

 時々行く買い物。あとは……今日はみたいな巡回。少しずつ、いま自分がいる場所のことを知っていっている。


「班長。カッコよかったっすねっ!」

「あ、あぁー。……ありがとう」


 隣を歩く細身の兵士に声をかけられ、素直に感謝の言葉を述べる。


 治安維持のための兵士による見回りは、一定階級以下の兵士たちが大きな組に分けられ、ローテーションで担当時間が変わっていく。定められた時間内、組内で三人一班になり、指定された場所を歩き続けるのだ。


 その中で俺は、階級が上がったことにより班長になった。

 つまり、部下が二人できた。


「副班長も見てたっすよね!? あの、シュバババってやつ!! どうすか? 凄くなかったっすか!?」

「う、うん。僕も見てたよ。確かに、あれは凄かったなあー。なんていうか……本当に凄いって感じ」

「そうそう──ってそれ、同じじゃないっすか! 何も言い換えられてないっすよ……もうっ」

「ご、ごめん……」

「い、いやっ。謝らないでくださいっすよ! 副班長はオレの上官っすし、せっかく体が大きいんだから堂々としていてくださいっす!! そしたらさっきみたいな事にはならなかったっすし……」

「た、たしかに……僕のせいで……」


 三人だけの班で、副班長のモーグE上級。

 そしてたった一人、平のリステE下級。


 騒がしい歓楽街を歩く中、後ろで二人がとめどなく話しを続けている。


「はぁ……」


 そんな状況に、俺は何度目かのため息をつき、呆れながら振り返った。


「……お前ら、ちょっとは黙れないのか? 今日でもう、えーっと……一、二

……三回目だぞ?」

「す、すみません班長っ! 副班長の、僕が注意しないといけないのに……」


 注意するとまず初めに慌てて頭を下げたのはモーグだった。

 リステがさっき言っていたことは内心かなり的を射ている思ったが、こいつは体が大きいのにどこかとしている。人として心優しいことは美点になるが、兵士の場合、気弱なことは欠点になる。


「いや、モーグが取り合うのも問題だけどな……リステ、お前だよ。もっと落ち着かないと何かあったときに対応できないだろ?」

「はい……申し訳ないっす。つい、テンションが上がっちゃって……」


 名指しで言うと、リステは急にしゅんとした。

 普段から元気がよく、少々騒がしいが決して悪い奴ではない。そうわかっているからこそ、反省していると見ると俺はつい許してしまうのだ。


「おう、まあ……これから直していけばいいさ。じゃあ──交代の時間だ。帰るとするか」

「は、はいっ」

「はいっす!」


 空には月が浮かんでいる。

 故郷のトリン村で見ていたものとまったく同じ月が。


 仕事を終え、俺は今からオラーゼ隊長との訓練に向かい、一対一マンツーマンで体術を教わる。それから自室に戻るとベッドに入って泥のように眠り、朝が来たらまた勤務。あれ手合わせから俺はそんな、体力の限界を確かめるような毎日を送っている。


「もう、一週間か……」


 次の班との交代場所に向かう途中、ふとそう独りごちる。


 手合わせの日から時間が流れた。

 あっという間だった気もするが、思い出してみると限りなく濃密な日々だ。


 実戦経験の少ない俺は、体術を学ぶことで戦法に幅ができてきた……と思う。たぶん。特にリーチや体重が同じくらいの対人戦では、有用な術になるだろう。


 実際に今日、道の真ん中で騒ぐ酔っ払いたちを注意したところ、酒臭い男三人に一斉に絡まれた。それを簡単に、大きく傷つけずに一人で対処できたんだから、かなり成長したものだ。


 まあ、といっても……そのせいでリステが騒いで、部下を注意する羽目になったんだけど。

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