第19話 騒ぎ

 交代と班の解散を済ませ、酔っ払いたちから取った罰金を所属する組に渡す。

 それから訓練用着に着替え、軍が所有する、兵舎などが含まれる広大な土地の一画……人気がなくなった大きな広場でオラーゼ隊長と落ち合った。


「今日は少し遅かったな」

「すみません。酔っ払いに絡まれたので罰金が……」


 話をすると、隊長は楽しそうに笑った。


「ま、酒を飲んだ一般人程度、勝ってもらわんと困るからな。じゃあ今日も始めるとするか」

「はい。よろしくお願いします!」


 訓練開始直後は、口や見本で教えてくれようとしていた彼女だったが、『』とのことで、結局俺が見て盗む、という形に落ち着いた。体のいたる所に痣を作りながら、学んでいく。


 どうしてもうまくできないことがあれば、そのときは特別に口で説明してもらっている。

 しかし隊長は感覚派のようで、効率は最悪だ。


 突きや蹴りだけでなく、身のこなしや払い。

 成長速度の速い『発展』に頼りすぎ、疎かになりそうだった本来の実力を、この訓練で俺は得ていた。


 互いに構えると、オラーゼ隊長が手で『かかってこい』と告げる。


「──ふッ」


 それに応え、俺は飛び込んで右中段突きを放つ。

 しかしそれを隊長に軽く払われ、崩れるバランス。

 さらに足をかけられて勢いのままに倒れ──蹴りを入れられる。


「ぐふぇっ」


 早速涙目になりながら、今日も訓練が始まった。




 ◆




 いつものように就寝前、今日学んだことを頭の中で復習し、それから眠りに就こうとしていた。


 少し身を動かしただけで体の節々が痛む。調子が良かったので、攻めすぎたのが祟った。まさかこんなにボコボコにされるとは……まだ、隊長の足元にも及んでいないな。


 俺はベッドの上で横になり、目を閉じる。酷使した肉体は重い。


 普段なら次の瞬間、目を開くと朝になっている──のだけど、今日はなかなか寝付けない。

 なんせ……のだ。


「なんだよ……迷惑だなぁ」


 苛々しながら眠ろうと必死になる。

 目を開く、閉じるを数回繰り返し、それでも眠れなかった俺は仕方なく体を起こすことにした。


「〜っと」


 大きな石でも背負わされているのか。

 そんな風に思ってしまうくらい、体を動かすのが苦痛だ。


 窓辺まで寄った俺は、とりあえず窓を開け外に身を乗り出し、顔を左右に振って様子を確認する。

 ──と。


「……?」


 この時間帯は日中働いた者たちはぐっすりと眠り、夜勤の者たちはとっくに出払っているはずなんだけど……。


「あと少しだ、頑張れッ!」

「誰か!! ベッドの空き状況を確認してこい!」

「お、おいっ! こいつ意識がないぞ!? 急げ! 急ぐんだっ!!」


 兵舎の前の道を通って、軍兵用看護室がある建物へと入っていく一団。

 街路灯に照らされ、担架に乗せられている兵士たちが苦しそうに藻掻いているのが目に入った。


 ──行くか。


 どうせ明日になったら何があったのかわかるはずだが、見たからには行かないわけにはいかない。


 大勢が押し寄せては問題だ。けれど……たぶん、階級的には問題はないはず。

 立場的にも、個人的にも何があったか聞いておきたい。


 俺は疲労した体に鞭を打ち、部屋を出て看護室へと走った。

 部屋がある棟が最高階級でD上級──つまり俺たちなので、廊下や階段で同じ方向に向かう者の姿は少ない。

 兵舎の門を抜け、小走りで移動する。


 看護室付近に辿り着くと、次々に運ばれてくる負傷した兵士たち。

 数はざっと十人くらいだ。


「これは?」


 左肩の階級紋を確認し、手伝いをしているE上級兵に話を聞くと、


「ゴブリンを討伐しに向かった一個分隊がオーガと遭遇。長時間の戦闘の末、敗走したとのことです!」


 早口でそう言って、慌ただしく走り去っていった。

 包帯を巻かれ、治療を受ける負傷兵たち。

 呻き声と指示を出す叫び声。


「特殊個体、か」


 騒がしい一帯で、俺は端に寄ってその言葉を思い出していた。


 話には聞いているが、実際にこの目で見たことはない。

 通常のオーガなら一個分隊でも十分対応できたはずだが……稀に出現する特殊個体となれば、話は変わってくる。


 ──通常体よりも賢く、凶暴で強い。


 魔物の死体などから発生し、魔法使いが魔法を行使する際に使う。空気中の魔素濃度が高いと特殊個体は生まれる、と聞いたことがある。


 早急に対応しなければ民たちに被害が出るかもしれない。

 自分が農民だった頃、そんなものが現れたらどれほど恐ろしかったか。想像し、戦いの外にいる人々のことを考える。


「大丈夫だといいんだけど……」






 翌日、俺は討伐部隊に召集された。

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