第20話 早朝の出立

「本『オーガ特殊個体討伐作戦』に当たる、小隊長に命じられたシルヴィアだ! 階級はC級・軍人候補生ッ。全力を持って、任務を遂行する!」


 帝都近郊での特殊個体出現という、一刻を争う緊急事態に、各々上官から召集命令が下り、早朝の広場に集められた俺たち。

 数は前方で体の後ろで腕を組み、大きな声を上げる小隊長を含め五十一。

 十人で構成される分隊が五つに、隊長を入れた一個小隊規模だ。


 空に夜が残るこの時間帯は、澄んだ空気もまだ少し肌寒い。

 芝生の朝露で、靴が濡れた。


「討伐対象は帝都北にある森林内で確認された! 機動性と戦力のバランスを考え【両手剣使い】分隊二、【弓使い】分隊三の編成で向かう。貴様たちは上官の推薦で選ばれたそうだからな……敗走は許されんぞッ! わかったか!?」

「「「はッ!」」」


 横に十人、縦に五列に並んだ俺たちの前で、左右に歩きながら唾を飛ばす小隊長。その険しい表情から繰り出される言葉の数々に、一斉に応答する声が響いた。


 小隊長の彼女──シルヴィアC級は、一列目の右端に立っている俺の前まで来ると、ぴたりと足を止め、鼻息がかかるくらいの距離まで顔を近づけてきた。

 そして、身の毛が弥立つような視線を向けてきて……。


「貴様が……レイD上級か?」


 少しトーンを落とした威圧感たっぷりの声音。気の強そうな切れ長の瞳に、腰まで届く美しい銀髪。目線が同じくらいの高さで、顔が……近い。


「はッ。そうであります!」


 女性軍人は数が少なく珍しい。

 そのため彼女はちょっとした有名人だ。

 噂によると俺の一歳ひとつ上らしい。


 年の近い美しい少女に顔を近づけられたら、普段ならドキリと胸が高鳴ったりするかもしれないけど、彼女に対してはそれよりも先に『恐れ』が来る。

 。それがシルヴィアC級の下馬評だ。


「……そうか。オラーゼB中級の期待、裏切るなよ?」

「──はッ!!」


 彼女にジロリと見られた俺は、視線をまっすぐと前に向けたまま、腹の底から声を出して答えた。


 俺がオラーゼ隊長の推薦で召集されたことを、ご存知のようだ。

 至近距離で睨みを利かせられ、ほんのわずかな無音の後、C級は離れていく。


 しかし。


「ふぅ──ぅんぐっ!?」


 緊張感から解放され、安堵の息を吐いてしまった俺は。

 去り際に彼女からまた鋭い睨みを頂戴し、足を踏まれてしまい──。

 骨が粉砕するのではないかと思うくらいの痛みに、声が出そうになるが必死に堪える。涙を浮かべながらも背筋を伸ばし、歯を食いしばって。


 隣に立つ、共にオラーゼ隊長の推薦で招集されたエディが吹き出しそうになっているのを確認して、後でぶん殴ってやると思いつつ。なんでこんなに目をつけられてるんだよ……などと初対面のはずなのに、やたらと当たりの強いC級に不満を抱く。


 そしてなんやかんやで集会は終わり、装備を確認した隊は早速帝都を発つことになった。




「おい、レイ。お前……何やったんだよ?」


 街を抜ける最中、エディがニヤつきながら近づいてきた。


 俺とエディは今回、【両手剣使い】で構成される二つの分隊をそれぞれ任されることになった。なので後ろに続く分隊員を引き連れなければならない。初めての経験に、こいつは緊張したりしないのだろうか?

 まったく、気楽そうなものだ……。


「んだよ……」

「ふっ、わかってるくせによ。ほら、シルヴィア隊長のことだ」


 少し不機嫌に尋ねると、近くにいる兵士たちを気にした様子で、エディは肩を組んで来てそう耳打ちしてくる。


「なんかしたなら早めに謝っといたほうがいいぜ。話によると士官学校時代に十人以上、怒りを買った愚かな連中が葬られたらしい」


 エディは列の先頭を行くC級に目を向け、「まっ、出世株の上官に違いはねえから、気に入られておいたほうが得だろ?」と続ける。

 俺は肩に乗せられた腕をどかしながら、そのいつもと変わらない、芯の通った出世欲に関心半分呆れ半分で、


「お前、ほんと詳しいよな……そういうの」

「オレはレイと違って、手広くいろんな奴と交流があるからな。どこかの訓練バカとは同じにしないでくれよ」

「…………ちっ」


 隣を歩くエディの足を、タイミング良くさっきのC級にやられた時に楽しそうにしていた恨みも込め、踏みつけてやった。


「──痛っ?! テメエ……やりやがったな!」

「ふんっ、お返しだ」


 片足を抱え込む様に痛がるエディは、もう片方の足でぴょんぴょんと跳ねながら道を進む。

 それを見て満足気に笑おうとしていると──



「──そこッ! やかましいぞッ!!」



 いつの間にか前進していた列が止まり、距離の縮まった先頭から、苛立たし気な叫びが聞こえてきた。俺とエディは瞬時に二人して顔を青くして、鏡写しのように視線を声の主へと向ける。

 するとそこには、鬼の形相でこちらを見つめるシルヴィアC級の姿が。


「「っ、申し訳ありません!」」


 俺たちは背筋をピンと伸ばし、慌てて謝罪した。


「貴様ら……私が隊長だからと、舐めているのか?」


 カツカツと石畳道を大股で歩き、接近してきた彼女は目前で急停止すると、本日三度目の深い闇のような怒りを孕んだ瞳で、俺たちを交互に睨んだ。

 目の奥の方を貫くみたいな睨みに、俺とエディは同時にぶんぶんと首を大きく横に振る。


 それからしばらくして。

 まだ早朝のため人の行き交いは少ないけれど──周囲に集まった街の人々の視線に気がついたC級は、


「あまり調子に乗るなよ」


 一言だけそう言って、列の先頭に戻っていった。

 再び動き出す列の中で、他の兵士たち──もちろん自分の分隊にいる者たちにも──に「御愁傷様」といった苦笑を向けられる。


「レイ。お前……絶対なんかしただろ」

「だから何もしてないって」

「じゃあなんで──」


 少し遅れ、自分の分隊員たちの前を歩き始めると、C級にバレない程度の小声でエディがなおも関心を持って訊ねてきた。

 帝都の中心を通り、北地区を抜け、門を越える。


「そんなに目、つけられてるんだよ。あの様子だとかなり嫌われてるだろ?」

「いや、本当に……何でか……」


 いくら頭を捻っても、思い当たる事はない。でも、明らかに突出して当たりが強いのは事実だ。


 特殊個体との戦闘を前にして、小隊を指揮するシルヴィアC級との関係など、不安になことはあるが、仕事中は命令に従うだけだ。。やるしかない。


 全力を出して、任務遂行に貢献しよう。

 それが今、俺にできることだ。


 草原を一時間ほど進むと、森が見えてきた。

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国を追われた。敵対国家で最強の軍人になる。 和宮 玄/和玄 @OhNo_ao

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