第4話 決死の蛮勇

「──────」


 『死』が迫ってきていることを感じ、目を見開く。息を吸うことも喉を鳴らすこともできない。


 いつの間にか、残りの兵士は二人になっていた。


 あの赤髪の女性と、大盾を持った男性が一人。

 その彼らもすでに満身創痍で、長くは持ちそうにない。

 獣もかなり傷を負っているが、このままでは皆──もちろん俺も殺されるだろう。


 静かにこちらを向いた魔物。

 進行方向に捕らえられ、俺は終わりを覚悟する。


 しかし──


 兵士たちが尚も果敢に攻撃を続け、お陰で敵の標的は再び彼らに戻った。


「──ハァ、ハァ」


 止まっていた呼吸が再開する。


 一人を岩の影に隠し、逃げる。それどころではなくなってしまった。魔物と俺のスピード差を考えると、今から逃げたとしても確実に手遅れだろう。

 冷静に──いいや、さっき理性よりも感情を優先したんだ。昂りながらそう考える。


 絶体絶命の状況だから仕方がない。

 普通だったら、まともだったらこんなことは決してしない。

 俺はいくつもの言い訳を用意した。


 わかってる。

 これが、明らかに狂った──だと。


 でも。



「──や……やるしか、ないッ!」



 それでもこの場を切り抜けて、生きたいのなら──

 まだ死ねない。そうだろッ!?


 だったら────命を奪え。



 決断を下さざるを得ない状況なんだと、己に理解させるため。必死に用意した言い訳に背中を押されて、俺は運ぼうとしていた兵士をおろし、彼が持っていたを拾った。


 家にあった護身用の物を振ったことはあるが、実戦はこれが初めて。

 剣を力強く握り、走り出す。


 ハイになっていて距離がとんでもなく遠く感じられる。

 もしかすると、まともに走れていないのかもしれない。


 だけど──死の一歩手前まで来たからだろうか、根拠のない自信にあふれている。


 その時。

 ちょうど。


 盾兵にぶつかった魔物が、



『ブアッッ──?!』



 反動で前足を浮かした。


 勢いを殺さず、咄嗟の判断で俺はその下にできた空間に滑り込む。



「うぉぉおおおおおおおおおおおッ!!!」



 魔物の真下で剣を立て、柄頭を地面につけ。

 ──そして。


 剣先が……まっすぐと、落下してくるイノシシの腹に吸い込まれていく。



『!?!? ──グォワアアアアアアアアアアッッ!!』



 皮の抵抗感。

 魔物の自重によってそれを破った瞬間、一気に奥へと突き刺さる剣身。


 獣が、断末魔の叫びをあげる。


 落下してきた巨躯に押し潰される寸前、俺はギリギリのところで魔物の下を通過した。


 すぐに立ち上がって振り向くと、まだ動こうとする敵は──しかし、そこでドスンッと倒れた。

 しばらく観察しようと思ったが、生き延びたことに対する安堵なのか、自分でもよくわからない感情によって足の力がふっと抜ける。


 多分……倒せたん、だよな?


 今になって自分がどれほど危ない橋を渡ったのか、恐ろしさに気づき血の気が引いていく。

 地面に座り込みボーッとしていると……



《魔物を初討伐しました。【職業】発展の準備を開始します》



「…………え?」


 脳内に、声が響いた。


 この現象は話に聞いているレベルアップに似ていて──。

 けれど、【勇者】でもない【両手剣使い】の俺の身に──いくら強い魔物だったとしても──初めての戦いでそんなことが起きるはずはない。


 空、耳……?

 頭が痛くて十分にものを考えることができない。


 俺が混乱していると、唐突に背後からパチパチという音が聞こえてきた。


「………………??」


 顔だけを向け、音の正体を確認し──さらに困惑。


 そこには夢の中での出来事のような、突飛で混沌カオスな光景があった。

 拍手をしながらこちらに向かってくる隊長と呼ばれていた女性。それと……気を失ったり命を落としたと思っていた兵士たちが、「よいしょっ」といった風に立ち上がり、服に着いた土を払っていたりする。


「よくやった。素晴らしいセンスだ」


 と、どこか満足そうに手を叩く女性は俺の前でしゃがみ込む。

 そして、覗き込むようにしてこう続けた。




「──よろしくな、『発展持ち』」

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