第5話 出会い

 初めは聞き間違いかと思った。

 けど、耳にした言葉を頭の中で組み立て、それから再びなぞってみる。するとやっぱりこの人は俺のことを『持ち』と呼んだのだ、そう理解する以外に選択肢はない。


「あの、なんで……その……」

「アタシに答えられることは全て答えよう。だが、少し長くなるからな。こんな場所では何だ。あっちに馬車が待っているからついてきてくれ」


 混乱しながらも何故そのことを知っているのか、訊ねようすると彼女は立ち上がって手を差し伸べてきた。


 同意したわけでもなく、そのオーラに気圧されて手を取ると、俺は軽々と引っ張り上げられる。決して太くはないその腕で、予想していたよりも強く。


「あっ」


 その時、彼女が身につけている銀色のブレストプレートに、帝国の象徴である『交差する三つの剣の紋章』があることに気づいた。


「ん? どうかしたか?」

「ああ、いえ……何でもないです」

「……? そうか。じゃあこっちだ」


 目を瞬かせる女性はそう言って、俺の意思など関係なく、付いて行くことが当たり前といった感じで背を向ける。

 ……帝国軍、か。


 周囲にいる兵士たちも気楽に仲間同士で会話をしながら、同じ方向に向かって歩いていっている。

 さっきまで生死を彷徨っていたと思ったら、すぐにこの状況って……。本当は魔物に殺されていて、俺は夢でも見ているのではないか。そう疑ってしまう。


「おい、どうした。置いていくぞ?」


 追われたとはいえ、俺は王国民。

 帝国とは敵対関係にある国で生まれ育った。


 流石に武器すら持っていない平民に何かするとは思えないが、【両手剣使い・発展】の名称の謎、『発展』とつく職業をどうして俺が持っていると知っているのか……。付いて行くべきか否か、立ち止まって判断に困っていると、先を行く女性が振り返って声をかけてきた。


「す、すみません……いま行きますっ」


 とりあえず他に人がいないこの場所で、今もまだこの集団が危害を加えてくるような雰囲気はない。

 なので何が何だかわからないまま、小走りで追いかけることにした。馬車に乗せてもらえる絶好の機会をやすやす逃したくはない。


 遠くから戦っているのを見た時も思ったが、この隊長と呼ばれていた女性はかなり身長が高い。それこそ男性でも大柄だとされるくらいに。


 褐色の肌に引き締まった筋肉。

 どこか鋭さを感じさせる顔つきも、農民だった俺の周りにはいなかったタイプだ。


 そんな彼女の後ろに続き、少し歩いていくと……一枚岩の裏に三台の馬車が止まっていた。

 兵士たちが次々と乗り込む中、その内の一台──他よりも少しだけ上等なものに俺は連れられる。


「さて、何から話そうか」


 俺たちだけが中に入り、向かい合って腰を下ろすと、装備を外した女性はそう言って長い足を組んだ。


 聞きたいことといえば、何故魔物との戦いで苦戦しているような……おそらくだが演技をしていたのか。あとは『発展』に関することだろう。

 が、その前にまずは初めに聞いておかなければならないことが他にある。


 それは──


「あの、これってどこに向かっているんですか?」


 王国兵に連行されていたときと同じ、カタカタという振動。

 そう、行き先を訊ねる前に馬車がすでに動き始めているのだ。


「ああ……帝都だ。別にアンタに何かするつもりはないから、そこは安心してくれ」


 顔に不安が表れてしまっていたのか、彼女は物柔らかにそう答えた。

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