第6話 新たな人生の始まり
帝都。
大きな都市に行ったことがない片田舎育ちなので、正直興味はある。それに、仕事を得ようと思ったらこれ以上ない場所だろう。
明確な目的地があったわけでもない俺は、帝都に行く馬車を拒むことなく、静かに頷いた。
「そうだな……何から聞きたい? 言ってくれればそれから説明しよう」
「あの……じゃあ早速。なんで俺の【職業】に──『発展』という言葉があるのを?」
「ああ、それはな。とある筋から情報が入ってきたんだ。王国の新代勇者の周りにいる、処分すべきか議題に上がっている人物が──【両手剣使い・発展】という職業を持っているとな」
勇者の、クリスタの周辺人物である俺の職業が……帝国に?
言葉は濁しているけど、情報源が王国内部にいる人物なのは間違いないだろう。間諜がいる、ということなのだろうか。
変に首を突っ込むことではないので口を閉じて次の言葉を待つ。
すると彼女はニヤリと笑って、
「だから──帝国方面に追放するように仕向けた」
「……え」
帝国方面に追放するように、仕向……けた?
俺が生まれ育った家を出ることになったのは。父さんと母さんとの思い出が詰まった大切なものを売り払うことになったのは。
無意識に首にかけている小袋を握る。
この中に入っている金属に変えないといけなくなったのは……この人たちの仕業だったのか?
そう思うと、心の底から怒りがふつふつと湧いてくる。
「だ、だったら。国外追放になったのは──っ」
「いや、残念ながら帝国は関係ない。王国がアンタを追放しようとしていたのは事実だ。ただ、アタシたちはその情報を聞いて連行先を操作させてもらったがな」
俺は目の前にいる
腰を浮かした俺を手で制した女性は「……それにしても幸運だった。奴らはまだ情報を得ていないようだがな」と話を進める。
「アンタが持つ『発展』には、【職業】によって頻度が異なるとはいえ──段階的に強くなっていけるレベルアップとはまた別に、戦うたびに継続的……徐々に強くなっていける能力があるんだ」
「…………? い、いや。そんなことって──」
「信じられないだろう? だが、本当のことだ。教会──『聖職会』と法国が何かを隠していると睨んだ我々は、独自に調査を行っている。まあ……といっても情報流出を危惧してあまり
段階的に身体能力が向上するレベルアップ。それとはまた別に、発展は『戦うたびに強くなっていける』?
あのとき──【職業】を診断されたとき、確かに神官は「何の意味もない、名称の差異だ」と話した。それが本当は嘘で、教会が秘密にしていることがあるとしたら……。いや待て。帝国軍内部でもほとんどの人が知らないという情報を、どうして俺にあっさりと伝える?
貴重な情報をあまりに簡単に教えられ、目の前にいる女性を訝しむ。
馬車の揺れに身をまかせながら口を閉じてあれこれ考えていると、彼女は外に目を向けた。
「もちろん今回協力させた奴らも何も知らん」
同じ方向に向かって走る二台の馬車。その中に乗っている他の兵士たちは、詳しい事情を聞かされずに協力したらしい。
そこで俺は、「そういえば」と思い出した。
「あの、さっきの魔物との戦いって──」
「アンタを試す寸劇だ。本当にやばそうだったら助けて、そのまま何も知らせずにどこかの街へ連れて行くつもりだった。死なせるのは問題だが、必ずしも『発展』について打ち明けて事に関わらせる必要はないと考えていたからな」
やっぱり、演技だったのか。
彼女が岩山にぶつかるのはそうだと知ってもなお心配になる程の衝撃だったが、初めての魔物との戦いに俺の視野も狭くなっていたのかもしれない。あの時はまったく気がつかなかった。
しかし……『発展』を持っているからと言って、絶対に干渉する、ということではないようだ。
「だが、戦えるだけの適正──『勇気』を見た。国を追われて職を求めているんだろう? ……どうだ」
彼女は少しだけ身を乗り出す。
そして俺の『蛮勇』を『勇気』と呼んで、まっすぐと目を見つめてきた。
「帝国軍に──入隊しないか? 死んだらそれまでだが、強くなれる可能性は十分にあるぞ」
早死にするのがオチだ。そう考えて兵士はないなと思っていた。
けれど、現実的に考えて、何の伝手もない新天地で生きていくことは難しい。
彼女が話す『発展』に関する話をうまく信じることはまだできない。それでも脳内に響いたあの声が何かがあることだけは示していて。
強くなれる可能性を感じ取り、俺は悩む。
結局、遠い昔に諦めた『特別』な存在になれるかもしれないと知って、舞い上がっているのだろう。
ここはしっかりと、落ち着いて考えないと。
例えばここまで話を聞いた俺が、「やめておきます」と答えたらどうなるのだろうか。捕らえられる? それとも普通に帝都で解放される?
他に道がないと決めつける必要はないが、自分が『どうしたい』のか。
俺はしばし目を閉じて、考えに考えた。
そして──
「よろしくお願いします」
彼女と目を合わせ、決断を下す。
農家とは違って命の危険が伴う仕事だ。
しかし、やりたいと思った。食べて生きるため……だけではなく、強くなりたい。力が欲しい。
無力な自分に悔しい思いをした経験が、故郷を去ることに繋がったのだから。
彼女が手を差し出してくる。
「よろしくな、レイ。オラーゼだ」
さも当たり前のように名前を呼ばれ、俺は苦笑を浮かべる。
どこからどこまで情報を収集しているのか。もしかすると、他にも思いもよらぬことを知られているのかもしれない。
「……名前、知ってたんですね」
強さを感じるその空気に、頼もしさを覚える。
俺は握手に応じた。
力強く握り返してくるオラーゼさんの手は、硬い剣士の手をしていた。
いくつかの村を通り三日。
辿り着いた帝都で入隊し、俺は軍人になる。
それは新たな人生の始まり。
一ヶ月後──俺は戦場に立っている。
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