第12話 興味深い

 ボディア公国との戦から二日後。

 帝国軍司令部の一室──その広い室内にオラーゼはいた。


「そうか、生き延びたか」

「はい」


 豪奢な机の向こう。

 椅子に腰を下ろした壮年の男が、姿勢を正して立つオラーゼの言葉を聞き思案に耽ている。


「報告ご苦労! 順調なようで何よりだ」

「はっ! ありがとうございます」


 しばしの後、顔を上げたその銀髪の男にオラーゼは敬礼をして応える。


 と、そこで……空気は一変し、少しだけ緩いものへと変化した。それは軍人同士の職務上の会話を終え、個人間での会話に移行したことを意味している。


「しかしそうだな……。そのレイとやら、お前が見てやってくれないか?」

「アタシが、ですか?」

「ああ。上手く導かねば『中身』が空洞になりかねん。そんなガラクタになっては、損をするのは我々だ」


 男──ゲルト帝国軍『大将』、ノーマン・グレイラットは報告に聞いた戦場でのレイの活躍を思い浮かべる。


 多数の敵を倒したそうだ。だが中でも、旅団長級を撃破したとは驚いた。

 殊勲上位に入るであろうレイの活躍に、期待を込め、さらにこれからのことを考え提案する。


 オラーゼはそのことに内心驚きながらも首肯する。


「わかりました。では、すぐにでも行動を」

「よろしく頼む。当然だが自分のことも疎かにするなよ? 『発展持ち』は恐ろしい速度で成長していくからな。気を抜いていれば、数年でお前もその少年に追いつかれるだろう」

「ええ、それはもちろん。まだまだ強くならないと、死ぬことさえままなりませんから」


 強くなることで死に場所を選べるようになる。このままでは果てしなくかもしれない。

 そんなオラーゼの戯言に、ノーマンはふん、と鼻を鳴らした。


「お前も言うようになったな」


 どんな時でも厳しい顔を崩さないノーマンが、わずかに顔を綻ばせる。

 しかしそれはほんの一瞬のこと。


「で、体の調子は」

「ここ最近は特に安定しています。本当に、何の心配もいらないほど」

「そうか……。もしも何か問題があれば遠慮なく私に言ってくれ。家の者たちが手を貸すことだってできるんだからな」


 気遣うようなその問いに、オラーゼは心配は無用と言葉を連ねる。

 それからノーマンの後ろめたさを孕んだ声かけに、深く一礼をした。


「ありがとうございます」


 弱弱しい顔つきになったオラーゼの、心からの感謝の言葉。

 顔を上げた時にはいつもどおり、こちらもまた、もとの『強い人物の顔』に戻っている。


 重くなった空気を切り替えるように、オラーゼは口を開く。


「それにしても先の戦争……勝利に終わったとはいえ、公国には本当に手を焼かされますね。こうも頻繁に余計な手出しをしてくるようになるとは……」

「軍事力では我が国が優っているとはいえ、公国と王国の同盟は厄介だな」


 ノーマンの顔に影がさす。


「可能な限り早急に、『発展』と法国についての調査を進めたいが……諸国の動きに国内情勢。なかなか私の手も空かない」


 しかめっ面になったノーマンは、それから「もうじき」と続けた。


「お前にはまた遠方に行ってもらうことになるだろう。何やら『』がきな臭くてな」

「東、ですか。はあ……本当に厄介なことばかりですね」


 すぐに何を指しているのか理解したオラーゼは、困ったとため息をつき、肩を落とす。


「その時は少年と、ついでにも連れて行ってくれ。彼らにとって良い経験になるはずだ」

「はい」


 オラーゼは頷き、それからレイの姿を思い浮かべた。


「入隊してもなくなりましたし、アイツレイにはどんどん力をつけて貰わないと」

「そうだな。だからこそ良き仲間ライバルと良き指導者コーチが必要だ」


 オラーゼの顔を見るノーマンは、念を押すように丁寧に言葉を発する。


「……頼んだぞ、オラーゼ」


 再び凛とした表情に戻ったオラーゼは、敬礼をする。誠心誠意、この人の思いに応えようと。


「はっ! ご期待に添えるよう、全力を尽くします。!」




 オラーゼが退室した後、部屋に一人残ったノーマンは、未来を予想し呟いた。


「──興味深いおもしろい


 ようやく時代が動き出すかもしれない。

 想像以上の興奮に、思いの外大きな声が出てしまい……ノーマンは静かに苦笑した。

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