第11話 武勲を立てろ

 この場にいる仲間の中に、俺よりも強い奴はいないのだろう。皆が武器を構えまま呆然と立ち尽くしている。

 だから加勢は期待できないだろうな──そう思った時だった。


「オレも行くぜ、レイ」


 隣に並ぶ兵士が一人。

 敵から目を逸らせないため、顔を確認することはできないが……この声はエディだ。


 出世欲が強いこいつのことだから、手柄を上げるために強敵がいる場所に駆けつけたのだろう。

 まったく、あんなにビビってたって言うのに──


 最高の『勇気』だ。


「エディ……一発でもまともに喰らったら終わりだ。気をつけろよ」

「おう、任せとけって」


 俺たちは剣を構え敵に対峙する。

 その様子を見て、公国兵の大男は不気味に笑った。


 そしてこのタイミングでずっと考えていた、たった1ポイントだけ使えずに持っていた発展ポイントを──俺は《力》に使用した。

 連携が取れる味方がいるとなったら、あとは少しでも敵の力に押し負かされないようにするだけだ。


 すうぅっと息を吸い、大声に乗せて──吐く。


「行くぞッ!!」


 同時に駆け出す俺とエディ。

 二振りの剣が敵一人に向かって攻撃を仕掛ける。


 やはり現在、俺の方がエディよりも実力が上のため、それをすぐに理解した彼は後ろについてサポートに回る。


「うぉおおおおおおおお!」


 速さに乗せた、力任せの一撃。

 俺の先制攻撃は敵に受け止められ、すんでのところでバックステップし、反撃を躱すことになる。


「っ!?」


 しかし、さらに踏み込んで来た敵兵の一閃に俺が捉えられ────エディが間に入って剣を振った。そのおかげで相手は急停止し、攻撃の手が止まる。

 互いに相手の間合いの中で、死と隣り合わせの攻防を繰り広げる。


 と── 一度敵が下がると見せかけた瞬間、不安定な姿勢から繰り出した蹴りに。


「──ぐふっ!!」


 ダイレクトにそれを腹部にもらい、エディが飛ばされた。


 だが──俺は彼にもらった隙を逃すことなく、すでに敵の後ろに回って剣を振っている。


「っ!」


 防具の隙間を狙って、フルスイング。

 敵を断つ思いで放った一振りは、しかし思いの外手応えがない。


 ……避けられたッ!?


 いや、切っ先についた赤い血液が宙を舞っている! よしっ。浅かったけどたしかにダメージを与えられたんだ。

 と、思った瞬間。

「あぁ……私は──生きてるッッ!」

「────!?!?」


 今傷を負ったばかりの大男が、目にも留まらぬ速さで急接近して来る。


 気が抜けてしまっていた一瞬で、気がつくと目の前に剣が迫っていた。

 さぁあっと冷や汗を掻き、なんとかぎりぎりで剣を間に合わせる。


 ぶつかり合った二つの剣は、今日一番の甲高い音を鳴らし──



 



 …………やばい。


 愕然とし、目を見開き、息を呑む。


 もう、終わりだ。ここまでなんだ。

 周りで倒れている人たちみたいに、戦場で、初めての戦争で命を落とす。

 と、時間が延びる感覚を味わい、俺の思考は加速していく。


 考えられる量が増えるなら──持ち直すことだって、できるはずだッ。


 終わる……いや、まだ死ねない。死にたくなんてない。

 ここで死ぬなんて、絶対に嫌だ!

 無力のまま、諦めることはもう厭なんだ!


 巡り巡って辿り着いた答えは──


『強くなって生き残る』


 自分自身、飽きるほど思い続けたこの意志に、絶体絶命のこの瞬間、当然のように帰着する。


 再び体に熱が宿り、消えかかっていた『生への渇望』が蘇る。

 筋肉から抜けかかっていた力が、まだ終われないとその場に留まることを決めた。


 一瞬。


 勝利の予感に導かれ、一度は弾かれた剣を満足そうに笑って振り下ろす男。

 俺は、目を見開きよく観察した。


 見逃してたまるか。絶対に、失敗してたまるものか。


 完璧な角度、完璧なタイミング。



 半分ほどの長さしかなくなった剣身で────敵の剣を、



 シャンッと音を鳴らし、滑る敵の両手剣。

 唐突なに目を見開く男は、そこで。


 背後から迫る剣に──斬られる。



「っしゃあッ!! お返しだァッッ!」



 視界の端で蹲っていたエディが立ち上がり、駆けてくるのが見えていた。

 で来てくれたエディに感謝し、俺は呻く男に止めを刺す。


 反撃のチャンスは与えず、高い集中力を保ったまま。ボロボロになった両手剣をで振る。




《発展ポイント:10 を獲得しました》

《格上撃破により、発展スキル:【危機一髪の回避】を取得しました》



 

 結果、生き残ったのは──俺だった。


 強者でさえ、人は呆気なく死ぬ。何もしなければ与えられる『死』に到達する時間は皆同じだ。


 これで10ポイントだけかよと思うより、《発展スキル》というものが何なのかと考えるより、俺は何よりも先に、腹の底から湧き上がる『喜び』を感じた。

 顔を向けると、エディも同様に間の抜けた表情でこちらを見ている。


 俺たちは──もちろん周囲を警戒しながら──勢いよくハイタッチをした。



「「よぉっしッッ!!」」



 拳を握り、束の間の喜びに浸っていると……その時ちょうど。

 遥か遠方の空に煙が上がる。


 それは──我が軍の勝利を告げる合図。


 なんとか……生き残った?


 周囲で歓声が上がり、命を無駄に落とすことはないと戦いが終わっていく。

 そんな中、俺は『本当に2ポイントだけでも《器用》に振っておいて良かった』と、一人胸を撫で下ろしていた。


 でなければ、敵の剣を逸らすことはできず、死んでいたかもしれない。


 あんなの、神業のようなものだ。

 自分でもぞっとするくらい奇跡に、今後は五つとも、もっとバランス良く能力値を上げていこうと決意する。


 とそこで、解放感や神経の高ぶり、絶体絶命の状況におかれていたこともあり、俺は吐き気を催す。


「──うえっ」

「おい、大丈夫かよ……」


 えずきながらエディの声に頷く。



 これが……戦争か。

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