第16話 エディ

 その日の午後。

 兵舎に戻ったエディは早速レイの話を耳にした。どうやらオラーゼ隊長と手合わせを行い、完敗を喫したらしい。


「はぁ……あのレイのやつでも敵わねえのかよ……」


 上に立つ者の強さに、これからの道のりの長さを実感する。

 精神的疲労を癒すため、勤務時間まで自室のベッドに横たわることにしたエディは、寝返りを打ちながら頭痛を覚えた。


 もっと偉くなりたい。

 昇進して、金を稼ぎたい。


 風に揺れる窓。

 小さく切り取られた空を見上げながら、いつも抱いている焦燥が大きくなっていく。オレならできるはずだ、と根拠のない言葉を自分にかけ、エディはゆっくりと瞼を落とす。



 そして、夢が始まった。



 自分の生い立ちと、入隊してからのほんの少しの時間。今のオレには帝都ここに来てからの方が濃く感じる。いや、昔の記憶が淡くなっちまったのか……。


 エディは帝国の南西部、名も無き小さな村にある小さな孤児院で育った。当然だが、生まれは知らない。

 一番古い記憶は、同じ孤児院にいた兄貴分──ロッシュとの会話だ。


「お前は強くなるよ、きっと」


 エディはいつもロッシュの後ろをついて歩いていた。

 あの時は多分、自分が三、四歳だったから、ロッシュは十かそこらだったはず。だけどエディには彼がとても大きく見え、頼もしく、そして優しく感じられていた。


「どおして?」


 エディは尋ねた。


 本当にあったことなのか、それとも自分が作りだした記憶なのか。今となってはよくわからない。

 けれど少し寂しそうなロッシュの顔と、どこか期待が混じったその瞳は、確かな実感を持っている。


「目が……他のやつらとは違うんだ」

「目?」

「うん。その目が弱いことを嫌ってる。だからお前は、強くなれるよ……きっと」


 『力』というものを意識し始めたのはこの時からだった。強い人間になって弱い誰かを救いたい、と。


 そして最後にロッシュはこう言った。

 これだけは本当にあったことだと、どうしても信じたい。


「──僕らは弱い。実の親がいないからね。でも……強くなれたら自分自身も救えるよ」


 ロッシュは次の冬に死んだ。

 エディの前から姿を消したのだ。


 強い人間になって、弱い誰かを救いたい。まずは……オレ自身だ。


 頭が特別良いわけではなかったエディは、肉体を強くすることを励んだ。

 どこかの商会の護衛にでもなろうかと考えたこともあったが、結局は兵士になることを選択した。


 孤児院は今も金がない。

 畑で野菜を育てているとはいえ、肉は足りないし税金も納めなければならない。


 実親がいないから弱いと決めつけるの違うが、あそこにいる子供たちは確かに親によって社会的弱者にされた。愛してくれる存在がいたとしても、心はいつもどこか空虚だ。

 ロッシュが言いたかったことが大きくなった今ならよくわかる。

 実際に、オレはそうだったから。エディは思った。金という手段を持って、救ってみよう。


 兵士になったエディは、黒髪の青年に出会った。

 同じ歳で、同じ【両手剣使い】。レイと名乗ったその少年は、お世辞にも戦闘に向いている体格には見えない。


 暗い性格ではないが、時々彼が見せる寂しさ、怒り、期待。

 そこにロッシュの懐かしさを感じ、今度は隣に立てるのか……とエディは考えたりもした。


 レイは剣に関してはまったくの素人だった。しかし、何故かオラーゼ隊長に目を掛けられている。

 謎を感じるところは多々あったが、エディは深く踏み入れることを避けた。

 誰にでも、話したくないことがあると知っていたからだ。


 レイや他の同期と共に訓練を乗り越え、エディは気がつくと戦場にいた。そしてまた気がつくと、強敵に向かって走り、死にかけた。

 もうダメだ……そう思う瞬間はいくつもあったが、黒髪の青年──レイは強かった。


「あんなに戦えるならなんで隠してたんだよっ! さてはお前、楽するために手ぇ抜いてただろ、訓練中!?」


 後になってそう言ったくらい、剣も……心も。


 結果エディは命を拾い、倒したその強敵が旅団長級だったこともあり、D上級に昇格した。これ以上ない戦果だ。


 褒賞だけでなく、給金の額も上がった。

 だが、現状に満足する気はない。


 実戦をさらにくぐり抜け、これからも昇進し続け、より多くの金を稼ぐ。

 野望に胸を燃やし────



 エディは目を覚ました。


「……んぁ?」


 部屋が赤く焼けている。窓から差し込む光が赤い。

 顔を向けて確認すると、空は蒼さを失い始めていた。


「──っ!?」


 はっと体を起こし、エディはベッドから下りる。


「やっべ……」


 急いで準備を済ませ、買ったばかりの両手剣を携える。

 勤務時間はもう直ぐだ。


 出世の前に、まずは目の前にある仕事をしっかりとこなさなければ元も子もない。部屋を出たエディは、慌てて集合場所に向かった。


「おっ、珍しいな」


 その途中。廊下を走っていると、窓の外、上空に一つの影が見えた。

 あれは……このあたりでは滅多に見ない、毛が生えた小型の飛竜だ。


「──って、急がねぇと」


 目を奪われ、止まりかけた足を再び前に出す。


 俺だって負けてらんねえと、今現在、実力を大きく離されているレイに対し、エディは対抗心を燃やしていた。

 日々の訓練をもっと厳しいものにして、置いていかれないようにしなければ。


 あの──『』の一人弟子。

 オラーゼ隊長との手合わせで、あいつはもっともっと強くなるだろう。


 エディはそう、どこか確信めいたものを持っている。


 何故ならレイのその瞳が、鏡に映る自分のものと似ているから──。

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