第15話 強くなれ!
何故かエディに「お前、結構やばいところあるんだな……」と引かれながら俺は店を出た。
できるだけ良い物を、しっくりくる物を買っただけなのに何でそんなこと言われないといけないんだ……と思うけどまあいい。俺はただ、思い切りのいい買い物をしただけだ。……うん。
エディはというと──結局、金貨二枚の青い両手剣を買っていた。金貨一枚を仕送りする事にしたらしい。
このあと用事があると言うエディとはその場で別れ、俺は兵舎に戻り、早速素振りをしてみることにした。
「ふっ、ふっ、ふんっ!」
兵舎の中庭には、兵士たちのために訓練用の木剣が用意されている。
しかし、俺がいま振っているのは今日買ったばかりの黒剣。
点々と剣を打ち付け合う兵士たちの中で、俺は隅で一人、四方から迫ってくる敵をイメージして、足腰を使って長剣を振る。
流れるような動きで、決してワンパターンにはならないように素振りを続けていると、次第に剣が身体に馴染んでいくのを感じた。
「強く、なってる……」
剣を振り、感じた明確な成長。
先の戦争を乗り越え、俺は強くなった。それも──複数回のレベルアップを経験したかのように。
『発展』のたしかで、そして異常な成長速度。これがあればまだまだ強くなっていける。そう確信する。
戦場で手に入れた《発展スキル》も、いつか使う時が来るだろう。得た情報によるとここぞと言う時に役立つはずだ。
考えること、知りたいことがたくさんありすぎて、無心で素振りを続けることは難しい。
邪魔な思考に集中が切れつつ、とりあえず満足がいくまで剣を振り続けた俺は、ひとまず水分補給でもするか……と一度切り上げることにした。
「うえ……汗すごいな」
素振りを始める前に半袖一枚の薄着に着替えていたとはいえ、気がついたら大量の汗をかいていた。服が重い。
やっぱり部屋に帰って着替えよう。
そんなことを考えていると──ふと、視線を感じた。誰かに見られている。
「……あ、お疲れ様です!」
顔を向けその人物を確認し、俺は頭を下げる。そこにいたのは運動用の服を着た、オラーゼ隊長だった。
「ご苦労、レイD級。……って、そんなに堅くなるなよ。アタシが勝手に見ていただけだからな」
上官にあたるのだから、「こうしたほうが良いだろうか?」と慌てて敬礼をすると、俺の元に歩いてくる彼女は苦笑してそう言った。
「それにしてもいい剣筋だな……。それは?」
興味深そうな視線を向けられたのは、俺が持つ両手剣。
「ついさっき、戴いた褒賞で買いました。かなり高かったんですけどこれが一番しっくりきて」
「まあ、戦う者にとっては命を預ける物だからな。良い物を持っておくべきだ。で……いくらだった?」
「金貨三枚です」
「ほう、金貨三枚か! それはかなりの掘り出し物じゃないか」
剣の道を長く行く人がそう言ってくれるのなら、本当に良い物に巡り合えたのだろう。特別心配はしていなかったものの、あの店を選んで良かったとほっとする。
「そうだ」
と、そこでオラーゼ隊長は何か思いついたようで、立て掛けられている訓練用剣の方に歩いていき……二本を手に持って戻って来た。
そして、
「どうだ── 一本、手合わせ願えないだろうか」
「…………ふぇ?」
あまりに突然の申し入れ。
その真意を測りかね、俺は間抜けな声が反応する。
「どういうことですか……?」
「いや、少し実力を確認しておこうと思ってな。どうだ、アンタも試したいだろ。どれだけ変わったのか」
そう言われると、正直試してみたい。
「い、いいんですか?」
「あぁ、構わない。ただし──全力でな?」
「──っ」
俺が全力でいっても、何も問題はない。
そう言われているようで不思議と血が騒ぐ。
少し力を手にしただけですぐにこれか……と自分でも情けなく思ってしまうほど、俺はオラーゼ隊長の提案に乗り気だ。
投げ渡された木剣をパシッとキャッチし、愛剣を壁に立てかける。
「じゃあ早速──このコインが地面に落ちた瞬間。それが『開始の合図』だ。いいか?」
ポケットから取り出したのは、古びた銅貨。彼女はそれを見せながら説明する。
俺が頷くのを確認すると、隊長は十歩分の距離を取り、こちらを向いた。
変に恐れる必要はない。
だけど、最悪骨折くらいはしてしまうかもしれないな。
突然の空気の変化に、さきほどまではこちらを気にした様子がなかった周りの兵士たちが、口を閉じ視線を集める。
俺が公国の旅団長の首を取った話が広がっているからか、それともあのオラーゼ隊長との手合わせだからか。観戦者たちから向けられる視線は熱い。
激しい胸の鼓動が煩く、俺は大きく深呼吸をする。素振りの疲れは完全に回復してはいないが、そんなことは問題ない。
──俺が勝つ。
勝負の時、どんな状況下においても自分を信じる。
それは、剣を振るようになって学んだことだ。
「いくぞ?」
「はい、いつでもどうぞ」
買ったばかりの愛剣よりは幾段も軽く、少し頼りなく思えてしまう訓練用剣を握りしめ、ぐっと腰を落とす。
直後。
待ってくれていたのだろう。オラーゼ隊長が空に向かって高くコインを打ち上げた。
「すぅ──」
鼻から強く息を吸う。
思考が加速し、世界の音が遠くなる。
空中で回転するコインは、ゆっくりと地面を目指して落下し始め──
様子見はしちゃダメだ。
飛び込んで全力の一撃を決めよう。
後ろに回した右足に体重を乗せ、その
そして────来た。
コインが跳ねる前、接地の刹那に俺は地面を蹴った。
『発展』で上がった《速度》。しかし……反応の早さでは隊長に勝てていない。
ほぼ同時に駆け出した俺たち。
一瞬にして彼我の距離が零へと収束していく。
この勢いに乗せて横薙ぎを──ッ!
「ふんっ!」
剣の速度は──俺が『上』。
彼女は即座に判断し、手首を回して攻撃のために振り上げた剣を守りに使う。
このまま力で押し切って、寸止めで勝ちを決めようか?
次の一手を考える。
そして──
────空が見えた。
「…………え?」
先ほどのコインのように時の流れに抗えず。
しかし思考は加速したまま。
俺はゆっくりと、そして一瞬で──地面に落ちる。
「ぐふっ──」
背中を強打し、情けなく大の字になった俺の首に、スッと当てられる木剣。
「剣に意識を奪われるなよ?」
死を、覚悟した。
それからこれが手合わせだと思い出し、敗北を知った。
そしてようやく最後になって、足を払われたのだと理解する。
「戦っているのは──剣じゃない。アンタ自身だろ?」
倒れても離さなかった剣を。
握っていた拳から力が抜け、落とす。
対戦相手を見上げるこの光景。
鈍く響いた背中の痛み。
図星を突かれた言葉。
その全てが『負』だった。
目を逸らしてしまいたくなる『現実』だった。
「実力はわかった。さあ、ようやくはじまりだ。アタシが鍛えてやる。明日の勤務後、互いがこの世にいたら教えよう。アンタがそれを望むなら」
彼女はそう言い残して去って行く。
あまりに一瞬で終わった手合わせに、観戦者たちの失望──周囲の嗤笑を感じとる。
なんだ、この程度か。
本当に、運だけかよ。
普通に、ダッセェー。
今朝広まった旅団長を倒し一気に三階級昇格したという噂。
その反動で、この『情けなさ』がさらに早く広まっていくような気がした。
「……ふんっ」
わざわざ近くまで寄って来て、倒れた俺を覗き込む男。アンドレがこれ見よがしに鼻で笑い、嬉しそうな顔をしている。
こいつも居たのか……。
けれど、腹が立つことはない。
俺の目には、それがどうでも良いことのように見えているから。
まだ呆然とし、残された俺は倒れたまま呟いた。
『負』を受け止め、『現実』から決して目を逸らさない。
もう、後戻りはできないだろう。
だって……生きるために強さが欲しいんじゃない、そう気づいたんだ。
俺は。
俺は……今。
ただ単純に──
「──────強くなりたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます