第8話 ──突撃せよ

 翌日、澄み切った青空の下。

 平原には張り詰めた空気が流れていた。


 すでに遠くには敵兵たちの姿があり、緊張感が最高潮まで達しているのがひしひしと感じられる。そんな中。


 ──暑い。


 太陽に照らされ、首筋を汗が流れる。

 密集している兵士たちによって辺りの気温はぐんぐんと上がっていた。

 喉の渇きを我慢するように、俺は手に持った剣を握りなおす。


「……いよいよ、だな」


 まだ戦いが始まってもいないのに、暑さにやられて倒れそうになっていると、隣にいるエディが前を向いたまま小声で話しかけてきた。

 会話をしたいと言うより、話さずにはいられない……といった感じなのだろうか。ちらりと目を向けると、張り詰めた表情をしている。


「ああ」


 俺も届くか届かないか、ぎりぎりの声量で返事した。


 【職業】はその武器を使用する上で才能があるということだが、人間が練習をすればできるようになることは多い。新人兵たちは最前線で槍を使い、突撃してきた騎兵などを迎え撃つのが基本セオリーだ。


 しかし……弓や剣などの【職業】を持っている者たちは多く、初めから優先的にそれらの部隊に回される。

 現代では、これが効果的に軍隊を強化する方法の一つとされているそうだ。


 槍兵が三列になった後ろ、俺たち【両手剣使い】は陣形を作っている。

 周囲には訓練中によく見かけたり、会話をしたやつらの姿。誰もが興奮と緊張が入り混じった目をしていることだろう。


 ──そして、ついに。


「オラーゼ隊、前進!!」


 後方からオラーゼ隊長の声が響いた。

 同時に他の隊でも命令が出され、前にいる兵士たち──いや、帝国軍全体が一つのまとまりとなって進み出す。指揮官や各隊長とは違い、俺たちは命令を出されたら訓練通りにペースを合わせて動くだけだ。


 次第に……公国軍との距離が縮まっていく。

 ある程度まで両軍が近づくと。


「止まれーー!!」


 物音が……ピタリ、と消えた。

 そしてまるで──空を切り裂くように、一羽の鳥が大空を舞う。


 それが合図だったのだろう。

 大将? 中将? とにかく今現在ここにいる最も偉い人物が声を上げ──



「────メスィトーーーン突撃ッッ!!」



 かなり遠いはずなのに、はっきりと聞き取ることができたその声に。俺たちは一斉に反応し、自分を鼓舞するため、相手を怯ませるために叫びを上げる。



「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」



 空気が震え、大地が揺れる。

 兵士おれたちは武器を握って走り出した。


 公国軍も叫びをあげているのだろうか、同様に突撃を開始してくる。

 両軍の距離は吸い寄せられるように近づき……ついに、戦端の槍兵たちが──敵の騎兵とぶつかった。

 切り込むように突進してくる敵に対し、彼らは槍を構えて馬や兵士自身を狙う。


「くぅ゛ぁッ!」


 ズブンッと深く槍が突き刺さると、血と叫びが広がった。


 ────が。


 大部分の槍兵は散らされ、敵は勢いよく進んでくる。その間にも敵の騎兵たちは長剣や槍を振り回し、次々と人が死んでいく。

 列が乱れ、隙間が生じると……そこになだれ込むようにして接近してくる公国兵達。


 帝国軍も作戦のもと、騎兵が突撃していることだろう。だが、今はそれを確認している暇はない。

 ついに歩兵同士の戦いが始まったのだ。


 俺がいる場所まで騎兵や歩兵が攻めてくる。


 そして────隣にいた男が死んだ。


「!?」


 馬が通り過ぎる瞬間、ついでのように切り捨てられ地面に伏す男。あまりに突然のことに、驚愕しながら慌てて確認するが…………エディではない。

 すでに敵と味方が入り乱れ、斬り合いが始まっている。


「──っしゃぁああッ!」


 エディはビビりながらも顔を引きつらせ、声高らかに叫び敵を倒していた。

 良かったと安心すると同時に、この場での命の軽さを思い知らされ肝を冷やす。

 目の前で死んだ男も俺と同期の新人兵だ。深く話したことはないが、一言二言、言葉を交わしたことがある。


 俺には帝国に対する愛国心なんてものは全くないし、個人の都合で働いているだけだ。でも、逃げるわけにはいかない。ここで戦って力をつけて……


「生きて帰ろう」


 あの時──魔物に立ち向かった時と同じ。


 紙一重の生と死。

 敵を倒した奴が次の瞬間には斬られているこの戦場で、やってられるかと逃げださず、俺はやってやるよと叫んだ。


「うぉおおおおおおおお──ッ!!」

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