国を追われた。敵対国家で最強の軍人になる。
和宮 玄/和玄
プロローグ 国を追われた先に
第1話 凡人
──俺は凡人だ。
それが、わずか六歳で突きつけられた現実だった。
今でも昨日のことのように思い出せるあの日。
俺は幼馴染のクリスタと共に教会を訪れていた。人がこの世に生まれたとき、神と呼ばれる存在から与えられる才能──【職業】を知るために。
「あ、あああなたの職業は────ゆっ、【勇者】です!」
全ての国で十年に一人ずつ誕生するとされている、誰もが憧れる戦闘職。
言葉が向けられていたのは……俺、ではなく隣に立つクリスタだった。
水晶玉から顔を上げ、興奮した様子の神官が「ああそういえば」と思い出したように教えてくれた俺の結果は──【両手剣使い・発展】。
『発展』という部分が気になったけど、【両手剣使い】自体はおよそ五人に一人が与えられる希少性の希の字もない平凡なもの。細かい名称は異なることもあるらしく、要するに『特別』とは正反対に位置する、ありふれたものだった。
最も仲の良い友達が突然、物語の主人公のように選ばれた存在になる。
すぐ側で見ていたからこそ、幼い俺にも、自分が『特別』にはなれなかったと理解するのは容易なことだった。
【職業】は基本一つの武器に関する才能とされているが、【勇者】は様々な武器を高水準で使いこなせ、さらにはレベルアップ──身体能力向上の頻度も他とは桁違い。
魔物に他国との戦争と、争いの絶えないこの時代で勇者たちは各国の主要戦力としての役目を担っている。
人々の羨望を集め、『選ばれた』という自負を抱いて。
だから数日後にやって来た使者たちに連れられて、クリスタが村を出て行ってしまうのは至極当然のことだったのだろう。
彼女は王都へ行き、国のために訓練を積まなければならなかったのだ。
クリスタと離れ、心にぽっかりと穴があいた生活が始まる。
初めはそう思っていたけれど、ひと月もしないうちに悲しみは消え去り、日常は少しだけ形を変えて戻ってきた。
将来は俺も王都に行って兵士になろう。そうすればまた、クリスタに会えるはずだ。いや、その頃にはあいつも立派な勇者になっていて、簡単には顔を合わせられないかもな……。
時々そんな夢を描いては、時は着実に流れていった。
振り返るとあの頃はまだ、寂しくも幸せは確かにそこにあったのだ。
しかし、俺が十歳になった年──母さんが病に倒れこの世を去り、後を追うように急激に衰弱していった父さんも、その三年後に看病の甲斐むなしく、とうとう帰らぬ人となってしまった。
唯一残された自分が家を出るなら、思い出の詰まったこの家を手放すしかない。いくら考えてもその気になれなかった俺は、王都に行くのを諦め、家業である農家を継ぐことにした。
そして周囲の人々に手を借りながらも経験を積み、ようやく仕事が板についてきた頃──
その日は嵐が近づいていて、家の中で畑の心配をしていた。すると何の前触れもなく、唐突に家の扉がドンドンドンッと何者かに叩かれたのだ。
「こんな日になんだ?」と警戒しながら扉を開くと、そこには一人の可憐な少女。記憶の中の彼女よりもかなり大人に近づいていたが、すぐに誰だかわかった。
ぐっしょりと雨に濡れ、重くなった美しいセミロングの金髪に、ガラス細工を思わせる碧眼。背は俺よりも頭ひとつ小さく、すらりとした身体を包む白と黒を基調とした軍服は所々が泥で汚れている。
彼女はかつて隣にいて、今はもう遠くに行ってしまった俺の幼馴染──クリスタだった。
ひどく憔悴しているようだったので俺は急いで彼女を家に上げ、着替えと温かい飲み物を用意した。
少し落ち着きを取り戻してから話を聞くと、
「あのね……今まで魔物は倒したことあったんだ……。でも、この前初めて敵国の兵士を、人を──っ」
クリスタは敵対する国との戦争で、人を殺めたと話した。
そのことで心を痛め、眠れぬ夜に苦しみ、そしてついには王都から脱走して俺のもとにやって来たと。
「あの時の感触が手に染み付いてて……消えなくて。お父さんたちは『頑張れ頑張れ』って言うんだけど……ねえレイ君……私、もう……無理だよっ」
魔物すら手にかけたことのない俺は、なんと声をかけてあげれば良いのかわからず、ただ……抱きしめることしかできなかった。
嗚咽を漏らす彼女の姿はその武力とは反対に、とてもか弱く見え、俺は『助けたい』と心の底から思った。
でも──すぐに後を追ってきた兵士たちに、クリスタは連れて行かれた。
嵐が過ぎ去った家の中で、俺は自分を呪った。
少しも動けず、何もできなかった無力な自分を。助けるための一歩を踏み出せず、ただ、立ち止まって手を伸ばしていただけの自分を。
そしてこのことをきっかけに俺は──国に目を付けられてしまったのだろう。
勇者は国が敵と定めた対象を倒すために、強靭な心が必要とされている。
つまり、心に『逃げ場』などがあってはならない。
これはあくまで想像だが、何よりも軍事力を欲する国は俺という邪魔な存在──クリスタの心の『逃げ場』を排除しようとしたのだろう。
突然まったく身に覚えのない国家反逆罪で拘束され、「二度と王国領土内に入るな、然もなくば死刑と処す」と国外追放を告げられたのだ。
理解できたのは……ただ、巨大な権力が動いているということだけ。
すぐに殺されなかっただけマシだと思うのか、それともこんな理不尽な状況に怒りを覚えるのか。
俺の頭の中は、あれから不安に支配され続けている。
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