第4話 剣闘士
「あのー、剣闘士ってなんですか?」
「知らないの!?
ああ、そうよね。あなた、異世界から来たものね」
えっ? それは、信じてくれるのか。意外だな。
……あれ? じゃあ、なんで俺はさっきあんなに悪口を言われたんだ?
人間性が滲み出てたのか?
「あのね。剣闘士っていうのは実質、奴隷のことよ」
「ち、違いますよ!」
男は急いで否定したが、がっつり目が泳いでいた。
どうやら奴隷で間違いないらしい。
「街の中心にある闘技場で戦わされる存在で、それ以上でもそれ以下でもないわ。
唯一奴隷と違うのは、奴隷の紋章を押されない、ただそれだけよ」
なるほど。
奴隷の紋章はよく分からなかったが、剣闘士という職業についてはよく分かった。
いわば、見世物になるってことだな。
確実に言えるのは、自分から進んでやる仕事ではないってことか。
「すみません。それじゃあ剣闘士はやめておきます」
「そ、そんな~~」
男の顔が悲しみで歪む。どうやら、本気で俺を当てにしていたみたいだ。
やめてくれ! その表情、心が痛くなる。
「あなたしかいないんです。
あなたがしてくれないと、俺はまたいじめられてしまう」
その言葉を聞いた時、突然、俺の頭の中である言葉がフラッシュバックした。
『そんなことないよ。きっとその子も嬉しかったと思うよ。
だって、私だったら嬉しいもん』
……。
「どうしたの? 急に黙ったりして」
「あー、まあ、一回ぐらいなら剣闘士、やってもいいかな? なんて」
「はぁ??? あなた、ちゃんと私の話聞いてた?? 奴隷よ、奴隷!!
奴隷になるって言うの???」
彼女が俺の胸ぐらを激しく掴む。
「ありがとうございます~~~~~!!!」
対して、男性は俺の両手を握ってくる。
片方には服の襟をつかまれ、片方には両手を握られている、この状況。
せめて逆だったら良かったのに。男に両手を握られても全然嬉しくない。
「そうと決まれば!」
男性はそう叫ぶと、満面の笑みで奥の部屋へ入っていった。
「……あなた、だまされてるわよ」
すでに俺の襟から手をどけた彼女がポツリと呟く。
「かもな」
そう、分かっている。
実際いじめられてなんかいないかもしれない。
いじめと言っても、親しみを込めたじゃれあいの範疇かもしれない。
それでも、手を差し伸べたいと思ってしまった。
前の世界で自分が出来なかったことへの償いか、それともただの自己満足か、自分でもよく分からない。
一つだけ分かっているのは、この選択がきっかけで俺は死のうとは絶対に思わないということだ。
うん、それさえ分かっていれば十分だ。
男が奥の部屋から駆け足でやって来る。手には三枚の羊皮紙を持っていた。
「いい案件が3つもありますよ!」
俺はカウンターに並べられた、いい案件とやらを見る。
まあ、何が良くて何が悪いのかよく分からないが、そこはこいつに聞いてみることにするか。
……うん、字が読めない。
何が書いてあるのかさっぱり分からない。
良い悪い以前の問題だ、これ。
「どれどれ?」
「だめです! これは彼が決めることなので、あなたは見てはいけません」
彼女が紙を見ようとするのを男性が止める。
おいおい、そのくらいにしておけよ。
そろそろ角が生えそうだぞ。
「分かったわよ。
あなた、ちゃんとよく見て選びなさいよ!」
「はいはい」
とはいっても字が読めないんだよなぁ、字が。
あっ、数字は分かる!
「そういえば一つだけ、あなたに確認しておきたいことがありました」
男が彼女に向かって問いかける。
「あなたは彼が剣闘士になったあとも、彼を買うつもりですか?」
……あれ?
今思ったが、もし、ここで彼女がイエスと言わなければ俺はどうなるんだ?
もしかして、一生剣闘士のまま??
「買うつもりよ」
よかった~~。一瞬どうなることかと思った~。
「よかった~~。それならこの案件がいいですよ。
明日の朝、8時30分からの試合で、特に制限のない試合となっています」
ん? なんでお前が喜ぶんだ?
まあいっか。彼女が俺を買う気でいてくれるならそれでいいや。
それよりも……
「制限がない?」
「はい。制限がある試合って言うのは、魔法が使えなかったり、武器が決まっていたりします。
この試合は制限がないので自由に戦えますよ!」
まあ、制限があっても無くても戦闘経験が皆無に等しい俺にとっては、何も変わらないと思うが……。
ただ、うまくいけば明日の朝には解放されるということか。
うん、悪くないな。
「じゃあ、それにします」
「ありがとうございます!! それではここに名前を書いてください」
俺は渡された羽ペンを使って、羊皮紙に自分の名前を書いた。
最後の一文字を書き終えた瞬間、羊皮紙が光り輝いた。
「うおっ!」
こういうところはしっかり異世界してるんだよなぁ。
できれば展開も俺TUEEEにしてほしいものだ。
「はい、これで契約完了です。
うわ~、見たことない字だ。なんて読むんですか?」
「野崎優人です」
「ノザキヒロトさんですね。分かりました。
それでは、今日はこの奥にある部屋で寝てください。
部屋にある食べ物は自由に食べていいですよ。
明日は朝の七時半に迎えに来ますので、準備しておいてくださいね」
男は下が空洞になっていたカウンターの端を持ち上げる。
すると、人一人が通れるぐらいのスペースが生まれた。
「あなたも明日の朝、ここから闘技場までの移動時間ならこの人と話が出来ますよ!
あなたも変わった人ですね。僕ならこんな人、絶対買わないですよ~」
ハハハッと男が笑う。
彼女の顔が一瞬で引きつった。
俺はとばっちりを受けないよう、急いでカウンターに生まれたスペースを通り、案内された部屋へと入っていった。
ーーーーーーーーーー
部屋は机と椅子、木箱、ベッドがそれぞれ一つずつという簡素なつくりだった。
彼女の見送りを終えたのか、男が部屋に入ってくる。どうやら、机の上に乱雑に散らばった書類を片付けにきたようだ。さっきまでの状態なら、盗み見し放題だったしな。見ても分からないが。
俺はそんな男を気にすることなく、部屋の奥に設置されたボロボロのベッドへ向かう。
今日一日、いろいろなことがありすぎた。
自殺が被り、ビルから落ち、挙げ句の果てに熊に殺されかけ……。
いいこと一つも無いな。
明日は闘技場で試合かぁ。試合ってどんな感じなんだろう? やっぱり痛いかな?
俺の中で闘技場といえば、コロッセオだが……そうそう、こんな感じの円形だ。
地面は砂で観客が俺の周りを取り囲むんだ。
対戦相手は……げっ!? あの熊かよ。
観客は俺の腰が引けた姿を見て笑う。
「バカだな~」「あいつ志願したらしいぜ」「帰れ帰れ」
恥ずかしさで顔が赤くなる。
やっぱり俺は何をやってもだめなのか?
「ねえ、ちょっと」
いきなり後ろから肩をたたかれる。振り向くと、そこには昨日のピンク髪の彼女がいた。
えっ、助けに来てくれたのか?
彼女は笑顔のまま、右手を自分の顔の横に上げる。
そしてその右手を、俺の顔めがけて思い切りスイングした。
「いてぇ!!??」
頬に強烈な痛みを感じて目が覚める。
目の前には、俺にビンタを決めてもまだ不満そうな顔をする昨日の彼女がいた。
「やっと起きた」
小窓から差し込む光が、彼女の髪を照らす。
ビンタで起こされていなければ、俺は彼女に惚れていただろう。
それほどに彼女は美しかった。
「ねえ、聞いてるの?」
彼女が一枚の羊皮紙を手に持って、俺をにらみつける。
「は、はい。聞いてます」
「あなた、まさかこの試合を受けてないわよね?」
え? どうだったっけ? 字が読めないからな。
正直分からない。あっ、でもこの数字には見覚えがあるぞ!
「俺が受けたのはそれです」
彼女の顔が固まる。
あれ? なんかまずいかな??
「この試合の相手はロックベアよ」
ロックベア???
「あなたが殺されかけた、あの熊のことよ」
……マジか。
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