第16話 わがまま

「ほら、早く!」


「いや、でも……」


「ホワイトウルフの成獣と出会ったら、私でも10秒もつか分からないのよ!!」


 ……マジかよ。

 それはヤバいな。

 伝説と言っても、シャルルなら少しくらい戦えるのかと思っていたが……。

 強さも本当に伝説なんだな。


「なら、ポーションだけでも……」


「ポーションはもうない!

 闘技場でヒロトに使った分と、今日、森で使った分で全て使い切ったから」


 なんだと!?

 もうポーションはないのか!?


 ……っておいおい、それって俺のせいじゃないか!!

 今日、シャルルは一本もポーションを使っていない。

 しかも、闘技場で体が回復したのはシャルルがくれたポーションのおかげだった。


 なんてことだ。

 俺が弱いばかりに無駄にポーションを。


 ……。


「分かった」


「分かったなら早く行くわよ!」


「俺たちは別々に帰ろう。

 俺はこの子を連れて帰るから」



「はぁ!?

 ちょ、ちょっとヒロト!

 あなた、何しようとしてるか分かってるの!?

 見つかったら殺されるかもしれないのよ!!」


「分かってるよ。

 だから別々に帰るんだ」


 俺はホワイトウルフの子どもを傷つけないように、そっと抱きかかえた。

 俺が弱くなければ、この子は助かったんだ。


「……なんでよ」


 シャルルには悪いが、これだけは譲れない。

 誰かが弱っているのに、それを見捨てて後悔はもうしたくないんだ。

 しかも、この子が助かる可能性は俺が潰してる。

 ここで助けなきゃ、後で絶対に後悔する。


「集合場所は……いつもの宿屋でいいか?」


「……本気で助けるつもり?」


「ああ、本気だよ」


「……なによ。

 それじゃあ、まるで私が悪者みたいじゃない」


「いや違う、違う!

 これは俺のわがままなんだ!

 シャルルは気にしなくていいから」


「うるさい!!」


 なんだよ、急に! 怒ることか?

 と思ったが、シャルルは俺の手からオオカミの子どもを奪い取ると、


「そんな抱き方じゃこの子が苦しむでしょ!!

 いいわ! 今日だけ協力してあげる。

 今日だけだからね!!

 明日はあなた1人でこの子を森へ返しに行きなさいよ!!」


 と言って、そのままオオカミを抱いて走り出した。

 その姿には、オオカミにできるだけ振動が伝わらないようにしようとする、

シャルルの優しさがはっきりと見えた。


 ……これは。

 俗に言うツンデレってやつなのか?


 まあ、なんでもいいや。

 シャルルが協力的なのは悪いことじゃない。

 というかメリットばかりだ。

 この世界について何も知らない俺よりも、よっぽど頼りになるのだから。

 今はあのオオカミの子どもが最優先だしな。


 俺はシャルルに感謝して、彼女の後を追った。

 

ーーーーーーーーーー


 闘技場の街の高くそびえる壁の前。

 街中の光もここには届かず、日が暮れた今、この場所はすでに暗かった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 額から出た汗が頬を伝って顎から落ちる。 

 体中の酸素が枯渇したため、呼吸も荒い。

 足にいたっては悲鳴を上げっぱなしだ。


 俺は息を切らしていた。

 なぜかって?


 シャルルの足が尋常じゃないくらいに速かったせいだ。


 いや、おかしいだろ!?

 オオカミの子どもを抱っこしてるんだぞ!

 なのに、陸上選手並の速さで走りやがって。

 しかも、オオカミの子どもは安らかに眠ってるし!

 あ、この安らかは死んでる方じゃないぞ。

 何事もなかったかのごとく穏やかにって意味だぞ。


 絶対おかしい!!


「私は街で食べ物とポーションを買ってくるから、

 ヒロトはこの子を連れて先に宿屋に戻っておいて。

 ちなみに、街に魔物を入れたことがバレたら締罰隊に捕まるから、

 騒ぎは起こさないように」


 平然としたシャルルが息切れをした俺にオオカミの子どもを渡す。

 俺は抱き方を教わり、そのままオオカミを外套の中へ。

 シャルルはそれを確認すると、光の速さで街の中へ入っていった。


「絶対だからね!!」


 この捨て台詞を残して。


 どんな体力してるんだ。

 俺はもう走る体力さえ無いっていうのに。

 ……もちろん、騒ぎを起こす体力もない。

 っていうか、宿屋に行くだけでどうやって騒ぎを起こすんだよ。

 周りからは俺が魔物を抱いているなんて分かりはしないし、絶対ありえないだろ。

 それくらい余裕だ。

 もうちょっと俺を信用して欲しいものだが……。

 

 ……フラグじゃないよ。


ーーーーーーーーーー


 どうしてこうなった……。


 俺を囲むように集まる大勢の人。

 10人、20人。いや、もっといるだろう。

 皆、ジョッキを片手に楽しそうに笑っている。


 そんな中、目の前にいた男が叫んだ。


「みんな、今日は俺のおごりだ!

 好きなだけ飲んでくれ!!

 ただ、一つだけお願いがある。

 このかけ声を復唱して欲しい。

 いくぞ!!


 ノザキヒロトに乾杯!!!」


「「「ノザキヒロトに乾杯!!!」」」


 そのかけ声はこの場を歓喜の渦に包みこんだ。

 そのかけ声は俺を絶望の底にたたき落とした。

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